第022話 模擬戦という名の晒し上げ

 食堂の奥におあつらえ向きに両開きの窓付きの扉がある。


 そこを開け放つとその先には、訓練場の様なだだっ広い平地と、模擬戦で使用する四角い石を積んで作られた三十メートル四方くらいの舞台が用意されていた。


 寮専用の訓練場まであるなんてこの学校ってホントに凄いな。しかも照明施設付きだ。


「それではこれより模擬戦を始めます。審判は私橘霞が担当致します。宜しくお願い致します」


 訓練場に移動すると、早速くじ引きが行われて、俺は三年のダンジョン探索部の部長、早乙女真司さおとめしんじ先輩とやる事になった。早乙女先輩は小麦色の肌をした、夏の建設現場で働いていそうな屈強で裏表のなさそうな男だ。


 絶対勝てないでしょこれ。作為的なものを感じる……。


 模擬戦が始まると、指導という言葉が正しい試合が繰り広げられた。先輩達は武器も防具も付けず生身で、新入生は武器も防具も付けての戦いだったけど、全く相手にならなかった。


 それもそのはず、ほとんど全員がまだダンジョンに入って力を覚醒させていないので、その実力差は圧倒的だ。


 この戦いをやったのは覚醒した人間の強さをわかってもらうためと、僕が探索者かどうか確認するためなんだと思う。


 ただ、葛城さんだけは副生徒会長の西脇さんと戦い、ステータスが覚醒してる分、他の同級生より戦えてはいたけど負けてしまった。


 殆ど表情は変わらなかったけど、俺の目にはとても悔しそうに見えた。


「それでは最後に、佐藤普人ふひと様と早乙女真司様、前へ!!」


 俯いて舞台から降りるのを見届けると、霞さんは俺たちの名前を呼んだ。最後に俺の試合がある事も仕込みに違いない。


「うっす!!」

「はい……」


 早乙女先輩は意気揚々と、俺はとぼとぼと舞台へと上がる。俺はこん棒みたいな武器を選択した。


「佐藤!!遠慮なく打ち込んで来いよ!!」

「は、はい!!」


 ニカっと笑って叫ぶ早乙女先輩に、俺は委縮してどもりながら返事をする。


 でも、どうせ掠りもしないんだから大丈夫か。


「俺も遠慮なく行くからな!!」

「え!?」

「それでは両者構え。はじめ!!」


 先輩が先ほどの笑みとは打って変わって、その笑みを獰猛なものに変えたことに驚く。しかし、声を上げたにも関わらず、直後に霞さんが試合開始の合図を告げた。


「いくぞ!!」

「ちょ!?」


 すぐに早乙女先輩がこちらに突っ込んでくる。俺は準備してなくて慌ててしまったけど、おかしなことに気付く。


 早乙女先輩が滅茶苦茶遅いのだ。まるで今朝俺が入学式に向かう途中で走るスピードを落としたように、非常にゆっくりに見える。


 なるほど!!分かったぞ!!


 俺は早乙女先輩の意図を見抜いた。


 これは「本気でいくぞ!!」と言っておきながら手加減してくれるパターンだ。そして自分の技術を勉強しろってことだな!!間違いない!!


 ありがとうございます!!それなら俺もそれに合わせてきっちりと観察させてもらいますよ、先輩!!


 俺は先輩の攻撃を躱しながら、その身のこなし方、パンチの打ち方、キックの仕方、フェイントの出し方、呼吸の仕方などをじっくりと見ながら勉強していく。


 ふむふむ、なるほど。少し分かってきたぞ。


 呼吸と身のこなし方を変える。その瞬間、物凄く戦いやすくなるのを感じた。


「すごい!!」


 俺はその実感があまりに鮮明で驚いて叫んでしまった。


「正直ここまでやるとは思わなかったぞ、普人!!」

「ありがとうございます?」


 手加減してもらってるのになぜか褒められている。


 先輩どうかしちゃったのかな?


「しかし、先程から躱してばかりだな。攻撃はしてこないのか?」

「それではお言葉に甘えて……」


 挑発してくる先輩に対して、フェイントを織り交ぜながら、こん棒を振り下ろした。


―パカーンッ


「うぐっ」

「え!?」


 先輩がくぐもった声を漏らす。


 とても小気味の良い音を響きさせたと思ったらこん棒が真っ二つに折れていた。しかも持ち手部分もまた粉々に砕けた。


 あれ?当たっちゃった?


 あぁなるほど!!

 わざと当たってくれたんだ!!

 俺に花を持たせようとしてくれるってことだ!!

 いい先輩だなぁ!!


「勝負あり。試合終了!!」


 こん棒が折れてしまったところで、霞さんが試合終了を宣言した。


「おごごごごごご……」

「だ、大丈夫ですか?」

「あ?ああ、大丈夫だ。素晴らしい一撃だったぞ!!はーはっはっは!!」


 頭を押さえて蹲る先輩の元に駆け寄り、声を掛けると、すぐに立ち上がって仁王立ちして笑い声をあげた。


 やはり痛がっているのは演技だったか。

 手が混んでるな。


「いえいえ、こちらこそ手加減ありがとうございました。先輩の指導を活かして頑張ります」


 俺は深々と頭をさげる。


 先輩のおかげで武術が少しだけわかった気がする。感謝しかない。それに先輩が手加減してくれたお陰で俺が弱すぎることがバレなかった。本当に助かった。


「え?あ?」

「では、失礼します!!」


 俺はそのまま新入生たちの所に戻った。


 探索者ってやっぱり頑丈なんだなぁ!!

 しっかり後輩を指導できる先輩はカッコいい。

 俺もあんな先輩になれるように努力しよう。


「はぁ……」


 でも、自分は先輩のように強くはなれないと思うと少し落ち込んでしまった。


 しかも皆に、自分も探索者適性があり、すでに覚醒している、ということがバレてしまった。


 それも言うつもりはなかったのに……。

 それもこれもあの生徒会長のせいだ!!


 恨みのこもった視線で睨みつけたけど、彼女は涼しい顔で受け流していた。


 くそぅ!!なんて日だ!!


 模擬戦が終わると、


「普人凄いな!!」

「普人って強いんだ!!」


 と同期の寮生たちが俺に絡んできたけど、お前達が探索者になったら、すぐにもっと強くなれると言ったら、微妙な顔をされた。


 なんでだろう?


 それにあの無口で表情の変わらない葛城さんが、傍から見て分かるほどに驚愕を露わにしていたんだけど、何かあったんだろうか。


 元々気まずい関係の俺が聞くわけにもいかず、再び食堂に戻って簡単な自己紹介ゲームのような催し物をしたり、さらに席替えをして他の先輩と交流したりして、歓迎会はお開きとなった。


 先輩達にも


「期待の新人だぜ!!」

「超大型新人が来た!!」


 と、揉みくちゃにされたけど、意味が分からなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る