37.魔法学園への推薦


 精神と時の城での修行をした……翌日。


 俺たちは魔道具の外へと出てきた。


「ひどい目にあったわ……」


 げんなりした様子で、赤髪の婚約者デニスがつぶやく。


 ここは俺の魔道具ギルド、【金色の翼獅子】のなかだ。


 ギルドマスター……つまり、俺の部屋。


「実りのある1年間でしたねっ!」

「あんたは元気ねえ……はぁ……」


 婚約者1のハクアと、2のデニスは、この1年の修行ですっかり仲良くなっていた。


 魔法空間内では、1年経っていても、こっちでは1日しか経ってない。


「レオン様のおかげでわたしたち、強くなれましたねっ!」


「そーね……まさかここまで強くなれるんて……すごいわ。レオンって」


 と、そのときである。


「おお、戻ったか、レオン」

「デネブ兄さん」


 第三王子デネブが、俺の部屋に入ってきた。

 時の城に入ってる間、俺たちの肉体はこっちに残っていたことになる。


 だが1日も飲まず食わずだと、体に支障を来す。


 そこで入った瞬間、肉体は仮死状態となって、【保存魔法】(無機物の形をとどめておく魔法)がかかる。


 結果、肉体が損傷することはない。


 兄さんには俺たちが無効で言っている間の、肉体の面倒を見てもらっていた。


「おまえの客が来てるぞ?」

「客? 誰……?」


 デネブ兄さんの後ろからやってきたのは……。

  

 めがねをかけて、三角帽子をかぶった、知的な女性だ。


「こんにちは、レオン」

「たしか……ハートフィリアさん、だっけ? 父上の妹さんの」


 年齢不詳、しかし麗しい魔女が、俺の前に立っている。


「こんにちは、叔母上」


「レオン♡ 叔母上は、やめてほしいわ。ハートフィリアさんと、呼んでくださいな」


 叔母上から凄まじい圧を感じる。

 確かおばさんって呼ばれたくないんだっけ……。


「ハートフィリアさんは何しに来たの?」


「あなたに会いに来たのです」


「俺に?」


「ええ、若き才能が、いかほどなのか……この目で見極めに」


 デネブ兄さんがハートフィリアさんを横目に言う。


「レオン。少しおまえの力をみせてやってくれないか? 魔法使いとしての実力を測りたいんだとよ」


 実力を測ると言っても……さて何をすれば良いだろう。


「何かここ最近の成果みたいなものはないのか?」


「成果ねえ……あ、そうだ。昨日までちょっと魔法の特訓をつけてたんだよ」


 嫁2名、そして従者デニスが、後ろで黙って立っている。


「ん? おまえらどうしたの……?」


「あ、いえ……」

「レオン……あんた、その人と普通に話してるけど……誰かだか知らないの……?」


 ハクアとデニスが、緊張の面持ちで、ハートフィリアさんを見ている。


「俺の父上の妹さんだろ?」


「いやまあ……そうだけど……そうなんだけどっ! そうじゃないよ!」


 なんやねん?

 叡智神ミネルヴァ


【…………】


 出番ですよ、叡智神ミネルヴァさん?


【否。どーせまた離そうとしたら割り込まれるんです】


 拗ねた調子で叡智神ミネルヴァが言う。

 ただのシステム音だったのに、随分と人間っぽくなったもんだ。


「なるほど……あなたたちがレオンのお嫁さんね。初めまして」


 ハートフィリアさんがにこりと笑うと、嫁達と従者ゼストが体をこわばらせる。


「は、はじめ、はじめましてっ!」

「…………」


 デニスは緊張で声が回っておらず、ハクアに至ってはしゃべれないでいた。


 うーん……なんだろう、叔母上に何緊張してるんだろうね。


「それではお三方。わたくしに少し、レオンから教わったという魔法を披露してくれませんこと?」


「「「は、はいっ!」」」


 とゆーことで、嫁達が叔母上に魔法を見せることになったのだった。


    ★


 俺たちがやってきたのは、屋敷からそう離れてない場所にある、湖。


 時の城のほうが、別空間にあるので安全っちゃ安全ではある。


 しかしあそこは何度も入ってると、体と中身の年齢に差異が生じてしまう。


 故に連続使用は控えた方が良い。


「ではハートフィリア殿。まずはワタシが」


「獣人の、あなたが魔法を使うというのですか……?」


 叔母上は目をむいている。

 

 ゼストは獣人、魔法能力は人間と比べると格段に落ちる。


 だから疑っているのだろう。


 ゼストは深呼吸をして、両手を前に出す。


「【火球ファイアー・ボール】!」


「なっ!? 無詠唱!?」


 驚くハートフィリアさんをよそに……。


 ゼストの手から、ドッジボール大の火の玉が出現。

 

 それは高速射出されると……。


 どぼぉおおおおおおおおおおん!


 激しい音とともに、衝撃で湖の水が吹き出る。


「素晴らしい……! 素晴らしいです!」


 ハートフィリアさんが手をたたく。


「レオン! 獣人の彼女が! 無詠唱で、魔法を使いました! これは……とんでもないことですよ!」


「だろ? ゼストは頑張ったんだぜ?」


「ええ、彼女の努力もたいしたものです……ですが、一番驚くべきは、彼女に魔法を教えた、レオン、あなたの力ですよ」


 ハートフィリアさんが俺の手をつかむ。


「獣人がここまで高度な魔法を扱えるようになった例は、聞きません。お見事としか言い様がありません……いったい、どんなマジックを使ったのですか?」


「いや、普通に反復練習。なぁ?」


 ゼストはうなずく。


「レオン殿下にコツを教えてもらい、後はひたすら同じことの繰り返しです。ワタシは1年かけて、無詠唱の火球しか習得できない非才の身です」


「それでもです! 無詠唱なんてこの世でできる人間の、なんと少ないことか! それを獣人のあなたができるようになった……素晴らしいことですのよ!」


 ちょーべた褒めされてる。


 うんうん、良かったなぁ。


「次はあたしね」


 デニスが手を前に出す。


「【火炎連弾バーニング・バレット】!」


 デニスの両手から、無数の火の玉が射出される。


 ずどどどどどどどどっ!


 まるでスコールのような勢いで魔法の玉が降り注ぐ。


 じゅうううう……と湖から大量の水蒸気が発生していた。


「し、信じられませんっ!」


 ハートフィリアさんが驚愕に目を見開く。


「じょ、上級魔法を、その若さで発動させるなんて! しかも無詠唱で!」


 攻撃魔法には、威力に応じてランクがある。

 一番下が下級。そこから、中級、上級と難易度があがって、威力も上がっていく。


 上級の上が極大魔法。


 つまり上から二番目の威力の魔法を、デニスが使ったって訳だ。


「上級魔法を習得しているなんて、宮廷魔道士でもそうはいませんよ! あなた、とても才能があります!」


 けれどデニスは悔しそうに歯がみすると、ふるふる……と首を振る。


「光栄です、ハートフィリア様……ですが、あたしじゃ、あの二人にはかないません。特にレオンには……」


 ごくり……とハートフィリアさんが息をのむ。


「こ、これ以上に凄いっていうの……?」


 まあいちおう、凄いことはできるか。


「ハクア。おまえやってみろ」

「はい!」


 ばっ、とハクアが両手を前に出す。


 ずぉ……! と体から大量の魔力が吹き出た。


「なっ!? なんですかこの尋常ならざる魔力量……!?」


 ハクアは白い髪をたなびかせながら、魔法を発動させる。


「【天裂迅雷剣ディバイン・セイバー】!」


 湖の上空に、巨大な魔法陣が出現。


 そこから出現したのは……見上げるほどの巨大な、雷の剣。


「……そ、そんな……極大魔法……!?」


 ハートフィリアさんが驚愕する中で、ハクアの極大魔法が発動。


 ずっがぁあああああああああああああああああああああああああん!


 湖の中心部に落ちた雷の剣は、凄まじい行き衝撃波を発生させる。


 じゅぉっ……! と激しい水蒸気を発生させた後……。


「み、み、湖が……干上がっている……ですって……」


 結構でかめの湖が完全に干上がっていた。


「なんという……こと。極大魔法を、その年で……しかも、無詠唱でなんて……」


 どさっ、とハートフィリアさんが腰を抜かす。


「こ、こんな……まるで無詠唱魔法の、バーゲンセールじゃない……」


 ゼストをはじめとした三人ともが無詠唱使っていたからな。


「レオン殿下のおかげです」「レオンが凄いからね」「さすがレオン様です!」


 ハートフィリアさんは立ち上がると……ふぅ、とため息をつく。


「降参ですよ、レオン。あなたは、大賢者たるわたくしを超えた、凄まじい魔法使いです」


 大賢者って確か……最高峰の魔法の使い手である称号……だっけか?


 一度目に転生したときには、そうだったはず。


 ……って、え!?


「ハートフィリアさんって、最高峰の魔法の使い手だったの!?」


「そうよ! どうして知らないのよっ!」


「いやまあ……いろいろあって」


 魔法以外のことにあんま興味ないからね……。


「やはりレオン、あなたにはふさわしい場所を用意してあげないと……」


 何か叔母上が言っていたけど、まあいいや。


「戻すね。ほい」


 ぱちんっ!


 指を鳴らすと同時に……干上がった湖の水が元通りになった……。


「えええええええええええええええええ!?」


 ハートフィリアさんが、またも驚く。

 

「れ、れ、レオン!? あなたは今何を!? 魔法名すら言わず!?」


「うん。万物創造だよ。指ぱっちんで使った」


「ばっ……!?」


 イメージさえできれば魔法は使える。


 指を鳴らすと魔法が発動する、というイメージを強固にすれば、名前を呼ばずとも使える。


 ……もっとも、結構練習はいるけどな。


「ば、万物創造!? 失われし、神の魔法の一つではありませんかっ!?」


 がしっ、とハートフィリアさんが肩をつかむ。


「神の魔法を無詠唱で、しかも! 魔法名すら使わず言うなんて……! あなたが一番すごいです!」


「「「その通り!」」」


 嫁たちもうなずく。


 え、そうかなぁ。


【是】


 まあ叡智神ミネルヴァがいうなら、そうなのだろう。


【照】


 叡智神ミネルヴァが照れてる!

 叡智の神も照れるときがあるんだ……。


【是。叡智の神だって、照れるときだってあります。愛知の神だもの……ぶふぉぉ……!】


 急に吹き出す叡智神ミネルヴァ。まあたぶん何かのパロディみたいになってたから笑ったのだろう。


「レオン……これだけの力があるのなら、あなたにはふさわしいでしょうね」


「ん? 何の話?」


 ハートフィリアさんは懐から手紙を取り出して、俺に渡す。


 上質そうな手紙には、こう書かれていた。


【推薦状】


「推薦状? どこの?」


 すると、ハートフィリアさんは笑顔でこう答える。


「わたくしが経営する……国立魔法学校への、推薦状です」

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