凶星

あの時、オークショナーはなんと言っていた?


◯◯◯の涙…。

なんの涙なんだ?

しっかり聞いた気もするし、聞かなかった気もする。いや、良く聞こえなかったんだ。


それよりもオレのど畜生め!なんて堪え性がないんだ。我ながら嫌気がさす!

アスコットにキスの一つもくれてやっていたなら、あのワインがどんな代物か分かったはずなのに…!

オレのバカヤロー…!


「…にしても…。

砂漠の朝は眩しいぜ!」


昨夜あのテントから脱出したノーランマークは帰るべきホテルも無く、借り物の車で夜中じゅう走り回った挙句、砂漠のど真ん中で朝を迎えていた。

心残りはオークションまでたどり着いておきながら、その全容がつかめなかった事だ。

それも己の短慮のせいで。

顔はあちこち絆創膏。

焦げた髪は自分で切ってガタガタだった。

運転席にだらけて座りこみ、朝食がわりの煙草を捻りながら、朝からギラギラと照りつける太陽をサングラス越しの目が恨めしそうに見上げていた。


「どうするかなあっ、これで振り出しに戻っちまった!あぁぁ〜もう〜!!」



◆◆◆



「うん?何か聞こえたか?ロンバード」

「いえ?何も」

「…気のせいか。

誰かのいじれた声が聞こえた気がしたが…」


そう言うと、ラムランサンは今にも雲に手が届きそうな窓の外へと視線を投げた。

ここは世界一の高層ビル、ブルジュ・ハリファ。ドバイのランドマーク的なビルである。

そしてここは何と、御歳百歳にもなるジオマンシーが居を構えるペントハウスなのだ。


「ここはまるで鳥の目線だ。こんな所に住める占い師などいるのだな」

「さようでございますね、ジオマンシーの占い師様が、まさかこのような所にお住まいとは。いやはや恐ろしい時代です」

「まったくだ。我々のように隠れてコソコソ生活している者とは大違いだな。

墓の下でお祖父様もさぞや驚いているだろう」


そう言うラムランサンにロンバードは急に老け込んだ様子で深いため息をついた。


「私達にだって立派なお城があったじゃ無いですか」

「フッ、酷く遠い昔の話に感じるのは私だけか?」


ロンバードとは違い随分あっさりとしたラムランサンの返答だった。


ここは寂寞すら感じるほどの白くて広い部屋だった。

まるでモデルハウスかギャラリーのような無機質な空間、大きすぎるほどのソファにちょこんと並んで座るラムランサンとロンバードは、さっきから随分と待たされていた。

ようやく奥から扉の開閉する音が聞こえ、車椅子の老人が、お付きの男に車椅子を押されながらこちらへとやって来た。

まるで空気人形みたいだなとラムランサンは思った。

服に埋まるようなシワシワの小さな顔。白くて貧相な長い顎髭。節だらけの棒切れみたいな細長い指。

皮膚の弛みから覗く双眸は、それでもかつての威厳のようなものをたたえていた。


「お会い出来て光栄に存じます。祖父からご尊台のご公明は予々伺っておりましたが、こうしてお目にかかれるとは…、心から感謝を致します」


一級品の社交辞令を口に携え、跪くラムランサンは老人の手を取り、そこに嵌められている金の指輪に口付けた。

すると占い師の唇が何やら空気の漏れるような声と共に、微かにパクパクと動いた。

お付きが口元に耳を近づけ頷くと、その懐から立派な金縁の封筒を取り出して、それをラムランサンに差し出して来た。


「先程、そちらのロンバード様から事情は伺っておりますが、ドバイ国王を通さずもと、自分がヤバイ国王と引き合わせるつてくらいにはなれるだろうとご主人様は仰せです。

ご尊父との旧交をの証にヤバイ国王への信書を貴方さまに…。これを持参すればヤバイ国王に会えると仰っています。どうそ、お持ちください」


恭しく受け取った封書の裏にはジオマンシーの家紋である赤い蠍の封蝋が刻印されていた。

この一介の老人にしか見えぬ占い師の力はラムランサンが考えているより強大だったのだ。


「心から感謝します」とラムランサンはジオマンシーの占い師に額づいていた。


ラムランサンとロンバードが退室し、玄関を出ようとした時、さっきのお付きの男がラムランサン達を追いかけて来た。


「あの、ご主人様が貴方にこれをお渡しするようにと。ジオマンシーの占いが書かれてあるそうです」


そう言うと男は白い封筒を手渡し、ラムランサン達を見送った。

ジオマンシーの邸宅を出てからラムランサンはその封筒を開いてみた。

中に入っていたのはカードが一枚。そこに記されていたのは

ー『凶星』ー

ロンバードと顔を見合わせた。


「はあ?何が凶星なんだ?…教えるならもっとちゃんと教えてくれ!」


元々ここに来たのも依頼の内容も凶星を引き当てたようなものだった。

だが、この凶星という文字が示すのはもっと他にもある気がするとラムランサンは思うのだった。

それは薄々ラムランサンも分かっている事なかもしれない。分かっていて尚、知らないフリを決め込んでいる何かなのだ。


ドバイ空港に戻るとロビーで待っていたイーサンが見慣れない封筒を手に困惑した顔でラムランサンを出迎えた。

手にした封筒をおずおずとラムランサンに差し出した。


「お帰りなさいラム様!あの、これ…」

「うん?その封筒は何なのだ?」

「知らない人がラム様に見せろって、これを押し付けてきたんです」


ロンバードもラムランサンも心当たりのないその封筒の中を恐る恐る覗いてみた。

中にはUSBが一つだけ入っていた。

ラムランサンはそれを摘み上げると繁々と眺めた。


「何だ?これは…」



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