52.VS妖精王、神の領域魔法



 王子レオンが、妖精達の魔法を打ち破った。

 妖精王ラスティローズは、悄然とつぶやく。

『……なんて、強さなの』


 彼女がいるのは、妖精界にある最も高い樹の上。


 周囲には部下である、宮廷魔道士たち。


『化け物だ……』『おしまいだ……』『魔王に蹂躙されるんだ……』『解剖されてしまうんだ……』


 彼らが絶望するのは、仕方ない。

 精鋭の魔法使いである彼らが、力を合わせて放った大魔法。


 極光竜を、あの小さな魔王はたやすく打ち破ったのだ。


 妖精達は、レオンを勘違いしている。

 新たな魔王が、妖精の世界を、侵略しに来ていると。


『……顔を上げなさい、あなたたち』

『ラスティローズさま……』


 妖精王の瞳には、決死の覚悟が浮かんでいた。


『あたしが、やつを倒すわ。【神の魔法】を使ってでも』


 ざわ……妖精達がざわめく。


『か、神の魔法……それは!』

『いけませぬ陛下! あの魔法は! 確かに強力ですが……しかしあなた様の命が……!』


 青ざめた顔で叫ぶ部下達。


 誰もが妖精王を止めようとする。

 だが彼女の表情は、不思議と穏やかだ。


『いいのよ。あたしはあなたたちの王。国を、民を守るのが王の勤めだから』


『しかし……』


『いいから、城から避難なさい。これは王命よ』


 妖精王の覚悟は、変わらないようだ。

 宮廷魔道士たちは涙を流す……。


 これが今生の別れだと、理解しているから。

 命に代えて、民を守ろうとしているから。


『後はウルティアのもとにいる、あたしの妹のドロシーを頼りなさい。さぁ……いって!』


 宮廷魔道士達は妖精王の城から出て行く。


 王の間でひとり、ラスティローズは魔王の到着を待つ。


『…………』


 体が、震える。

 そう、これより彼女が向かうのは死地。


 自らの命を捧げる行為……。


 だがそれも、民を守るためなら、使える。


 神の魔法を……。


「お、ついたー」


 レオンが一人、妖精王の前へとやってきた。

 後ろには、部下らしき女達の姿が見えない。

 どうやらレオン一人で乗り込んできたようだ。


「おっす! 俺レオン! はじめまして!」


 レオンは、どう見ても、ただの七歳の少年。

 だがラスティローズにはわかる。


 彼の体から立ち上る、巨大で……凶暴な、魔力の嵐を。


 彼女は理解する。

 あれは、人の形をした、化け物だと。


『……はじめまして。あたしは妖精王ラスティローズ。この地を守る王であり、魔王のひとり!』


 ラスティローズは名乗りを上げる。

 これは己を鼓舞する役割もあった。


 自分は王で、魔王で、あるから。

 だから、この場から逃げてはならないのだと。


「魔王きたぁああああああああああああああああああああああああ!」


 突如として、レオンが奇声をあげる。


「なんてぐうぜんなんだ! 魔王がいるなんて! 一石二鳥どころか三鳥じゃあないか! なぁ!? ムネヒラさんぅ!」


(む、ムネヒラ? なにそれ!? 何かの暗示……? 暗号……? それとも、伏兵!?)


 だが周囲にレオン以外の魔力反応はない。


 見えているというのか。

 妖精の王である、自分が、見えてない【なにか】が。


 ……なるほど。

 妖精王は理解する。


 ウルティアは、レオンをいたく推していた。

 その理由を理解した。

 彼もまた、神に力を与えられ、そして、【神の領域】に達したものであると。


「言葉は要らないわね。あたしと踊ってくださる、小さき魔王リトル・デビル?」


 妖精王が、翼を広げる。


 その光の翼は、レオンの右手に刻まれている紋章と同じだ。


 使徒の紋章。神から力を与えられたものの、証。


 魔王を証明する力の印。


『あんたには手加減しない……最初から使わせてもらうわ!』


「おお! なんだなんだ! その魔力反応はぁ!」


 彼が笑っている。

 今から放つのが、必殺の大魔法であるというのに。


 彼は……まるで戦いを、楽しんでいるようだ。


戦闘狂バーサーカーめ!)


 否、単に未知の魔法を前に、喜んでいるのである。


 妖精王は両手を頭上にかかげる。


神域しんいき解放……【暗黒星雲ネガ・ネビュラ】!』


「おお! 神域しんいき!? 暗黒星雲ネガ・ネビュラぁ!? なんだそりゃあ!」


 興奮するレオンを前に、神の魔法は発動する。


 妖精王の頭上に出現したのは、1つの黒い球体だ。


 目をこらすと、そこには銀の光がぽつんぽつんと見える。


 その瞬間……。


 ごぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!



 周囲にあるものすべてが、この黒い球体へと吸い込まれていく。


【告。マスター、待避を! あれは! 極小のブラックホールです! 周囲にあるモノすべてを吸い込む……魔法空間!】


 彼のスキルである叡智神ミネルヴァがアナウンスをする。


 レオンも、魔法を発動させた妖精王すらも……。


 その球体に、吸い込まれる。


 次の瞬間……。


 彼女たちが立っていたのは、宇宙空間だ。


 酸素のない、音もない、何もない空間……。


【解。神域級魔法とは、文字通り神の領域の魔法。人が魔道を極め、人のまま到達できる地点が極大魔法なら、人が神に到達することで手に入る……異次元の威力を持った魔法。それは必殺の威力を持つ……】


 レオンのスキルの声だけが、彼の【死体】のなかでむなしく響く。


 神域級魔法【暗黒星雲ネガ・ネビュラ】。


 魔王ラスティローズが発動させることで、自他を、魔法で作ったブラックホール内に閉じ込める魔法。


 入った瞬間、対象は無酸素空間に放り込まれる。


 人間レオンは、ここに入った瞬間に呼吸ができなくて死ぬ。


 入れた瞬間に価値が確定する、まさに必殺技。


 だが……欠点がある。


「(術者であるあたしも、こっからでれなくなるんだけどね……)」


 神の領域を侵すものには、相応のペナルティが与えられる。


 術者のラスティローズですら、ここからの脱出ができない。


「(前に使ったときは、ダオス様がいてくれたから、脱出できたけど。今回は無理ね)」


 ダオス。ウルティアをはじめとした、魔王達に力を与えた神のこと。


 彼から、よほどのことがない限り、この神域級魔法は使うなと厳命されていた。


 だが……仕方ない。


 それほどまでに、レオンという少年は強かったのだから。


「(このまま魔力が切れて、あたしも死ぬけど……いいの。民を守れたから……)」


 妖精は生命活動に酸素は必要としないが、代わりに魔力の補充がされないと、死ぬ。


 このままゆっくりと、誰も居ない真っ暗な空間で……。


 一人、孤独に、朽ち果てる……。


「(こわい……こわいよぉ……)」


 涙を流す。それはそうだ。

 こんな場所で一人死ぬのなんて、嫌だ。


 嫌だ、誰か……助けて……。


「いやぁ、すげえなこの魔法!」


「(ふぁ……!?)」


 倒れていたはずの……レオンが。


 顔を、あげたのだ。


「ブラックホール作るとか! すげえすげえ! 魔法ってすげえ! くぅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~! 魔法って奥深いなぁ~~~~~~~~~~!」


『い、いやいや! ちょ……は!? え、えええ!?』


 ……今、信じられない奇跡が起きている。


 宇宙空間のなかで、人間が。


 ただの子供が……生きているのだ!


『ちょ!? は!? え、ええー!? な、な、なんで生きてるのよあんたぁああああああああああああああああ!?』


 けろっとした表情で、レオンが答える。


「ん? なに? 俺が生きてちゃおかしい?」


『おかしいわよ! てか、いろいろおかしいわよ! ここは、生き物のが生きてられない死の空間なのよぉ!?』


「あはは、大袈裟だなぁ。たかが宇宙空間に、放り出されただけだろぉ~?」


『た、たか……』


 妖精王は、絶句する。

 そして、理解する。


 自分の認識が、誤りだったことを。


 この少年は、化け物なんかではない。


 もっとおそろしい存在……。


 人間でも、化け物のでも……ない。


 言うなれば……そう……。


『か、神……』


 ダオスと同様、人理を超越せし存在……。


 神、というほかにない。


「いやぁ、ちょっと危なかったけどね。胸平らさんが気絶している俺の代わりに、酸素で結界を張ってなかったら終わってたわー。さんきゅーモノリス!」


 誰かしら無いが、この場にいない第三者が、バリアを張っているようだ。


 よく見れば、レオンを中心として、周囲に酸素の膜のようなものがみれる。


「さーって……良い物見せてもらったよ。じゃ、出ようか」


『は……………………? で、出る? な、なに、言ってるの……? 出るって、まさか……』


「おう。こっから出るよ」


 ありえないことを、この子供は言ってる。


 だが……なぜだろう。

 彼の言葉には、すごみがある。

 必ず実現するという……すごみだ。


「ふふ……やっとお披露目できるぜ。俺の【研究成果】を」


 レオンは、言う。

 たった7歳の少年が。


「見せてやるよ。俺の、【神域級魔法】を」


 ……妖精王が、長い修練の末にたどり着いた、神の御業を。


 彼は今、発動させようとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る