ラムランサンとノーランマーク
「占いの依頼があって少しばかり留守にする。用心棒代わりに使ってやるから共に来い」
ラムランサンの美しい声が、そう偉そうに
潮風に揺れて擦れるオリーブの青い香りに至福の時を過ごしていたノーランマークは長く四肢を寛げていたカウチからむっくりと起き上がり、無造作に金色の髪をかき上げた。
「せっかくお前を縛っていた城が無くなったってのに、もう少しのんびりしたらどうだ?店舗が無いのに営業してるレストランみたいじゃ無いか?」
某国の陰謀にあい、絶海の孤島に建っていたタカランダの居城が破壊され、命からがら脱出してからはや三ヶ月が経っていた。
ボロ雑巾と化した身体もすっかり治ったと言うのに、元来怠ける事の好きなノーランマークは眠そうな顔でズルズルと再びカウチの背もたれへと沈んだ。
そんな怠惰な様子を、恋人になってからも相変わらずの尊大ぶりでラムランサンの呆れ顔が見下ろした。
「いい加減身体も治ったのだから、いつまでもダラダラと過ごすわけにはゆかぬ!働かざる者食うべからずだ!起きろ!ノーランマーク!」
「…嫌だ」
「起きろ!」
「やだね。そんなにせかせか働かなくたって、そのうちオレがドドーンと稼いで養ってやる」
「金の問題では無い!占いと神託は私の使命だ。それにお前が泥棒した金で養われるなんて私はまっぴらごめ…っ、何をする!」
御託を並べるラムランサンを黙れとばかりにノーランマークは己の腕の中へと引っ張り込んだ。
男とは言え華奢で柔らかな抱き心地。ほのかに芳しい香りのする身体。白く滑らかな肌も涼やかな眼差しも、全て自分のものなのだと言う思いが沸々と湧いて来る。
「そうカリカリするな。オレ達まだハネムーン中だろう?ラム」
ノーランマークの逞しい腕の中でそう甘く囁かれると、流石のラムランサンも流されてそうになる。
ノーランマークの無遠慮な唇が、ラムランサンの頬や首筋へ降ってくると、それだけで酔ってしまいそうになる。
「は、ハネムーンなんかじゃ無い…だろう…私たちは…ン、やめろ…ノーランマーク、まだ日は高い…ぁ、、」
ノーランマークの情熱的な唇がラムランサンの言葉を塞ぐと尊大な態度も何処へやら、すぐにラムランサンは攻略されてしまうのだ。
そんな自分を苦々しく思いながら口付けに没頭し、身体が勝手に熱くなる。
「な?まだ仕事なんてするな。オレだけを見ろ。お前の身体の中をオレで一杯にしろ、ラムランサン」
あれよという間にラムランサンはカウチに組み敷かれ、長いサロンの裾から忍び込む手が素肌を弄る刺激に身悶えた。
ラムランサンの欲望は今や理性を凌駕し始め、両足がノーランマークの腰を捉えて引き寄せると勝手に二人の腰が妖しく動き出す。
「ハァ…ノーランマーク……っ、こんなのズルイ…ンンっ、」
「ラム…ラム…もっとお前の声を聞かせろ」
「湿布薬」
二人のピンク色の吐息に混じって聞こえたそれは老人のしわがれた声だった。
すっかり盛り上がった二人がカウチで縺れ合ったまま、上気した顔を上げれば、そこには英国紳士然としたラムランサンの執事が湿布の箱を手に形骸的な笑みを浮かべて立っていた。
「ロンバード!!!な、な、なんでいつもそうやってオレ達を盗み見てるんだよっ!アンタ遠慮ってものが無いのか!」
それはいつもの事だった。ラムランサンにピッタリと張り付く勤勉な執事は、例え房事の最中ですら職務に忠実だった。
ただそれだけなのだ。
「
でも、今日はちゃんとお持ちしましたからね。さ、ラム様。転ばぬ先の杖でございますよ。存分に発奮なさいませ」
そう言うとロンバードはサイドテーブルへと湿布薬の箱を置いて恭しく部屋を下がっていったのだが、これでは甘いムードもへったくれもありゃしなかった。
「どうもオレはアレだけは慣れない!中国の宮中じゃあるまいし、監視されながらのセックスなんてやり難いことこの上無い!」
「まあ、アレがロンバードの仕事なのだ。それなりに私とて中国の皇帝よりもある意味高貴とは思うが?」
不遜な笑みを湛えながらラムランサンは乱れた衣服を整えていた。今の今までスケベな声を上げていたのに、すっかり気分が削がれたラムランサンは元の尊大な恋人に戻ってしまっていた。
こうして昼間から甘美な時間を過ごせると思ったのに、とんだ消化不良の白日夢と帰したのだった。
「で、いったいどんな依頼を受けたんだ?誰の依頼だ。どこの国に行くんだ?」
話は振り出しに戻っていた。
「お前が一緒に来るって言うなら教えるが、来ないなら教えられない。守秘義務というやつだ。どうだ?知りたくは無いか?」
どうも餌をちらつかせる様な言い方がノーランマークには気に入らない。相手はどうすればノーランマークの気を引けるのかちゃんと知っているのだ。
「行かない」
大人気なく意地を張り、ノーランマークはクッションを抱えてごろ寝した。
「…私が心配では無いのか?私を守ると言ったのに?」
「あのスーパー執事が居れば大丈夫だ。オレよりずっと頼りになるしな」
確かにロンバードは一家に一台の強い味方だった。七十歳という年齢に見合わず強靭で武闘に長け、あらゆる武器を扱いあらゆる物を乗りこなす。
そして卒なく主人であるラムランサンの身の回りの世話を完璧にこなす正しくスーパー執事なのだ。
そんな彼と比べると、自分は若いだけが取り柄のようにも見えて来て、ノーランマークは少しばかり卑屈になってしまうのだ。
「分かった!ならここで好きなだけだらけていると良い!ともかく私は行って来るから!」
それがよもやあんな事件に発展しようとは、この時の二人はまだ知るよしもなかったのである。
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