第014話 黒

 入学式当日。


「ヤバい!!寝坊した!!」


 七海の中学校の入学式と被って親が来れないので、一人でホテルで寝泊まりしていた。そしたら、入学式のことが気になってなかなか寝付くこと出来ず、ベッドの中で悶々としていたら気づけば今に至る。


 高校デビューが掛かっているんだ。緊張しても仕方がないのかもしれないけど、流石に入学式に遅れるのはマズイと思う。


 一応今なら軽く走れば間に合う。


 俺は未だかつてないスピードで身支度を済ませ、スマホの地図アプリを頼りに走り出した。


『え!?』


 俺の姿を見ていた人たちが何やら驚愕を浮かべているようだ。


「あれって探索者じゃない!?」

「学校の制服を着ていた気がしたけど!?」

「え!?すごーい!!」


 うわ!?マジで!?そうか、一般人以上のスピードで走っていたのか、気づかなかった。新人とはいえ探索者だからな。自重しないとすぐに探索者だとバレてしまう気がする。


 俺は人気のない場所まで走ると、それまでとは比べ物にならないくらい遅いペースで走るように心がけた。


 自分ではまるで歩いているようなペース。


「おお、あの子、速いな!!有名な選手か?」

「あの子、神ノ宮学園に通うのかしら!?」

「あの最難関の私立高校か!?勉強も出来て運動も出来る。将来有望だ」


 しかし、一般の人から見ればなかなか速いらしい。


 全く大げさだなぁ。探索者ならこれくらい皆できるだろうに。他の探索者を見たらさぞ驚くだろうな。だって俺なんて最底辺なんだから。他の皆は俺の百倍は凄いんだぞ!!


 はぁ……自分で言ってて辛くなってきた……。


 俺は自分が最底辺であるということを改めて自覚させられて少し落ち込んだ。


「あそこを左か……」


 あともう少しと言う所で前方に俺がこれから通う高校の標識を発見した。そこにはシンプルに高校名と左に向いた矢印が描かれている。


 そのまま標識に従って左へと曲がったんだけど、俺はその瞬間に目の前の光景に目を奪われてしまった。


 そこは桜の並木道があり、桜がちょうど見ごろになっていて、それが奥に小さく見える学校の門まで続いていた。陽射しが桜を鮮やかに照らし、チラチラと舞う輝く花弁はなびらが幻想的で引き込まれてしまう。


「きゃっ!?」

「うぉっ!?」


 ボーっとしながら走っていた俺は誰かにぶつかってゴロゴロと転がってしまった。


「いてててッ……」


 俺は起きてあたりを見回そうとするが、真っ暗で辺りが見えない。それに何かが体の上に乗っていて起き上がることができない。それにしても顔に当たっている部分はぷにぷにと柔らかく、何やら甘酸っぱい匂いがするけど、何が起こっているんだろうか?


「んん……」


 頭の上の方から何やら悩まし気な声が聞こえた。


 なんだか嫌な予感がする。


 上に乗っていたものが蠢いて顔に光が降り注ぎ、視界が開ける。


 目の前には漆黒の布がこんもりとしたなだらかな丘を描き、プニプニとした柔らかな弾力を持っている。その中心には曲線が交わるように描かれ、その丘を二つに分かたれていた。


 漆黒の布は各辺が曲線の三角形に近い図形を描き、その曲線は男の本能を刺激してやまないエロスがある。


 これはまさか。


 意識がはっきりしてきた俺は目の前の光景が何かはっきりと理解した。俺は女の子スカートの中に頭を突っ込み、股間に顔をうずめている状態だったんだ。


「きゃあああああああああ!!」

「ぐへ!!」


 女の子の悲鳴とともに俺は蹴り飛ばされた。特に痛いわけじゃないけど、衝撃でつぶれたカエルような声が漏れる。


 仰向けに倒れた俺は、上体を起こして頭を振り、後頭部を掻きながら目を開ける。すると、俺の上から影が差した。


 そこにあったのは青味がかった銀髪と、太陽がさんさんと降り注ぐ青い海のように美しい瞳をもつ女の子が、俺を見下ろしている姿だった。少し眠そうなまなこと、怒っているだろうにも関わらず、無表情な彼女は非常に冷ややかな空気を纏っている。


 その女の子は芸能人さえはだしで逃げ出しそうな、ロシア系のハーフらしいとんでもない美少女だった。


「この変態……」


 女の子が口を引き結び、顔をほんのりと赤らめて言葉短く呟く。


「本当にごめん!!謝って許してもらえるとは思わないけど、頭を下げる以外俺にできることはないんだ」


 俺はすぐに彼女の前に土下座して謝る。


 わざとじゃないにしろ、女の子の触れてはいけない部分に触れたのは事実。誠心誠意謝り倒すしかない。他に何かできることがあればしよう。


「なにあれ、恥ずかしい……」

「お母さん、あのお兄ちゃんなにしてるのぉ?」

「見ちゃいけません」


 彼女が何も言わないと周りの音が自然に入り込んでくる。


 しまった。衆目の面前でこんなことをしたら注目を浴びてしまうし、外聞も悪くなってしまう。これじゃあ脅迫してるようなもんじゃないか!?

 後でもう一度謝ろう。


「はぁ……。もういい……立って頭上げて」


 彼女の指示通り立ち上がって頭を上げると、そこには無表情にも関わらず呆れた雰囲気を醸し出す彼女がいた。


「許してほしいとも言わない。ただ謝らせてほしい。ごめん」

「もう良い許す……目は嘘つかない」

「ありがとう。何か力になれることがあれば言って欲しい。お詫びというわけでもないけど、何か役に立てそうなことがあれば力になる」

「わかった……」


 彼女が許してくれて助かった。本当ならセクハラとか性犯罪的なもので逮捕されてしまってもおかしくない。まさか入学して当日に退学とかヤバすぎる。高校デビューどころじゃない。


 それにしても目に何かあったのかなぁ。

 うーん、分からない。


 とにかく俺はホッと息を吐いて安堵した。


 しかし、彼女の目が一瞬青白く光ったと思うと、


「でも……弱い人は嫌い……」


 そんな嫌悪の言葉が俺の耳を叩いた。なぜか告ってもいないのに振られたような感じになってなんだかモヤモヤした気分になった。


「じゃあね……」


 呆然としていると、彼女は翻ってとことこと歩いて行ってしまった。


 そういえば彼女が着ていた服は俺と同じ学校の制服だった。つまり俺と同じ新入生か、先輩ということだ。


「はぁ……先が思いやられるな……」


 入学早々こんなハプニングに見舞われるなんて前途多難だ。


 そんな俺の未来を示すように、さっきまで晴れていた空に雲が広がり、太陽の光を閉ざしていくのであった。


 それにしても黒とはなぁ……。


 人は見かけによらないものだ。

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