72.女騎士さんは、王子の強さに驚愕する



 レオンの暮らす王国騎士団。

 そこの副騎士団長である少女……アーシリア・ヴィコーネ。


 18歳という若さでこの地位にまでたどり着いた彼女は、苦労多き人生を送っきた。


 両親は弟が生まれたときに死んでしまった。

 さらに病弱な弟を養うため、10歳の時に騎士団に入団。


 その剣の才能は、剣聖や剣鬼にはおよばずとも、騎士団長から一本とれるほどの実力を持つ。


 才能、そして美貌を持ち合わせ、騎士団でもトップの人気を持つ……女騎士だ。


 アーシリアがレオンと出会ったのは、ほんの数刻前。


 以前より、ゲータ・ニィガ王国には、恐ろしい才能を持った、天才王子がいるという噂は聞いていた。


 だが実際に合うのはこれが初めて。


 初めて会った時の印象は、


『可愛くて、ちっちゃくて、守ってあげたくなるような子』


 というもの。

 本当に、噂されているような、古竜をぶっ飛ばしたり、妖精界に単独で殴り込むような、【イカレタ】人物ではない。


 ……さて。


 レオンは父親達から、特級ダンジョンのクリアを命じられた。


 アーシリアは憤慨した。

 まだ7歳の、こんな【か弱い】男の子を死地におやるなんて! 何を考えているのだ!


 と。

 そして同時に……私が守ってあげないと! と固く決意した……のだが。


「ふんふんふーん、魔物はどこかなー?」


 先へ先へと、レオンが進んで行くではないか。


「ちょ、ちょっと……! 待ちなさい!」


 アーシリアがレオンに向かって声を荒らげる。


 立ち止まり、こちらを振り返って、首をかしげる。


 どう見ても……子供。

 何も知らない無垢なる子供……そうか。


 アーシリアは思った。


 彼は、理解できてないのだと。


「あのですね、殿下。ここは……特級ダンジョン。Sランクの冒険者すら、太刀打ちできなかった……恐ろしい場所なのです」


「? 知ってるけど?」


 子供故に、狭い世界しか知らないのだろう。

 国王、そして第一第三王子たちが信頼しているのだ、確かに力はあるのかもしれない。


 けれど、まだたったの7歳なのだ。

 外の世界を知らないゆえに、恐れを知らないのだ。


 守って……あげないと。


「殿下、私の後ろにしっかりついてきてください。勝手に前に出ないこと……って、殿下!?」


 すたこらさっさ、とレオンがアーシリアを無視して先へ進んでいく。


 危ない……! と思ってアーシリアが駆け足でレオンに近づく。


 そして、ぎゅっ、とレオンの手を握った。


「駄目ですよ、勝手にいなくなっちゃ! お姉ちゃんの手を放さないこと!」


「えー」


「いいですねっ?」


「ちぇー」


 ……この場において、レオンの関係者がいたら、さぞ驚愕していたことだろう。


 なぜなら、レオンを注意する人間など、今までいなかったからだ。


 驚いたり、感心したり、過剰に持ち上げたりはするものが多けれど……。


 このように、レオンを【子供】と、見た目相応の【力の弱いもの】と思ってあげているのは、今のところ彼女だけである。


「こんなとこ全然あぶないくないのになー」


 アーシリアは、レオンに弟を重ねる。


 自分の弟も、病弱なくせにやんちゃで、いつも手を焼いていた。


 目を離すとふらふらとどこかへ行ってしまうところもそっくりだ。


 だから、こうして手をしっかりつないであげる。


「殿下。不自由を強いてしまい申し訳ございません。ですが、あなた様をお守りするよう、王より命令されております。離れてしまわれると、守れなくなります」


「別に守らなくていいよ?」


「いけません。殿下はまだ、子供なのですから」


 確かに強い魔法の力を、この子は持つ……が、なかには強大な力を持ったモンスターがいるのだ。


 自分が守ってあげないといけない。


 レオンはしばし考えたものの、こくん、とうなずいた。


「わかった。おまえに従うよ」


「ありがとうございます。では、参りましょう」


 アーシリアは特級ダンジョンの奥へと進んでいく。


 アーシリアは体が緊張でこわばっていた。


 手の先が冷たくなっているのを自覚する。

 

 ……彼女は、強い。

 強いからこそ……わかるのだ。


 このダンジョンの、異様な空気にまじって、この奥に潜む魔物の、恐るべき強さが。


「手、冷たいぞ? だいじょうぶか?」

「殿下……」


 まだ7歳なのに、なんて気遣いの出来る子だろうか。


 生意気な弟とは正反対な、育ちの良さそうな坊ちゃんである。


 アーシリアは微笑んで、そして決意する。


 絶対この子を傷つけさせないと。


 そのときだった。


「ブモォオオオオオオオオオオオオオオ!」


 ダンジョンの奥から、魔物のうなりごえがした。


 びりびり……と空気が震える。


 まだ的の姿が見ていないのに……肌で感じる、この強者のオーラは、なんだ。


「殿下……おさがりください!」


 アーシリアは細剣レイピアをぬいて構える。


 ほどなくして、奥から出てきたのは、一体のミノタウロスだった。


「で、でかい……! 普通のミノタウロスじゃないわ……!」


 それは、5メートルほどの巨体をした、黒い毛皮に包まれた、ミノタウロスだ。


「…………」


 がたがたがた、と体が震えてしまう。


 こんなミノタウロス……見たことがない。


 その鋼のような肉体も、手に持った分厚い両手斧も。


 彼女に……死のイメージを抱かせる。


「…………」

「あっ」


 レオンも、【震えていた】。


 そうだ……彼もまた怖いのだ。

 ここでおじけついてどうする! 自分が守るのだと……決めたばかりではないか!


「参ります! せやぁああああああ!」


 アーシリアが細剣レイピアを抜いて、疾風のようにかけぬける。


 美しい白髪もあいまって、彼女はこう呼ばれている。


【閃光のアーシリア】と。


「せやぁ……!」


 アーシリアは光の速さで、細剣レイピアによる刺突を繰り出す。


「【秋雨あきさめ】」


 高速の10連刺突。


 一つ瞬きする間に、10もの刺突がミノタウロスの体に直撃する。

 

 あまりの早さに向こうはおいついてない。


「くっ……! かたい……!」


 Aランクモンスター程度なら、今ので穴だらけにできる。


 だがまるで山に剣を突き刺してるような感覚に陥る。


「なら……! 【驟雨しゅうう】!」


 高速の20連突。


 秋雨の上位技をつかっても……しかしなお、無傷。


 にんまり……とミノタウロスが笑う。


 これで終わりか……と言われてるようだ。


「…………」


 今ので、だいぶ体力を消費した。

 それにここまで強いモンスターと出会ったのは初めてだ。


 閃光の二つ名をもつ彼女は、騎士団でもトップクラスの実力を持つ。


 本気の攻撃を受けても、相手は無傷。


「まけ……ない!!」


 アーシリアは体を限界まで縮めさせる。


 ご……! と体から魔力が吹き出す。


 閃光の二つ名がつく由来となった、必殺技を、彼女は使う。


「【流星散華】!」


 それは、流星を彷彿とさせるような、超高速の突進技だ。


 早さと、そして貫通力に特化した一撃。


 ズガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!


 ……どんな強敵も、この一撃で土手っ腹に穴を開けてきた。


 だが……。


「うそ……でしょう……」


 ミノタウロスの腹に、細剣レイピアが突き立てられている。


 そう、突き刺さって、いないのだ。


「そん……な……」


 Sランクモンスターすらも、葬り去る必殺技を。


 ミノタウロスは、防御姿勢すらとらずに、受け止めていた。


「……規格外、すぎる」


 戦意が折れそうになる。


 だが、それでも立ち向かう意思を示す。


 そう、背後には守るべきレオンがいるから。

「殿下! 今すぐ転移魔法で逃げてください! 私が時間を……って、え?」


 後ろを見たとき、レオンがいなかったのだ。

 どこへ!? と思ったそのときだ。


「いやぁ、すげえ筋肉だなぁおまえ」


 レオンが、ぺたぺたと、ミノタウロスのふくらはぎに触れていたのだ。


「なっ!? ちょっとなにを!? 死んじゃうわよ!」


 アーシリアは体力をふりしぼって、レオンの元へかけようとする。


 だが足がもつれて、倒れてしまう。


「この図体をただの肉体が支えられるのはおかしいなぁ。つまり強化魔法でも使ってるのか?」


「ぶぼぉおおおおおおおおおお!」


 ミノタウロスの一撃が、レオンを襲う。


「殿下ぁあああああああああああ!」


 ぽきーん。


「「は……?」」


 アーシリアも、そして、ミノタウロスすらも、目を点にする。


 ミノタウロスの、巨大な斧の、一撃を。


 レオンは、確かに頭に受けたはず。


 だが斧が、折れたのだ。


「いいねぇ、対物理障壁。ちゃんと自動展開できた! いやぁ、やっぱ実践でのデータって貴重だよなぁ」


 ……レオンが、何かをした。

 それはわかる。


 だが、何をしたのかさっぱりわからない。


 アーシリア、そしてミノタウロスも、彼の何か恐ろしい力の一端に触れた……。


「ぶ、ブボォオオオオオオオオオオオ!」


 どがががががっ! とミノタウロスが拳でレオンをたたく。


 だがそのすべてが、障壁とやらに阻まれていた。


「よし、強度実験は終了! おつかれちゃん」


 レオンは……消えた。


 こちらが瞬きする間に、アーシリアの視界から消えたのだ。


 そして、ミノタウロスの腹に、とん……と触れる。


 ぼっ……!


「なぁっ!? なにぃいいいいいい!?」


 騎士団のエースの、必殺技をうけても……かすり傷一つおわせることのできなかった……ミノタウロスの体。


 レオンは、軽くぽんと触れただけで……ぶち抜いて見せたのだ。


 ずずぅうん……と倒れるミノタウロス。


 信じられないいことが、目の前で起きてる。アーシリアは呆然として動けない。


「い、今のは……?」

「ん? 発勁」

「は、へ? え?」


 レオンはあっさりと、笑顔で、こういう。


「さぁ、サクサクいこうぜ」

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