第027話 ボス?いやただの便利な犬っころでした

 それからどれだけの時間歩いたかは定かではないけど、ようやく最奥らしき場所がわかった。なぜわかったかと言えば、今までのモンスターよりも強い気配を放つボスらしき敵がいたからだ。


『"隠形"の熟練度が一定に達しました。"隠形"が四割向上します』


 隠れて歩きまくっていたせいで俺の隠形の熟練度も四千を超えて、その性能も四割ほど向上した。何もしていないのに稀に敵に気付かれない事さえあるようになってきた。


 隠形を極めた探索者は敵に見つかることさえないんじゃないだろうか?


 ボスに関してもこれまでと同様に隠形で中を覗くと、そこに居たのは自分より圧倒的に大きな黒い狼だった。


 俺はいつも通りひっそりと背後に回りゆっくりと近づいていく。


「グルルルルルルルルルルルッ」


 しかし、あと2メートルほどに迫った時、俺が隠形しているというのに、狼の視線がこちらを向いた。


 しまった?ばれたっ!?


 今まで一切ばれることがなかったので少し油断していたかもしれない。


 しかし、ここで引くのは愚の骨頂。


 俺は恐怖を振り切り、思い切り地面を蹴って黒い狼に肉薄する。


「グオッ!?」


 俺の速さに驚いたのか変な叫び声をあげる黒狼だけど、俺は気にせず拳を全力で叩きつけた。


「キャイイイイイイイイイイイインッ」


 俺の拳を受けた黒狼は悲鳴を上げながら吹き飛び、壁に突き刺さる。


 探索者のパンチすげぇ!!あんな巨体でもなんなく吹き飛ばせるんだなぁ。


 それに初めてだ。


 熟練度が上がってからはどの敵もパンチ一発ではじけ飛んだ。でもこの黒狼は完全に原型を保ってそこに存在している。


「ちょっと楽しみになってきたぞ!!」


 俺は腰を落としてから、壁から落ちてフラフラとしている黒狼に向かって走りだした。


「グォオオオオオオオオオオオオオン!!」


 俺の接近に気付き、近づかせないために黒狼が口を開くと、そこから黒い閃光が俺に向かって直線を描く。


 ちょうど体が宙に浮いた瞬間で躱しきれない。空中で大きく動けないながらも俺は体を捻って躱そうとしたけど、黒い閃光は俺の腹部に直撃した。


「いぎゃぁああああああああああああああ!!」


 俺は痛みのあまりに叫んだ……つもりだった。黒狼も俺の悲鳴に満足そうな顔を浮かべている。


「あれ?痛くないぞ?」


 しかし、叫んでおいてなんだけど、痛みが襲ってこなかった。体のあちこちを触って確かめてみたけど、どこも異常はない。


 強いてあげれば直撃を受けた部分のジャージが粉々になっていることくらいだ。


「なんだよ、見掛け倒しか?」


 俺が黒狼をジト目で見つめると、黒狼は首をブンブンと横に振った。


「一生懸命やってるっていうのか?」

「グォン!!」


 俺が尋ねると、一声鳴いて首を縦にブンブンと振る黒狼。


 あれで本気だと?

 あんなにデカいのに弱いとかダメじゃん!!


「よし、次はもっと本気でやれよ?」

「クゥーンッ」

「無理だ?文句言ってんじゃねぇよ!!誇り高き狼だるぉおおお!!」

「グォオオオオオオオオオオオオオン!!」

「それでいいんだよ、それで」


 俺が煽るとようやくやる気を出す黒狼。


 なんだかもう戦いたくない、という顔をしている上に涙目な気がするけど、多分気のせいだと思う。なんせ狼だからな、そんな臆病なわけないよな。


「よっしゃー、掛かってこいや~!!」

「グオオオオオオオオオン!!」


 黒狼が俺に向かって体当たりをする。俺はそれを何もせずに受けた。


 黒いビームでダメージを全く受けなかったので試しに受けてみたくなったんだ。


―ドンッ


 体に衝撃が走る。


 俺の体は天井に叩きつけられると、勢いが収まらずバウンドしてあちこちにぶつかりながら置くへと吹き飛んでいく。ようやく止まったと思ったら上から黒い影現れて、鋭い爪が振り下ろされた。


―バキッ


 俺の体が地面にめり込んだ。ゆっくりと前足が持ち上がると、ダンジョンの薄暗い光が差す。


「うん、ダメージ無かったな。防御力は強いけど、攻撃力がいまいちだったな」


 俺が埋まった体に力を入れると、周りの壁に罅が入り、手も足も抜けたので、上半身をグイっと起こして、両手の力だけで外に飛び出し、体のあちこちを確認する。


 どこにもけがは無さそうだ。その代わりもう服がボロボロになってしまっているけど。


「クゥン~」


 俺が外に出ると、無傷の俺におびえるような仕草をする黒狼。尻尾をまたに挟んで隠している。


「今度はこっちから行くぞ~!!」

「グオオオオオオオオオン!!」


 俺が問答無用で走り始めると、涙目の黒狼も走り始めて距離がぐんぐん近づく。黒狼の近接攻撃が届く範囲に入ると、俺は弾丸のように飛び跳ねて黒狼を殴りつけようとした。


 しかし、俺の拳は空をきった。


 なぜなら黒狼は腹を見せて横たわっていたからだ。


「おい!!なんで戦わないんだ!!」

「クウン、クウン」


 俺が着地をした後、怒鳴ってその大きな顔に近づくと、イヤイヤと首を振る黒狼。


「なんだ?戦いたくないのか?」

「ウォン」


 俺の質問に首を縦に振る黒狼。


「狼の癖に弱いんだなぁ」

「ウォンウォン!!」

「違う?いやいやそんな姿見せられたら弱いと思われても仕方ないだろ。仕方ないなぁ。戦う気がないんじゃ倒せないしな。でもお前を倒さないと俺帰れないんじゃないの?」


 俺に向かって抗議してくる黒狼だけど、その情けない姿には全く説得力がない。


 さてこれからどうしようか……。

 ダンジョンから出るにはコイツを倒すしかないと思うけど、コイツはもう戦う気がない。


「ウォンウォン」

「なに?頭を撫でろ?はぁ……なんか分からないけど、仕方ない」


 俺が悩んでいると黒狼が頭を撫でるように懇願してきたので、狼の願い通りに頭を撫でてやった。


『"撫でる"の熟練度が上限に達しました。"愛撫"に進化します』


 一度撫でただけでなぜか俺の熟練度が上限に達して、愛撫に変化した。


 愛撫ってなんか卑猥だな。


「グォオオオオオオオオオオオオオン!!」


 撫でるが愛撫に進化した後も撫で続けると、俺と黒狼を包み込むように黒い光が現れる。


『ブラックフェンリルをテイムしました。名前を付けてください』とアナの声が脳内に響き渡った。


 撫でるとモンスターをテイムできるんだなぁ。モンスターテイマーの人たちもこうやってモンスターを仲間にしているんだ。なんて平和的で愛に溢れているんだろうか。


 それはさておき名前だって、というかこいつ勝手にテイムされてやがった……。


「クゥン……」


 申し訳なさそうな顔をしているけど、これしか脱出する手段がないというのなら仕方がない。


 さて、どんな名前が良いだろうか。

 黒いからクロっていうのも安直だし、ブラックってのそのまますぎる。


「うーん……」


 俺は黒狼の名前をひねり出そうと腕を組んで悩む。


 ブラックフェンリルかぁ。名前負けしてるよなぁ、その弱さに比べて。


「それじゃあお前は俺に殺されなくて運が良いから、ラックな」

「ウォン!!」


 名前が気に入ったのか黒狼が返事をするように吠えて、その巨大な尻尾を嬉しそうに振った。


 その姿は唯の犬にしか見えなかった。


『命名が完了しました。ラックが従魔となりました』


 ラックが吠えた途端再びアナの声が響き、ラックが晴れて俺の従魔となった。従魔認定されると、ラックがいた部屋の奥に光り輝く魔法陣が出現する。


 帰還魔法陣だ。


 なるほど。従魔契約をすることで討伐認定されて、魔法陣が出現したということか。


「それじゃあ、帰るか」

「ウォン!!」


 俺の後をその巨大な体の狼が付いてくる。


 流石にこの大きさでは探索者ならまだしも一般人が驚くだろうし、そもそも寮では従魔は飼えない。


「おまえ、もう少し小さくなったり、どこかに隠れたりできないのか?」

「ウォンッ!!」


 ダメ元で聞いてみると、自信ありげに吠えるラック。


「おお!!凄い!!」


 次の瞬間みるみるラックの大きさが小さくなり、大型犬くらいの大きさになった。さらにその後、俺の影に潜るようにして入り込み、一度体の全部を中に入れて姿が見えなくなったかと思うと、ひょっこり顔だけ外に出した。


 小さくなると可愛いな、こいつ。


 でも確かに俺の影ずっとひそんでいられるなら寮に連れて行っても大丈夫だな。


「ウォンウォン!!」

「なんだ?荷物をよこせって?一体何だっていうんだよ?」


 影から出て来て俺のリュックを鼻でつつくラックに、俺は背負っていたリュックを外してラックに渡した。


「ウォン!!」

「マジか!!」


 ラックが鳴くと同時に、影の上に置いた荷物が影の中に沈んでいく。ラックはそれを咥えて出したりして入れたりして、俺に分かるように説明してくれた。


「つまり、お前だけじゃなく荷物も影に入れて持っていけるって事か?」

「ウォンッ!!」


 俺の推測に、そういうこと、とでも言いたげなドヤ顔でラックが吠える。


「これで荷物の持ち運びが楽になるならお前を従魔にした甲斐もあるな」

「ウォン!!」


 俺が褒めるように頭をなでると、ラックは嬉しそうに一声鳴いた。


 中々愛嬌があって可愛いな。

 ペットなんて飼ったことないけど、ちゃんと世話しないとな。


「それじゃあ今度こそ帰るぞ!!」


 俺は決意を新たにしながらラックに声を掛ける。


「ウォン!!」


 ラックが俺の影に入ったのを確認すると、俺は魔法陣の上に乗った。 

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