67.女神のもとへ里帰り
もうあと数時間で、日付が変わる。
すき焼きを食べたあと……。
「うまかったのだぁ~……」「うむ、最高だな……」『素晴らしいわ……』
こたつの周りに、仰向けで、魔王達が倒れている。
竜王テスタロッサ、雷獣王ウルティア、妖精王ラスティローズ。
「告。ずぞぞ……すき焼きがあまりに美味しくて……ずるるるっ、魔王達がすっかり骨抜きです……はふはふ……さすがマスターずぞぞぞぞぞぞっ」
叡智の神は顕現しており、締めのうどんをすすっていた。
「年越しのそばがいいんだが、あいにくとそば粉はまだ品種改良の途中でな」
「いえ、うどんのほうが好きですからお気になさらず」
ミネルヴァさんめちゃくちゃうどん食ってる。
多分肉をつけたいのだろう。
ぺったんぺったんだから。
「あ゛? ぞ?」
「はいはい、すごまないでくださいよっと」
と、そのときである。
こんこん……。
「はいよー」
「……失礼いたします、レオン様」
そば付きメイド1号、ミリアが俺の元へとやってくる。
その手には重箱が握られていた。
「……ご準備できました」
「さんきゅー」
俺は亜空間に重箱をしまう。
「ほいじゃ、少し出てくるから」
「……いってらっしゃいませ」
ミリアが部屋から出て行く。
「問。マスター、どこへ行かれるのです?」
叡智の神は仰向けになって俺を見上げる。
「おまえ食って寝ると牛になるぞ?」
「解。それは迷信であって科学的根拠のない戯れ言でございます」
「あ、そっか。胸平さん胸をおっきくしたいから、牛になろうとしてるのかー。牛はおっぱいでっかいしなぁ」
「解。そ、そそそそ、そんなこと考えてないわい! ありえへんわ! 全然科学的ちゃうわい!」
めっちゃ動揺してる。
なんだ迷信がっつり信じてるんじゃーん。
「こほん……それで、どこへ行かれるのです?」
「おまえの実家」
「は? なにを……って、まさか!」
そう、俺はこの日のために仕込んでおいたのだ。
亜空間から、1つの結晶を取り出す。
「ほぅ……何をするつもりだい、ダーリン」
寝ていたはずのウルティアが起き上がる。
テッサ、ラスティローズも、目をまして、俺を見ている。
『大魔王様の持っている結晶から、凄まじい魔力量と、込められた半端ない術式を感じます!』
「お兄ちゃんまたやらかすのかっ!」
わくわくしている魔王達。
「え、またってあんだよ。俺別にやらかしたことないだろ」
「「「『いやいやいやいや』」」」
魔王プラス叡智の神に否定されてしまう。
「君は最初にわらわのとこへ来たときからやらかしてるよ」
『妖精界に来ようって発想がまずありえませんよ……』
「お兄ちゃんはいっつもやらかしてるぞ!」
「むしろマスターが何もしなかった日なんてほぼないですね」
うんうん、と魔王ズ+
ええー……そうかなぁ。
「ま、まあともかく。これは転移の魔法が付与された結晶。名付けて【転移結晶】だ」
単なる魔法を付与した結晶……ではない。
魔力の貯蔵、誰でも簡便に発動できる仕組み、そのほか諸々……。
タタラとイヤミィ、そして俺が、長い時間をかけて開発した、転移魔法を込めた結晶である。
「告。結構な頻度でイヤミィが持ち上げられますね。名前からして完全に一発ネタかと思いきや」
「いや、あいつぶっちゃけ天才なんだよ。付与魔法が使えないのに、魔道具を独学で作ってる時点でな」
「告。それでもうちの旦那……おっと、マスターには遠く及びませんがね」
なぜ言い直したのだ……?
まあいい。
転移魔法は一度行った場所へ、一瞬でワープする魔法だ。
その距離が遠ければ遠いほど、消費魔力が多くなる。
それと同時に、確固たる転移先のイメージが出来てないと跳べない。
「まー、ようするにこの転移結晶は特別ってことだ。さて……いくぞミネルヴァ」
こたつに入ったままのミネルヴァが、両手を突き出してくる。
「なんだそりゃ?」
「マスター。おこたからでれません。引っ張って」
「ったく、しょうがないなぁ」
俺はミネルヴァの手を引き、ずぼっ、とこたつから引っこ抜く。
立ち上がると素早く、俺を後ろからハグする。
「なんだこれ?」
「寒いので。坊ちゃまカイロです。あったかいです♡」
ごりごり、とまな板さんが胸を押しつけてくる。
「ゴリゴリ!? そんな擬音でないでしょ!? 誇張表現ですよね!?」
「さて、俺はちょっくら出てくるから、留守番よろしく」
「マスタぁあああああああああああ!?」
まな板胸さんが叫ぶ。
「ちょっとまちたまえ、ダーリン」
魔王達が、俺のそばへとやってくる。
まず、ウルティアが俺をハグする。
「わらわもそこへ連れて行ってくれ♡」
「え、まあ別にいいけど」
ラスティローズが、俺の頭の上に乗る。
『転移結晶……それが実用されれば、凄い、歴史が動きます! あたしは歴史が代わるのを目撃したいのです!!』
最後に、テッサがムネヒラさんと俺との間にズボッと入る。
「おお! 真っ平ら!」
「てめ、消すぞ、ガキぃ……?」
まーまー、落ち着けよバインバインさん?
「解。私はいつでも冷静沈着です」
うーん、たんじゅーん……。
「ほんじゃ、いくか」
俺は転移結晶をかかげて言う。
「転移! カーラーンさんち!」
ぱきんっ! と結晶が砕けると同時に、足下に魔法陣が展開。
ずぉ……と魔法陣から魔力の嵐が吹き荒れる。
「くっ……! なんて凄まじい魔力量!」
『完全に魔王の体内魔力量を凌駕してるじゃない!』
「あはは! すっげー! ドラゴンかよおにいちゃーん!」
女神カーラーンさんちは、異なる次元に存在する。
途方もない距離を飛ぶので、相応の魔力量が必要となる。
凄まじい数の魔法陣が展開し……そして、俺たちの体が消える。
……。
…………。
………………ほどなくして。
魔力の嵐が、唐突に収まる。
「どうだ、ミネルヴァ?」
「解。言うまでもなく、成功です」
俺たちがいるのは、真っ白な、何もない空間……。
『す、すごいです大魔王様!』
きらきら、とラスティローズが、目を輝かせて言う。
『転移魔法です! すごい……転移結晶! これが運用されたら、歴史が代わりますよ!』
大袈裟だなぁ……。
「…………レオン?」
ふと、懐かしい声がした。
ふりかえると、そこには、どことなくミネルヴァの面影を残した、美しい女性がいる。
「うそ……どうして……あなたがここに……?」
呆然とつぶやく彼女に、俺と、そしてミネルヴァが手を上げる。
「「おっす、ただいま!」」
かくして、俺たちは、女神のいる白い空間へと、偶然じゃなくて自発的に、到着したのだった。
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