65.屋敷のみんなと餅つき


 今年も残すところあと1日となった、ある日。


 俺は屋敷にの庭に、みんなを集めていた。


「「「ごしゅじんさまー!」」」


 庭に集まっているのは、獣人のメイド達。

 かつて奴隷として売られていた彼女たちを引き取って、うちで働かせている。


 ハウスメイドとしても、そして俺の魔道具ギルド【金色の翼獅子】としてもだ。


「今日は何するんですかご主人様ー!」


 と狐獣人のコロン。


「なんか朝からうまそーなにおいがしてたぜぇ、坊ちゃん」


 とリザードマンのリザ。


「ご主人様、もって参りましたわ♡」


 とケンタウロスのギャロップが、重い【それ】を軽々担いでやってくる。


 ずしんっ、と地面に乗せられたのは、木製の器とハンマー。


「ご主人様、なんですこれ?」


 コロンが興味深そうに、それらを見渡して言う。


「これはうすきね。餅をつく道具だ」


「「「もち……?」」」


 コロンたちメイド部隊が首をかしげる。

 あら餅しらないのか?


「是。そもそも米をたくという習慣のない異世界ですからね。餅を作るものは皆無でしょう」


 顕現状態のミネルヴァが解説してくれる。


 まあそう言われればそうか。


「今からこのハンマーで餅米をついてもらうんだ。だれか……」


「「「はいはいははいはーーーーーーい!」」」


 メイド部隊の連中が、全員手を上げる。


「ころんがやりまーす!」「ばっかおれが坊ちゃんのためにやるに決まってるだろ!」

「レオン様のお役に立つのはわたくしですわ!」


 メイド達がぎゃあぎゃあと騒ぎ、自分がやりたいと主張しまくる。


 まあ誰がやっても同じなんだがな。


「お待ちください、皆様」


 そのなかでミネルヴァが、姿勢を正して、頭上に手を上げる。


「ここは私が」

「いいのか?」


「ええ。夫の仕事を代替わりするのも、正妻の役割ですから」


 さらっ……と青い髪を手で払い、ミネルヴァがかっこつけて言う。


きねは結構重いぞ?」

「ふっ……問題ありません。私を誰だと思っているのですか? 叡智の神ですよ?」


 今んとこで叡智の神っぽいっとこ、一度も見たことないんだけどなぁ。


 ミネルヴァは杵を手に持つ。


「ふぬ!」


 ……だが杵は一ミリたりとも動かない。


「ふぬ! ふぐ……! ふんぬぅうう!」


 しばし格闘したあと、ミネルヴァはさらっ……と髪の毛を手で払う。


「どうやらバグが発生している様子です」


「リアルワールドにバグなんて存在しない」


「ふー、少し動いたら疲れてしまいましたね。あとは任せましたよ、メイド達」


「「「おー!」」」


 力自慢のリザードマンこと、リザが杵を軽々と持ち上げる。


「そいつでこの白いのを叩き潰す感じで振り下ろしてくれ」


「任された! いくぜ! そらっ!」


 ぺたんっ。


「ぐちゃっ、となったぜ? 失敗か?」

「そのまま何度も続けてくれ」


 リザは言われたとおり、杵を思い切り振り下ろして、持ち上げる。


 ぺったん。


「…………」


 ぴくっ、とミネルヴァのこめかみが動く。


「うぉお! 杵にひっつく! なんだこの感触!」


 ぺったん、ぺったん、ぺったん。


「…………」


 ぴくぴくぴくっ、とモノリスさんのこめかみが微細に動く。


「いいねえこれ! やみつきになりそうだ! そら、ぺったんこ! ぺったんこ! ぺったんこ!」


 ゆらり……とミネルヴァから魔力が立ち上る。


「どうしたおまえ?」

「……マスター。今すぐあの悪魔の装置を消し炭にして良いDeathか?」


 なんだか知らんがお怒りモード!?


「何キレてんだよ」

「だ、だ、だってあの餅つき……ぺったんぺったんって、ぺったんこって、おまえの母ちゃん胸が崖~って」


 俺はミネルヴァの息子ではないし、胸が崖なんて誰も言ってないだろ。


「ぺったんぺったん♡ ん~♡ たのしー!」


 コロンが杵を手に餅をつく。


「それ、ぺったんこ、ぺったんこ♡ ほんとですわ~。楽しい感覚です~」


 ミネルヴァの前でぺったんぺったんと……。

 ああ、そういうことか。

 胸をいじられてるって勘違いしてるのか。


「子供がただ餅をついてるだけじゃねえか。落ち着けよ」


「子供だろうとなんだろうと、私に向かってこれ以上1ことでもぺったんって言ったら1ぺったんにつき1億個もの【火球ファイアー・ボール】を降らせます」


「やめろおまえ、叡智の神なんだろ?」


「叡智の神だろうとライン超えされたらキレるんだよぉおおおおおおおお!」


 暴走する胸無神むねぺったんさんを沈めたあと……。


 つきたての餅を、みんなで食うことになった。


「ごしゅじさま~。これ、食べれるの?」


 狐獣人コロンが、俺に問うてくる。

 みんなの手には紙皿があって、その上に餅を等分しておいてある。


「おう。食えるぜ。こんなふうに」


 俺はみんなの前で、手本を見せる。


 口に含んで、伸ばす……!


「「「うぉおおおお! すっごぉいい!」」」


 メイド達がびっくりしている。

 餅食ったことないっていうからな。


「ものは試しだ。みんなくってみな」


 ぱくっ、と獣人メイドたちが口に含む。


「「「うんまぁあああああああああい!」」」


 みんなが笑顔で、餅を伸ばしながら食べる。

「おいしいぜ坊ちゃん! うにょーんって食感がたまらねえな!」


「レオン様のもとに仕えて今日まで、色んなものを食べてきましたが、こんなにも新食感な美味しいものは初めて食べましたわ!」


 餅米の栽培に今年成功。

 土壌を改良して、この異世界での気候や土の条件で餅米が育てられるようになるまで、結構かかったからな。


「まひゅふぁー」


 もむもむ、とミネルヴァが餅を頬張りながら言う。


「いちゅのまにさいばいを?」


「前々から準備はしてたんだよ。上手く言ったのは今年からだな」


「しかし料理を作ることと、マスターの種目的たる魔法を極めることに、何の因果関係が?」


「土魔法を改良して、地球のものを育てられるようにするってのも、魔法の訓練だよ……ってのは達前で、単に美味いもんをみんなで食いたかっただけさ」


 なるほど、とミネルヴァがうなずく。


「マスターはさすがですね。強いだけじゃなく、奴隷達にもこうして美味い食事を振る舞ってあげるなんて」


「奴隷とか関係ないさ。こーゆーのはみんなで食うから美味いだろ?」


「それもそうですね……。まあ、ぺったんぺったんは死すべしですが、餅は美味しいですし」


 うにょーん、とミネルヴァが餅を引き延ばす。


 と、そのときだ。


「ごしゅじんさま~!」


 てててっ、と狐獣人のコロンが……え?


「だ、誰ですか……?」


 コロンは、十代半ばくらいの美少女だった。


 それが今や、豊満なボディをした、美女にチェンジしている。


 1本だけだった狐尻尾が、9本に増えていた。


「コロンだよー!」

「……ミネルヴァ解説を」


 じっ、とミネルヴァが餅を見つめて、なるほどとうなずく。


「マスター。この餅には魔力が多く込められています」


「そりゃ魔法で品種改良したやつだからな。それが?」


「お忘れですか? 配下の魔物は、大量の魔力を帯びることで存在進化を起こすと」


 以前名付けを行ったことで、コロンたちは進化したっけ。


 獣人と魔物は近いものがあるらしく、彼女たちにも進化が適応されるのだ。


「ロコン進化でキューコン……もとい、妖狐へと存在進化しました。魔物のランクで言えばSランクです」


「ほえ? おおー! なんかおっきくなってるよー!」


 前は幼さの残るみためだったが、今はもう完全に、バインバインのねえちゃんだった。


「坊ちゃん! 見てくれおれを! 翼生えてるー!」


 リザの背中から、竜のような翼が生えていた。


「リザード進化でリザードン……もとい、竜人へと進化しました。こちらもSランク」


 リザも、前はちょっとうろこみたいなのが散見されたけど、今は普通の褐色肌の美女だ。

 胸もでかくなってるし。


 獣人の奴隷達は軒並み進化して、美しくなっていた。


「マスター! これは期待できます! この流れなら……! 私にもワンチャンスあるかも!」


 希望を胸にいだいて、ミネルヴァが叫ぶ。


「さぁ進化を! おや……ミネルヴァの様子が……テロテロン! でんでんでんでんでんでーん、でんでんでんでーん……」


 しばらく自分で、進化BGMを流すミネルヴァ。


 だが……。


 しーん……。


「……あ、あれ? なんで? マスター……私、何か変わってます?」


「いや……一ミリも……」


 胸もぺったんぺったんのまんまだ。


「…………」


 膝をついて、頭を抱える。


「しまった……そういうことですか」

「どういうことだってばよ?」


 ミネルヴァがうつむいたまま言う。


「……私は神クラスの存在。進化するには相応の経験値……魔力が必要。おいそれと進化しないのですよ」


「あー……バンギラス的な?」


「是……」


 ……餅食って、みんながSランクの巨乳美女へと進化する中……。


 ひとり、平らな胸のままのミネルヴァが、天を向いて慟哭する。


「世の中、世知辛いのじゃぁああああああああああああああああ!」


 じゃー……じゃー……じゃー……と森の中に、ミネルヴァの叫び声がこだまするのだった。


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