58.竜王をお菓子でテイムする(無自覚)



 冬休み、俺は実家へと帰ってきている。


 屋敷の厨房にて。


「マスター。何をなさっているのですか?」


 青髪の美女、俺のスキル・ミネルヴァが、顔を出す。


「新作のお菓子を作っていたとこだ」


「チョコレートケーキですか」


 作業台の上には、焼き上がったばかりのケーキがおいてある。


「なぜケーキを?」

「もうそろそろ年末だからね。みんなに食って喜んでもらおうかなって思ってさ」


「なるほど、異世界のおやつで女たちを骨抜きにして絶頂させようという魂胆ですね」


「ちげえよ」


 ドコの料理漫画だよ。


「すんすん……マスター。これ、お酒入ってるんですか?」


「おう、リキュールが入ってる。食ってみるか?」


「是」


 俺はチョコケーキを切り分けて、ミネルヴァの前に置く。


「そういえばおまえお酒って大丈夫なん?」


「ふっ、無論です。私は叡智の神ですよ? 酒ごときに負けるわけがありません」


 1分後。


「ふにゃぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん♡」


 顔を真っ赤にして、表情をだらしなく緩ませた、胸平さんがおった……。


「おまえ、酒弱すぎだろ」


 リキュールが入ってるとはいえ、焼成の歳にアルコールは大部分が飛ぶはずだ。


 だというのに、この胸崖さんは、1きれ食べ終わる前に酔っ払ってしまった。


「にゃーん♡ にゃんにゃー♡ ふみゃぁ~~~~~~~~~~~~ん♡」


 謎の言語を発しながら、ミネルヴァが俺に抱きついてキスしてくる。


 うっとうしいことこの上ない……。


 と、そのときだった。


「にゃすたぁ~♡」


 たぶん俺を呼んでいるのだろう。


「まりょくはんにょーれすぅ。北西2キロ」


「魔力反応? なんだろう……ちょっと様子見てくる。おまえココで寝てろ」


「にゃーーーーーーーーーーん♡」


 ミネルヴァをおいて、俺は浮遊魔法を使い、現場へと向かう。


 魔力反応……たしかに、そこそこでかい反応を感じるな。


 俺がやってきたのは、屋敷にほど近い森の中。


 ……そこに、1人の小娘がいた。


「なんだこいつ?」


 オレンジ色の髪の女だ。


 年齢は14,5歳だろうか。


 髪の毛をサイドテールにして、ボンデージというか、そういう派手で布面積の少ない、革の服を着ている。


 肩にはマントをつけている……。


「なんだ痴女か」


 ぐぅ~~~~~~~~~~~~~~~


「なんだ、行き倒れか?」


 俺はしゃがみ込んで、女の頬をつつく。


 かすかに反応があった……と思ったその瞬間。


「甘い匂い!」


 がばっ、と女が顔を上げる。


 ……幼い顔つきだ。


 体つきはメリハリがあるくせに、やたらと顔が小さい。


「おまえから甘い匂いするぞ! おまえを食べちゃうぞー!」


 がーっ、と口を大きく開ける。

 八重歯がとてもかわいらしい。


「まーまて。これは俺を食っても大して美味くないぞ」


「そんなことないのだ! 今までかいだことのない、素晴らしい匂いがするのだー!」


 さっきまで作ってた、チョコケーキの匂いだろう。


 ぼたぼた……と女がよだれを垂らしている。

「俺じゃなくて、こっち食べな」


 俺は空間魔法にしまってあった、さっき俺が作ったチョコケーキを取り出す。


「ふぉおおおおおおおおおおおおおお♡」


 女が目をキラキラさせながら、俺の作ったチョコホールケーキを見やる。


「こ、こ、ここ、これはなんだー!?」

「チョコケーキ」


「チョコ!? ケーキ!? なにそれ聞いたことないのだー! ワタシへの貢ぎものかー!?」


 貢ぎ物って……ずいぶんと古風な嬢ちゃんだな。


 だが食べたそうだ。

 目をキラキラさせて、よだれが滝のよう。


 まー、ここで放置して帰るのも、目覚めが悪いしな。


「おうよ。ほら、お食べ」

「うむ! いただきますなのだー!」


 俺からチョコケーキを受け取って、手づかみでケーキを、食べた。


「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」


 ぐぐっ、と体を縮ませて、飛び上がる。


「うーーーーーーーーーーーまーーーーーーーーーーーいーーーーーーーーーぞーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」



 大空へとジャンプして、口からビームを出していた。


 どこぞの美食家もびっくりなリアクションだ。


 すたっ、と女が着地。


「はぐはぐむしゃむしゃ! 美味い! 美味すぎぅうううううううううううう!」


 一瞬でケーキすべてを食っちまった。


「すごいぞおまえ! 天才だ!」

「どもども。まだおかわりあるぞ。食べる?」


「たべりゅー!」


 試作にいくつか作っていたケーキを、女に出す。


 彼女は全部美味そうにばくばくばく、と食べていく。


「そーいやおまえ、名前は?」


「テスタロッサ! おまえは特別に、テッサと呼ぶことを許可しよう!」


「テッサか。可愛い名前だな」


 テッサはケーキを食い終わると、その場に倒れる。


「はー…………まんぷくなのだぁ~♡」


 夢見心地の表情で、空を見上げている。


 満足してくれて良かった。


「おまえこんなとこで何してるの? 腹減って倒れるなんて」


「ワタシは人を探していたのだ」


「ほぅ。人捜し。どんなやつ」


「強いやつ!」


 胸を張ってテッサが言う。

 強いやつって……範囲広いなぁ。


「子供のくせにめちゃくちゃ強いやつがいるって聞いたのだ! ワタシはそいつをぶちのめしにきたのだ!」


 へえ、子供でも強いやつっているんだなぁ。

 まあ俺の弟ラファエルとかも最近はめっちゃ強くなっているしな。


「手がかりとかないのか?」


「うーん……特徴を聞く前に飛びでしまったからなぁ。名前は……れお、れお……れおたん?」


 テッサは【れおたん】という名前の強いやつを探してるらしい。


「聞いたことないなぁ」

「そうかぁー……ま! いいのだ! 探せばいつか見つかるのだー!」


 切り替えの早いやつみたいだな。


「早く見つかるといいな。それじゃ」


 俺が飛んで帰ろうとすると……。


 がしっ!


 後ろを振り返ると、テッサが俺の足をつかんでいた。


「か、帰ってしまうのかっ?」


 妙に焦ったような表情で、テッサが俺を見ている。


「ああ。腹も満たされたろ? 人捜ししてる途中だって言うし。邪魔しちゃ悪い」


「か、帰ってはいけないのだ! わ、ワタシはおまえの作ったケーキとやらの虜になってしまったのだっ!」


 テッサがうっとりした表情を浮かべて言う。


「あの美味なるお菓子を食ってしまって……ワタシはあれなしでは生きてけない体になってしまったのだー!」


 ただのリキュール入りチョコケーキなんだが……。


 まあ、異世界人って食の文明も遅れてるからな。


 地球の技術で作ったお菓子が、とんでもなく美味く感じたんだろう。


 それこそ、無くてはならないレベルで。


「なあおまえ!」


「おまえじゃねえ。レオン。レオンハルト」


「れおん! ワタシをおまえのものにしてくれー!」


 ばっ、とテッサが俺に頭を深々と下げる。


「いや、ものって……」


「もうチョコケーキがあればそれでいいのだ! ケーキが食べられるのならワタシはおまえの奴隷となるのだ!」


「そこまで!?」


「おうなのだ!」


 ……いやそこまでされるのはちょっとなぁ。


「奴隷は駄目だ」

「そんなー! 死んでしまうのだぁ!」


 俺から手を離して、地面に仰向けで倒れ、じたばたと子供のようにだだをこねる。


「代わりにおまえ……妹分になれ」


 ぴたっ、と少女が動きを止める。


「妹!」


 ばっ、と顔を上げて彼女が言う。


「妹分、な」

「妹なー!」


 舎弟的な意味合いで言ったんだが、どうやら勘違いしてるらしい。


「わかったぞお兄ちゃん! ワタシは今日かられおんお兄ちゃんの妹に、なる……!」


 ぐっ、と拳を握りしめて、テッサが宣言する。


「だから毎日あまーいお菓子たべさせてほしいのだっ!」


「おう、いいよ」


「わーーーーーーーーい! やったーーーーーーーーーーー!」


 テッサは飛び上がって、目と口からビームを出す。


 ははっ、すげえ。

 グルメ漫画の審査員みたいなリアクションだなぁ。


「そうと決まればっ、もっとたべさせてほしいのだっ!」


「おうよ。ついてきな」


 かくして、俺はテッサを連れて、屋敷へと向かうのだった。


 ……しかし、この子、何もんなんだろうなぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る