下らぬ攻防

ノーランマークは数日前からの自問自答を繰り返していた。


まぁいいさ、元々オレは一人で生きてたんだし、あいつに置いていかれたって何の問題もないはずさ。

なのに何だよ!なんか…脇がこう、スカスカするようなこの感覚は!…ああぁもう!訳わかんねえ!


ゴージャスなホテルのロビー、一人で座る険しい顔の男がまるでニワトリのように脇をパタパタとさせたかと思うと、今度は金髪の髪をグシャグシャと掻き回していた。


「何をやってるんだ?アイツは」


陰で見ていたアスコットは不可解なノーランマークの行動についつい見入ってしまっていたが、胸ポケットのスマホの着信に気がついて柱の影に身を隠し、電話の応対に声をひそめた。


「俺だ」


相手はアスコットの雇っている私兵からのものだった。

ノーランマークのいる所には必ずラムランサンがいると踏んだアスコットは、まだラムランサンが例の美人占い師とは思わず、昨夜ノーランマークと邂逅したすぐ後に私兵を使ってその居所を探らせていたのだった。電話はその私兵からの報告だった。


「なに?三日月はドバイに?…ホテルは引き払ったらしいが、随分と素早い行動だな。で、どこに向かったんだ」


ノーランマークをチラチラと気にしていたアスコットだったが、話に気を取られている間にノーランマークの姿はロビーから消えていた。


「まあいいさ、どうせオークション会場で会える、待っているぞノーランマーク。ふふふっ、ははは!」



◆◆◆


某日、深夜二時。

砂漠のど真ん中にサーカステントのような物が建てられていた。

それはさながら月もない暗闇の砂漠に灯るランプのような不思議な光景だった。

そしてそこをぐるりと囲むのは宮殿の兵士達ではなく、黒いスーツを着込んだ男達だ。顔の判別を困難にしたいのか、皆一様に黒いサングラスをしていた。

そんな場所へと何処からともなくやって来る人々は皆そのテントの中へと吸い込まれていく。

そんな場所へと漏れなくノーランマークも向かっていた。

アスコットから手に入れた招待状は実に奇妙なもので、招待状に書かれていた時間は真夜中の二時。会場の場所は緯度と経度で記されており、当日は黒い服と仮面やマスクで顔を覆うようにと書かれてあった。

まあそれはノーランマークにとっては好都合というものだったが、否応なく秘密のオークションと言うだけあって気分が昂まった。

そんな男が運転する車が砂煙を蹴立てながら、広い砂漠を軽快に疾走していた。

暗闇の中、車のヘッドライトに照らされた風景が飛ぶように流れて行く。

スリリングなドライブに興奮気味のノーランマークは奇声を上げてハンドルを握り、アクセルを踏み込んでいた。


「ハハハ!流石トヨタのランドクルーザー200だな!8速オートマチック切り替えの381馬力!」


ノーランマークはスピードを上げるが砂漠でもタイヤはガッチリと砂を噛んで滑りもしない。


「ヒャッホー!借り物の車とは言え快感だね!スカッとする!見よ!5.7リッターV型8気筒の逞しさ!」


砂漠の疾走はこの所の鬱積が吹き飛ぶようだったが、事もあろうに己のクルマの脇を、まるで挑発するようにすり抜けていく車があった。

そんな馬鹿なと横目に見ると、あの赤毛男のケバケバしい紫のハマーがわざと接近しながら己のランドクルーザーを抜き去ったのだ。

その途端、アスコットのあの薄ら笑いまでも脳裏を掠め、ノーランマークはついついヒートアップしてしてハマーを抜き返していた。

だがアスコットにしても、ちょと揶揄ったつもりが猛追されてカチンと来たのだった。

お互いに一歩も譲らぬデッドヒートを繰り広げながら砂漠を爆走し、公道ならば大問題の危険なカーチェイスを繰り広げながら、二人はほぼ同時にテント会場へと滑り込んでいた。

砂塵を被った二人の車体は何色かわからないほど真っ白になっていた。



「おい!なんのつもりだ!イイ加減にしろアスコット!」


車のドアを乱暴に閉めながらノーランマークが降りて来た。


「なーによ!そっちこそそんなにムキになっちゃって!相変わらず大人気ないの!」


アスコットも勢いよくハマーから飛び降りて来た。

この二人は子供の頃から変わらない。くだらない所で歪み合うように出来ていた。


「チケットを譲ったんだ!少しは譲歩したらどう?!この豚野郎!」


確かに今夜のノーランマークは豚の仮面をつけてはいたが、あからさまに罵られてムカっ腹が立った。


「チケットをオレに、くれたのに何でお前が入れるんだよ!来んな!馬鹿ゴリラ!」


そう、この日のアスコットはゴリラの被り物を身につけていたのだ。

二人ともどっこいどっこいのアホ面を見合わせてみると、あまりの下らなさに流石に闘志は萎えていた。

仕方なく二人は並んでテントの灯りに向かって歩き出した。


「さっき何で入れるかって聞いたね、ノーランマーク。

実はこのオークションは俺が胴元なんだよ。いわば主催者なの。本当はチケットなんて要らない身なんだよ」

「は??胴元?!どう言う事だ!王子達の主催じゃないのか!」

「相当ヤバイ物なんだろうねえ、本当の所は王子達に依頼されて取り仕切ってるオークションだけど、何かあったら俺一人に詰め腹を切らせる心算なんだろうね」

「…仕事とは言えそんなのオレはゴメンだな。…カネが良いのか」


羽振りのいいヤバイの、しかも王子達の危ない依頼だ。

そりゃあ報酬が良いに決まっていた。


「ああ!成功したら大富豪だ!だから、昔みたいに組まない?ノーランマーク」


アスコットの引く天糸てぐすの糸が見えるようだった。

この男は隙あらばラムランサンからノーランマークを奪ってやろうと思っているのだ。


「その手には乗らん!例え物凄い儲け話だとしてもオレはお前を回避する!」


表情ひとつ変えないまま放ったノーランマークの言葉にアスコットは悔しさを滲ませた。


「チッ!そんなにあの生っちょろいのがイイの?」

「フン!お前が嫌なだけだ」


実りのない会話をしながらも二人はテントの入り口へと来ていた。

黒服の男達が入り口ではチケット確認とボディチェックをしている。




「ご苦労様。この人のチェックはいらないから」


アスコットはそう言いながら、ゴリラのマスクをチラッと捲って男に見せた。

黒服は頷いてアスコットとノーランマークをすんなりとテントの中へと入れたのだった。


どうやらアスコットが胴元と言うのはホラ話では無さそうだ。


テントの中は赤い天幕が垂れ下がり、前方にはステージのようなものが出来ている。

そこにいる着飾った黒衣の男女は仮面やマスクをつけ、五十人ばかりが集まっていた。


「こんな妙なオークションって一体なんだ。商品はワインだけではないのか」

「そうだねえ、お酒全般と言ったところかな」


涼しく答えるアスコットはまだ何かを隠している。

ノーランマークにはそんな風に見えていた。


ヤバイの国庫を潤すほどの秘密の酒って一体なんだ?

それはオレのポケットに入れられる物なのか?


ノーランマークは例の王女の事も、ラムンサンの事もしばし脳裏から消え、目の前の不思議なオークションの成り行きだけに意識が集中していた。

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