砂漠の幻想

「ええ?!それじゃあ俺はなーにも美味しく無いじゃん、、ってってて!痛いよ!離せ!」


御託を並べ立てるアスコットの腕をノーランマークは更に強く捻り上げた。


「へし折るぞ」


ノーランマークの声は冷静そのものだった。

これは脅しでは無い。

アスコットはノーランマークをよく分かっていた。

鋭い痛みと共に関節が嫌な音を立てていた。


「ま、待てよ!折られてもそれだけは言えねえ!この業界、クライアントを裏切ったらどうなるか、お前だって分かってるだろう?!ヒントだ、ヒントだけやるからっ!」


ここで手を離してしまったら、コイツは絶対にオレを煙に巻くに決まってる。

ノーランマークもアスコットを良く分かっていた。

仏心を出さずにノーランマークは更にきつく締め込んだ。


「ヒッ…!!

な、名前だ…!酒の名前!…それがヒントだ!」


それだけ言わせるとノーランマークは漸くアスコットを解放した。


「相変わらず酷い男だなお前は!」


そう涙目で肩を摩りながら、そう訴えていたアスコットは突如として叫び声を上げた。


「警備!不審者だ!早く来てくれ!ここに泥棒がいるぞ!」


俄にテント裏が騒めいた。

あちこちから警備の黒服が飛び込んで来たかと思うと、ノーランマークは強か後頭部を何かで殴られた。


「クソっ!…ゔっ、、」


ぐらりと意識が回転する。

意識を保とうとするが、ノーランマークは虚しく両膝をついて崩れ落ちた。


「どうします?このネズミ。オークション中断した方が良いですかねえアスコットさん」


薄れいく意識の中で、ノーランマークはそう言う誰かの声を聞いた。


「いや、あの木箱に放り込んでオークションが終わるまで釘でも打ち付けておけ。後で砂漠にでも捨ててやる。大人しくしてればブラックタイムにも参加させてやったのに、馬鹿なやつ」


気を失う直後、アスコットの声が非常にもそう言っているのをノーランマークは朧げに聞いた。





……うぅ、何だ?この臭いは…!


タールの染み込んだ木箱に入れられたノーランマークは手足を縛られ猿轡を噛まされ狭い木箱の中で目が覚めた。

気を失う直前に聞こえて来た会話が頭を掠め、自分がいったいどうなっているのかノーランマークは容易に理解する事ができた。


ふん!オレも甘いがアイツも相当甘い。こんな木箱に詰め込んだからってオレが大人しくされるがままになっているとでも思ったか!


ブーツの踵の靴底には薄い剃刀の歯がいつも忍ばせてあった。

ノーランマークは身体を捻り、何とかそれを取り出すと手首を縛る紐を少しづつ切り始めた。

直ぐに両手は自由になり、足のロープは解かれた。

猿履は乱暴に吐き捨てられ、ノーランマークは木箱の内側を何かを確かめるようにドンドンと叩いてみた。


「ったく!本当に釘で打ち付けやがって」


今度は両足で思い切り何度か蹴ってみたが木箱はピクリともしたかった。

暫く考えを巡らせていると、オークションが終わったのか、客がテントを後にして行くざわめきが聞こえ始めた。

その数分後、沈黙が続いたかと思うと再びガベル(木槌)が甲高く打ち鳴らされた。


客が引けたのに何故また?…ああ、そうか。

例のブラックタイム……。


いったい何人の人間がブラックタイムに参加してるのか。

ノーランマークは木箱に耳をつけ、ボソボソとしか聞こえて来ないオークショナーの声に耳をそば立てた。


「◯△※☆で、正しくこれは…値段の付けられない貴重なワインです。オークションは入札方式☆☆◯◇です各々値段をこの紙に書いて、ボックスの中へ◯△☆☆…。

ワインは美しい赤ワイン。銘柄は、◇△☆◯の涙。

さあ、どうぞ箱の中へ…」



ナニ?…何の涙だって?クソっ!聞こえねえ…!

アスコットはワインの名前がヒントだって言っていた…何と言ったんだ!


ノーランマークがオークショナーに気を取られていると、突然間近で例の男達の声がした。


「おいお前!アスコットさんがトラックにその木箱を積めってさ!」

「ったく、人使いが荒いぜ、自分で運べってんだ!こっちも忙しいんだよ!」


そう言うと男達は一旦、木箱から離れて行ったようだった。

だが奴らは直ぐに戻って来る。今すぐにここから脱出する事を迫られたノーランマークは久々に焦っていた。

身体をあちこち探ってみたが、ポケットの中には壊されたスマホ。ライターもナイフも車のキーも全て取り上げられていた。


「まずいぞ、本当にオレを砂漠に捨てる気だな。

どうするか…、どうするオレ…」


矢庭にノーランマークは服を脱ぎはじめた。

そして次の瞬間とんでも無い行為に及んだのだ。

脱いだ自分のシャツに小便をぶちまけたのだ!

それを事もあろうにマスクがわりに口元に当てて縛りつけたのだ。


「ちくしょう!臭ぇ!オエっ!!」


一人で散々悪態をつきながら、内ポケットに縫い付けてあった

マッチ棒を取り出してブーツの踵で擦って火をつけ、丸めたネクタイを火種に木箱を燃やし始めたのだ。

こんな事をすれば自分が火葬されるかもしれないと言うのにノーランマークには躊躇はなかった。

幸か不幸かタールが染み込んだ木箱は見る見るうちに燃え上がった。

だがションベンシャツのおかげで濛々と立ち昇る煙の中でも数秒は耐えられそうだった。この際、臭いだ何だと文句は言えない。

何せ命が掛かっているのだ。

焦げて脆くなった箇所をノーランマークは死に物狂いで何度も蹴り上げると漸く脱出できるほどの穴が開いた。

だが空気が一気に侵入し、炎は一気に燃え上がった。


「ゴッホゴホっ!!ガハッ!!」


激しく咳き込みながらノーランマークは外へと転がり出てきた。

全身煤だらけで顔や腕にも火傷を負い、まつ毛や自慢の金髪も焦げついていたが、座り込んでいる暇も余裕も無く、よろめきながらテントの外へと逃げ出した。 

必死で砂漠を走るその背後では「火事だ!」と口々に叫ぶ声が響き渡り、人々が右往左往するのだけが分かった。

すぐさまドカン!と何か爆発する音が聞こえ、テントは一気に炎に包まれた。

それもそうだろう。中には沢山のアルコール類、テントは燃えやすい布で出来ていたのだから。

図らずも大惨事になっていた。

砂漠のど真ん中、ヨロヨロと逃げる男と天を突く火柱と、きっと俯瞰で見るこの光景は、非日常的で幻想的な風景だったに違いない。


「畜生め!!さっさと殺せば良かった!

絶対許さねえぞ!!ノ〜ランマ〜ク〜〜!!!」


砂漠の夜にアスコットの叫び声が木霊した。

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