第008話 体を張った対価
それから二時間程グミックを狩り続けたけど、一向レベルが上がる気配はなかった。
「はぁ……まじかぁ……」
俺はすっかり絶望に染まっていた。
だってこれじゃあ探索者になったことを本当に誰にも言えない。つまり高校デビューでクラスカーストの上位に入り込むのが難しくなる。
今でこそ痩せてオシャレも覚えてそれなりに見れるようになったけど、それはただの張りぼてだ。俺には中身がない。だからそれだけで高校デビューしようとは思わなかった。
だからこその探索者登録だったのに、こんな状態じゃあなぁ。もちろん探索者であることが中身に繋がる訳じゃないんだけど。
「ひとまず休憩にするか……」
心も体も疲れた俺は一度地上に戻って昼ご飯を食べることにした。
「おう、無事帰ってきたな」
「はい。おかげさまで」
帰りに守衛の人に声を掛けられたので軽く頭を下げる。
「それで初めての探索はどうだった?」
「そうですね。本当にファンタジーみたいな世界だなぁって思いました。それに戦闘は滅茶苦茶ドキドキしましたね」
「そうだよな。俺も初めて潜った時は似たような感想をもったもんだ。それで、午後も潜るのか?」
「そうですね。買取所に行ってみたいのでそこに行った後、軽く休憩してからまた潜ります」
「おう、了解」
守衛の人と当たり障りのない話をした後、買取所に向かった。
ダンジョンの入り口付近には買取所や休憩所も併設されている。ドロップしたアイテムは嵩張るので、できるだけ持ち歩きたくない人が多いんだろうな。それに俺みたいにある程度潜ってたら休憩したい、という人もいるから休憩所もあるんだと思う。
ここには休憩所しかないけど、人気ダンジョンには宿泊施設やスパ、コンビニなどの売店、娯楽施設なども併設されていて、ちょっとした町みたいになってるらしい。
できればそんなダンジョンにも入ってみたいけど、俺がここを卒業できるようになるのはいつだろうか。レベルがあれば五にでもなればEランクダンジョンに行っても問題ないらしいけど、あいにくレベルがないので判断できない。
とにかくこのダンジョンを踏破できるようになれば次のランクのダンジョンに行っても大丈夫だろうから、このダンジョンを踏破するまではここにいるしかないかな。
「いらっしゃいませ。新人さんですね?買取ですか?」
「はい、買取をお願いします」
考えている間に買取所に着き、受付さんに声を掛けられたので買取をお願いし、俺は午前中に倒したグミックの魔石を巾着袋から出してトレーに乗せる。
「あら、グミのドロップはなかったのね。残念」
「そうですね」
グミックのレアドロップはヒールグミ。ほんの少しだけ怪我が治るグミだ。
ほんの少しでもちょっと指を切ったとか、転んで擦りむいたとか、そのくらいの傷は治せてしまうので、冒険者よりも一般人に需要が高く、Fランク魔石より高く買い取ってもらえる。一個五百円だ。
絆創膏代わりという感じだろうか。
午前中で何十匹とグミックを倒したんだけど、残念ながら一個もドロップしなかった。比較的ドロップしやすいという情報があったけど、今のところはドロップしていない。
「全部でFランクの魔石二十三個ね。二百三十円よ」
「やっぱり安いですねぇ」
「そうねぇ。この辺は含有魔力も少ないし、需要も少ないから仕方ないのよね」
金額を聞いた俺は割にあわないなぁと思う。
二時間で二百三十円。時給に換算したら百十五円だ。仮に十時間潜ったとして千百十五円。ヒールグミがドロップしたとしても、いっても二千円~二千五百円程度じゃないだろうか。三十日毎日潜れば六万円から七万五千円だけど、平日は三時間程度しか潜れないことを考えれば、実質半分以下しかいかない。
これが仮にも命の危険のある仕事の対価とすればあまりに安いものでしかなかった。確かにさっさとランクの高いダンジョンに移動するのも頷ける。
魔石だけの価格でも十倍にはなるからね。
俺は金銭を受け取り、買取所を後にして休憩所へと向かった。そこは学食のある学校の食堂のような場所だった。今の時間になっても誰もいなくて丁度いい。できれば顔バレしたくないし、誰とも会いたくない。
俺は適当に席に座って、母が作ってくれた弁当をリュックから取り出す。
「いただきます」
俺は小さく呟いて食べ始めた。
相変わらず母の作る料理は美味い。俺の好みのおかずに、きちんとバランスの考えられた品目が加えられていて、彩も豊かだ。
『"鼓動"の熟練度が一定に達しました。"鼓動"が一割向上します』
『"代謝"の熟練度が一定に達しました。"代謝"が一割向上します』
そんな時、またアナの声がした。そしてその瞬間、なんだかほんの少し体が軽くなったような気がする。
アナウンスによれば"鼓動"と"代謝"の機能が一割上がったらしい。
凄い……でも……。
「これって他の探索者たちもあがるんだよなぁ……」
他の人にはレベルもスキルも能力値も熟練度もあるのに自分にはない、という事実についつい愚痴が漏れる。
熟練度が上がると身体機能的な何かが向上するんだろうな。能力値以外にもこんな風に体が強くなっていくのか。これなら探索者がどんどん強くなるのも分かる話だ。
仕方がない。上級ランクの探索者みたいに強くはなれないだろうけど、この熟練度を上げていくしか俺が強くなる方法はない。ひとまずあげられるところまで上げよう。
俺は熟練度を極めることに決めた。
そしてその時の俺は、自分が特別だなんて知る由もなかった。
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