66.エースとの遭遇



 今年最後の夜。

 俺はひとり、上空を飛んでいた。


【問。マスター、どこへ行くのです?】


 俺のスキル叡智神ミネルヴァが、問うてくる。


「鍋の具材を取りにな」


 今日はみんなで鍋……すき焼きをする予定。

 だが肝心の具材がないのだ。


【告。今夜の気温はマイナス超えています。マスター、風邪を引かないように、屋敷へ戻ることをおすすめします】


「おお、なんか、妻っぽい」


【否。ぽい、ではなく正妻ですから】


 どやぁ……と得意げなミネルヴァの顔が想起される。


「まあ今から取りに行くの卵なんだけど、まあすき焼きに卵がなくってもだいじょうぶだから帰るか」


【告! 卵のないすき焼きなどナンセンス! マスター、今すぐ卵を取り行きましょう!】


 ええー……おま、風邪引くとかなんとか言ってなかった?


【否。言ってません。卵がないすき焼きなんて、胸のない私のようなもの】


 それ、いつも通りじゃ……。


 そんなこんなありつつ、俺は目的地の近くの森へと着陸する。


【問。卵を取りに行くのに、なぜ森に?】


赤熊ブラッディ・ベアってモンスターがいるんだが、こいつは熊のくせに卵を産んでな。それがまた美味なんだよ」


 と、そのときである。


【告。マスター。魔物が子供を襲っておりっます】


「まじ? こんな夜中に……?」


 気になったので、俺は様子を見に行くことにする。


 森を走ることしばし。


「がぉおおおおおおおおおおおおおお!」


 赤い毛皮を着た、そこそこでかいクマのモンスターがいた。


 こいつが赤熊。


 その前には子供が倒れている。

 ほっとくのは寝覚めが悪い。


「【火球(ファイアー・ボール)】」


 俺は右手から魔法を発動。


 ごぉおおおおお……と俺の目の前に、5メートルほどのでかい火の玉が出現。


 それは凄まじい速さで飛んでいくと、正確に、赤熊に命中する。


 どがぁあああああああああああああああん!


【告。赤熊は木っ端みじんに粉砕されました】


「あれ? なんか威力あがってね?」


【解。〝大魔王〟のスキル、〝軍団レギオン〟の効果です。配下が増えれば増えるほど、マスターの木曽能力が向上します】


 待て、待て待て。

 大魔王のスキル? いつの間に手に入れてたんだ、それ?


【解。魔王テッサを妹分にしたとき、獲得条件を満たしたのです】


 この世界は何か特定の条件を満たすと、スキルが付与されるらしい。


 大魔王の軍団スキルは、配下が増えれば強くなる……か。


「別にテッサもウルティアもラスティローズも、配下じゃないんだが?」


【草】


 いや草って。


「って、そうだ。おいおまえ、だいじょうぶか?」


 モンスターに襲われそうになっていたのは……女の子?


【解。男です。髪の毛が長く、顔つきも幼いですが、性別は男性です】


 女っぽい男が立ち上がる。

 

 背中に布で覆われた棒を背負っている。

 マントを着ており、旅装って感じ。


「おい、だいじょうぶ?」

「あ、はい~。だいじょうぶでーす」


 ほわほわしたしゃべり方の男だな。


 男というか、少年か。

 歳は10代中頃っぽい。


「危ないところを、ありがとうございまーす」


「こんな夜更けに子供が出歩いてちゃ、あぶないぜ?」


 くすくす、と少年が笑う。


「ありがと~う、でも君も子供だよね?」


「そりゃ、ま、そうか」


 少年はニコニコと笑顔を浮かべている。


「ぼくはエー……」


「え?」


 こほん、と咳払いすると、男娘がいう。


「えーちゃんって呼んで~」


「わかった。えーちゃん、俺はレオンハルト。レオンって呼んでくれ」


「おっけー、れおくん」


【告。なれなれしい男です。マスターのことをいきなりあだ名をつけて呼ぶなんて】


 まあ別にいいじゃんか。


「えーちゃんはこんなとこで何してんの?」


「ぼくは旅人でね。赤熊の卵を取りに来たんだ。けど途中で赤熊に襲われちゃってさ」


 森で迷子になったってことか。


「ちょうどいいや。俺も赤熊の卵とりにいくとこだし、一緒に取ってきてやるよ」


「え~。いいんですか? やったー!」


 まあ1個も2個も代わらないしな。


 俺はえーちゃんと別れて、ひとり、赤熊のいる洞窟へと向かう。


「わー。暗いですね~」


「……いや、おまえ。なんでいるんだよ?」


 振り返るとえーちゃんがいた。


「え~。だって一緒に【行って】とってくれるって」


 俺が行くついでに取りに行くって話だったんだが……。


 まあ、こっちにはミネルヴァもいるし、だいじょうぶか。


 俺たちは暗い洞窟のなかを進んでいく。


 ぎゃあぎゃあ、と赤熊の鳴き声が響く。


「卵ってどこにあるのかな~?」


「赤熊のボスが持っているだろうな。ありと一緒で、あいつらは群れのボス……女王が卵を産む生態系をしてるからな」


「あら~。物知りだね~……7歳とは思えないくらいに」


 じっ……とえーちゃんが俺のことをまっすぐ見てくる。


「まるで……何十年もココの世界にいたみたーい」


 ……鋭い。

 俺は確かに、二度の人生をココで過ごしている。


 だから普通の七歳よりは知識がある。


 もっとも、ミネルヴァっていう生き字引がいるからってのもあるがな。


「物知りな知り合いが俺にはいるんだよ」


 ……しかしえーちゃんとやら、鋭いな。

 ミネルヴァ、何か気づいたことあるか……?


【ぶふぅうううううううううう! 物知りな知り合いって! 知りと知りって! ナイスじょーーーーーーーーーく! ぶふぅううううううう!】


 ……いや、あの、うん。

 まあいいか。


 道中、赤熊が襲ってきたけど、俺は問題なく無力化した。


 ややあって。


「ここがボス部屋だな」


 ひときわ大きなホールへと到着する。


 最奥部には、巨大な赤い熊がうずくまっていた。


「がろおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 ボス赤熊が立ち上がって、雄叫びを上げる。


 ……7メートルってところか。


「れおくん、どうする~? てか卵なくなーい?」


「赤熊は腹のポケットの中に卵入れてるんだよ、カンガルーみたいに」


 魔法でぶっ飛ばすと、卵ごと消滅させる。


 なら、俺が剣でやるしかない。


 だがやつを倒すのと、卵を切除するの、同時に行う必要があった。


「さて、どーすっかな」


「あ、じゃ~。ぼくが卵回収するよー」


 はいはい、とえーちゃんが手を上げる。


「おまえが?」

「うん。ぼくが」


 ……どう見ても、ひ弱で、頼りなさそうな見た目の少年。


 だが……俺にはわかる。


 歴戦の剣聖だったからこそ、わかる。


 彼が、結構な剣の使い手であることが。


【問。根拠は?】


 ない。ただ……まとう空気が、剣士のそれだ。


【告。論理的ではありません】


 まあな。叡智の神はわからないのかい?


【解。戦ってる姿を見てないので、なんとも判断しかねます】


 まあ多分だいじょうぶだろう。


「ほんじゃ、やるか」

「うん、りょーかい」


 俺は亜空間から、聖剣を取りだして、構える。


 えーちゃんは背中に背負っていた、巨大な布包みを手にする。


「3秒後に同時攻撃だ。いくぞ……3,2,1……!」


 俺たちは走り出す。


「ぐがぁあああああああああああああ!」


 巨大熊が俺たちめがけて、手を振るってくる。


 俺は爪を、剣の腹ではじく。


 ぱりぃいいいいいいいいいいいいん!


「お~。攻撃反射パリィだぁ~。どんなものも剣ではじきかえす、すごい技術~」


 相手の体勢が崩れところに、えーちゃんが接近。


 しゅここここん……!


 彼の両手には、巨大な卵が2つ、握られていた。


【問……。マスター、彼は今なにを?】


「え? あの布で熊の腹をぶったぎって、中に入ってた卵を切除したんだろ?」


 叡智の神であっても、状況判断ができなかったのか。


 まあしかたないか。


 常人では目で追えないスピードだったし、斬った痕が一切残ってない。


【告。斬られたことにすら、ボス赤熊は気づいてない様子】


 だろうな。

 つまり、斬られたと自覚させないほどの斬撃を、放てるほどの使い手ってことだ。


「がろぉおおおおおおおおおおお!」


 目的は達成したので、帰ろうとする。


 だがボスが俺たちに向かって吠えてきた。


「うざいなあ~」


 えーちゃんがまた、布包みを手に取る。


 がぎぃん……!


 俺は聖剣で、えーちゃんの攻撃を魔法面から防ぐ。


 布が衝撃で破れる……。


 そこにあったのは、身の丈ほどの野太刀。


「どうして、止めるんだ~い?」


「よく見ろ。戦意を喪失してる」


 ボス赤熊は、倒れている。

 吠えているものの、その場から動けていない。


 かたかた……とよく見れば震えていた。

 虚勢を張っていたのだろう。


「戦う気のないやつ、命を取ろうとする気のない相手を殺すつもりはない。卵をもらえれば、目的達成だ」


 じっ、とえーちゃんが俺を見てくる。

 その目には、鋭い闘志が見て取れた。


 だがそれも一瞬のこと。


「おけーい」


 えーちゃんが野太刀を、背中に納める。


「君の言うとおりにするよ~」


 その後、俺たちは巣から出る。


 卵を一つえーちゃんに渡す。


「ありがと~れおくん。今日は楽しかったよ~」


 ふりふり、とえーちゃんが手を振る。


「俺もだ。じゃあな。またどっかであえるといいな」


「うん~またね~」


 俺は卵を亜空間にしまって、魔法を使い、家へと帰るのだった。


    ★


 レオンが一瞬で消え去ったあと……。


「へぇ~。あれがレオン=フォン=ゲータ=ニィガ。若き大魔王、かぁ~」


 消え去ったあとをじっと見つめ……えーちゃんは、仮面をかぶる。


 幻影道化師団ノーマン・サーカスの一員、エースが楽しげにつぶやく。


「彼はぼくの、一太刀を完全に受け止めた。あれは……剣の達人の動きだ」


 話によると、大魔王は魔法をきわめし少年だと行っていた。


 だがエースの印象は違う。


 魔法【も】極めた、最強の魔王。


「ふふっ、れおく~ん。いいよ、いいよきみ~。最高だ~」


 エースは野太刀を抜いて、軽々と一閃させる。


 ぼっ……と赤熊の巨大な卵が燃え、一瞬で灰となる。


 すぅ……とエースが呼吸をすると、その灰が体の中に入っていく。


「うん、美味~」


 ぺろっ、とエースが舌なめずりをする。


「本当は彼もおいしくいただくつもりだったけど~……予定変更だ」


 野太刀を背負い、エースが言う。


「彼と遊んでいるほうが、食べて終わりにするよりも、ずっとずっと楽しそうだから」


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