45.魔王達の晩餐《サバト》



 第七王子レオンが、学校に通っている、一方その頃。


 魔王ウルティアはひとり、会議に参加していた。


 彼女がいるのは、魔王しか入れぬといわれる異空間。


 周囲には四季折々の花が咲き、その向こうには古城がそびえ立つ。


「相変わらずしなびた城だ」


 ウルティアは息をつく。


『ウルティア様~……』


 情けない声で話しかけてくるのは、妖精の少女ドロシー。


 彼女はウルティアの付き添いとしてこの古城へとやってきた。


「辛いのか?」

『はい……膨大な魔力に……あてられて……』


 今から行く城の中にはウルティアを含めた【8人】の魔王がいる。


 膨大な魔力にあてられ、ドロシーはフラついているのだ。


「帰っても良いのだぞ? わらわ一人で行って参る」


『だめです! ほかの魔王たちも、付き添い人がいます! 万一戦闘になったとき、ウルティア様が一人だけなら不利になってしまいます!』


「大丈夫だって、みな争う気はないからな」


 ウルティアは方にドロシーを乗せて城へと向かう。


 入り口には巨大な骸骨の騎士が2名立っていた。


 がしゃんっ、とウルティアの侵入をふせぐように、剣をクロスさせる。


退け」


 ウルティアが、ただ一言そういった。


 それだけで、骸骨の騎士はガタガタと体を震わせる。


 そして半身を引いて通れるようになった。


「やれやれ。こんな場所に侵入者など来るわけ無かろうに……」


 ウルティアはドロシーとともに城の中に入る。


 ドコまでも続いていく廊下。

 だが彼女は、歩みを止める。


 これは侵入者用のトラップ。

 ウルティアはがり、と親指の腹を歯でかんで、地面に血を一滴垂らす。


 その瞬間、足下に魔法陣が展開。

 気づけばウルティアは、パーティ会場へと招かれていた。


「手順の多いパーティだな、相変わらず」


 やれやれ、と溜息をつく。


 会場には円卓が用意されていた。


 そこには8つの席があって、ウルティアが一番最後のようだ。


「みな、壮健か?」


 ウルティアが椅子に座ると、7人の魔王達が……各話し出す。


「おかげさんでな」


 フランケンシュタインのような見た目の、大男がうなずく。


 彼は、巨人王。


 巨人の国【カイ・パゴス】を拠点とする、トロール達の王だ。


 魔王達にはそれぞれ、あだ名がついている。

 その力や、出自などからつけられている。


 ちなみにウルティアの二つ名は【雷獣王】。

 雷の獅子となれるウルティアの姿から取られたものだ。


「巨人王、少し老けたか?」

「あほ抜かせ雷獣王。魔王は年を取らんだろうが」


「それはそうか」


 この二人は比較的に仲が良い。


 だが残りの魔王達は、遅れてきたウルティアに、あまりイイ顔をしていなかった。


「まあウルティア様も集まったようですし、そろそろ宴を開催しましょうか」


 席を立ち、一人の男が音頭を取る。


「おまえが仕切るのかよ、【ノーマン】」


 ノーマンと呼ばれた男。

 白いスーツに、白い髪。


 背中からは悪魔の翼をはやしている。


「良いでは無いか。みな仕切るのが苦手だ。最若手に譲るのもよかろう」


 ウルティアが言うと、まあ……とほかの魔王達がうなずく。


「ではこれより、魔王の晩餐サバトを開催いたします」


 ノーマンが宣言すると、テーブルの上に豪華な食事が出現する。


 魔王達は食事を開始するなかで、ウルティアが悩ましげに吐息をつく。


「どうした、雷獣王? 料理に手をつけないのか?」


 巨人王が首をかしげる。


「ああ。少々、味気なく感じてね」

「ほぅ。この晩餐でだされる食事は、世界一美味い飯なんだけどな」


「わらわも昔はそう思っていた。が、彼の作る料理を知ってから、認識を改めた」


「彼……議題の、新しい魔王のことか」


 みなが、ウルティアに注目する。


 彼女は優雅にワインをあおる。


「これもあまり美味くないな」

「最高級のワインだぞ?」


「ああ、やはりレオンの作る食い物と飲み物が一番だ……」


 すっ、とノーマンが手を上げる。


「ウルティア様、発言の許可を」

「よい、許す。というより、この場において我ら8人は対等だ。許可を求めずともよい」


 ノーマンがうなずいて言う。


「件の新しき魔王……【レオン=フォン=ゲータ=ニィガ】についてですが……人間というのは、真でありますか?」


 ざわざわ……。

 ざわざわ……。


「耳が早いなノーマン。その通り。レオンは人間だ」


「いや、ありえんだろう」


 巨人王が首を振る。


「人間の体に、魔王の力が収まるわけが無い」


 魔王の力。それは、神の力。


 この場に居る全員は、神……ダオスより力を与えられ、存在が進化したものたちのみ。


 巨人王、ノーマン、そしてウルティア。


 そのほかの魔王達もみな、もとより強力な力を持った人外のものだった。


「人間が魔王になるなんて、前代未聞だぞ?」


「それがあり得るんだなぁ、巨人王よ。レオンは特別なのだ」


 ウルティアが優雅にワインをあおる。

 巨人王はにわかには信じられぬ、と疑いのまなざしを向ける。


 だがウルティアが嘘をつくようなものでないと知っているため、何も言ってこない。


『それって、まじなの?』


 手を上げて発言したのは、小さな妖精だ。


『特別な人間? はん、人間は皆等しく下等じゃない。ありえないわよ』


『ね、姉様……暴言はやめなさいよ……』


 そう、この妖精は、ドロシーの姉にして、魔王なのだ。


「妖精王よ。それは狭量というものだ。人間の中にも尊敬すべきともがらがいる」


 妖精王と呼ばれた少女は、小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。


『はん、ありえないない。大袈裟なのよ雷獣王は』


 巨人王以外の魔王は、どうやらまだ信じ切ってないようだ。


「なーなー、うるてぃあー」


 そこへ、一人の少女が手を上げる。


「どうした、竜王?」


 竜王。

 その名前に反して、底に座っているのは、可憐な少女だ。


 橙色の髪の毛に、きわどい服装。

 手には竜をもしたごついガントレットがはめられている。


「その男は、強いのかー?」

「ああ、特別に強いぞ、竜王。おまえとも良い勝負をするんじゃあないか?」


「ほほぅ……ほーう、いいなそれは!」


 にかっ、と竜王が楽しそうに笑う。


「もしも本当にそんなに強いのなら、戦ってみたいぞー!」


 一見すると可憐な少女。

 だがその瞳は黄金の色をしており、動向が縦に割れている。


 ぎらぎらと輝く瞳には、戦意が満ち満ちていたい。


「たたってみたい! うるてぃあー! 案内してくれないかー!?」


 わくわくした表情で竜王が言う。


「別にかまわんが」

「やったー!」


 しかし巨人王が溜息をつきながら言う。


「アホ抜かせ。おまえ、魔王同士の戦いが禁じられてるの忘れたのか?」


「忘れたー!」


 笑顔で答える竜王に、巨人王がやれやれと首を振る。


「魔王は、世界に影響を及ぼすほどの力を持つ。魔王同士がぶつかれば世界を破壊しかねん。だから我らは協定を結び、お互いに戦わないようにしたんじゃねえか」


「おー? しゅたいん……むずかしい!」


 巨人王シュタインは、はぁ~……と溜息をつく。


 一方でウルティアはすました顔で言う。


「だがわらわはレオンと戦ったぞ」


「おおー!」「おい」


 巨人王はあきれたようにいう。


「バカかおまえ……相手は魔王に匹敵する力を持ってたんだろう?」


「ああ。だが彼の作った異空間では、いくら戦っても周囲に影響を及ぼさないからな」


「魔王の力を受けても壊れぬ異空間をつくる……か。それがマジならすげえことだな」


 巨人王が感心する一方で、竜王はうずうずと体を揺する。


「なーなー! ワタシも! ワタシもうるてぃあみたいに戦いたいぞー!」


「ではこのあと、わらわが案内してやろう」


「ひつよーないっ! ワタシが直接戦ってくる!」


 竜王は立ち上がると、ぐっ、と身をかがめる。


 ドンッ……!


 勢いよくジャンプした竜王は、空間の壁をぶち破って、いずこへと出て行った。


魔王の晩餐サバトの最中だろうがあいつ……」


 やれやれ、と巨人王が首を振る。


「シュルツ様。これは良い機会ではありませんか。レオン某とやらの力を測る」


 ノーマンの言葉に、巨人王は「うーん……」といい顔をしない。


「わらわは賛成だ。珍しく意見があったな、ノーマンよ」


「光栄でございます」


 にぃ……とノーマンが口の端をつりあげる。

 ウルティアはその笑みを見逃さず、ふんっ……と鼻をならすも、無視する。


『そんじゃ、ま。レオンを魔王にするかどうかは、竜王がどうなったかの結果を踏まえてってことでいいわね』


 精霊王が立ち上がって、席を後にしようとする。


『姉様、帰るんですか?』


 ウルティアの付き人、ドロシーが姉である妖精王に尋ねる。


『ええ。アタシも暇じゃないのよ。ま、レオンのことは保留ね』


「もっと彼について聞きたくないのか?」


『きょーみない。アタシとは絶対、関わりのないやつの話しなんて、どーでもいいもの』


 風とともに、妖精王が帰る。


 ふぅ……と巨人王は溜息をつく。


「まとまりの悪いやつらだ、まったく」


 かくして、レオンのことが、魔王達の知るところとなった。


 これがやがて、新たな波乱を巻き起こすことになる……。

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