カウンターアタック2(どっちがお好き?)

@ramia294

第1話

 “トントン”


 研究室のドアをノックした人は、おそらく課長だろう。               


 ドアを開け、予想通りの人が、声をかけてきた。


「雪ノ下君。進行具合は、どうかね?」


「課長、いつも気にかけていただきありがとうございます。昨日、実食実験したところ、なかなか好評のようです」


 少し失礼かと思ったが、昨日のデータを見ながら、返事をした、


「そうか。では、すぐに報告会だな」


 課長は、嬉しそうだ。しかし…。


「残念ながら、この程度では、スタート位置に着いたくらいだと思います」


 肩を落とした課長の姿を、視界の隅に捉えることが出来た。


 彼の足元には、かつてのヒット商品が、床の片隅に押しやられていた。課長自身が開発に加わった商品に印刷されたネコが、舌を出して振り返っている。


 僕は、ペットの餌を作る会社の研究部門に勤めている。


 どんなネコでも、大好きで、有名なスティック状のおやつ、ミールを販売している会社と言えば、分かりやすいと思う。


 僕の担当は、おやつではなく、いわゆるカリカリと言われるネコのごはんの方だ。


 バランス良く栄養が含まれて、毎日食べても飽きのこない物を作るのは、意外と難しい。


 課長の開発した物は、今でも評価が高いが、最近は新しく出た他メーカーの商品に押されている。


 そんな時、わが社のミールが、新シリーズを展開した。


 ただでさえ、おやつ部門では、独壇場だったミールが、さらにヒットして、他社の類似商品の売り上げが、衰退していった。


 この商品の開発担当は、僕の妻である。


 僕たちは、社内恋愛で、そのまま結婚した。


 雪ノ下家の家族構成は、僕と妻とベンガルネコが2匹だ。

 ブラウンロゼットのココアとシルバーのプリンというイタズラものだ。

 彼らは、妻の開発したミールが、大好物だ。


 僕たちは、会社から車で1時間程の古民家をリフォームして住んでいる。少々遠くて、不便な所だが、この家には、大きく立派な梁があり、キャットウォークとして最適だったからだ。


 もちろん僕たちは、生き物が大好きだ。こんな仕事を選んだのも元々それが根底にあるからだ。


 僕たちだけでなく、この会社のほどんどの社員は、動物好きだ。



 研究職の者は、犬よりもネコを飼う人が、多いようだ。家に帰る時間が、不規則になるからだろう。


 僕たちのように、二人とも仕事を抱えていると、どうしても留守がちになる。必然的に犬よりも留守番の得意なネコを飼うことになる。


 もっともこの会社は、ペット同伴の出社も許されている。


 たいていの人が、職場にペットを連れて来ている。僕たちも最近はそうだ。


 僕の妻は、研究者としては、尊敬できる。

 何と言っても現在会社の売り上げを引き上げているのは、彼女の研究成果だ。


 研究者としても素晴らしいが、僕の妻は、とてもスタイルが良く、後ろ姿は、モデルさんが白衣を着ているのかと、勘違いするくらいだ。


 顔は、まあ顔は…、いろいろと好みがあるだろうが…、僕は気に入っていると言っておこう。


 それよりも研究だ


 カリカリの新商品開発を任された僕は、しかし、同時に妻もさらに新しいミールの開発を任された事を知った。


 夫婦でも研究者としては、ライバルだ。


 必ずミールの売り上げを超えてみせる。そのためには、ネコが、ミールよりも好むカリカリを作るしかない。


 しかし…。


 妻が、以前展開した商品の中には、驚いた事に、人間の食品として、充分成り立っているものもある。


 テレビの料理番組で、ミールスティック一本、味噌とお湯。それからお好みの具だけで、美味しい味噌汁が、出来ると、紹介されたのだ。


 さっそく試してみた物好きから、噂が広がり、爆発的にヒットした。


「しかし、あれ以上どうする?ネコの夢中になる顔や、人間の料理番組を見ていると、あれ以上の物は、考える事自体が難しい」


 日曜日、久々に二人とも休みだった日、妻に尋ねてみた。


 僕は、手入れが行き届かず、草だらけの家庭菜園で、背伸びした草に隠れているアスパラの収穫に苦戦していた。


 蒸し暑さがようやく去り、秋風が肌に心地良い。


「そうね、まだ全体的な、グレードアップしか、考えていないけど、テーマは見つけないといけないと思っているわ」


 やる気満々な妻の言葉にこちらも研究者魂が、燃え上がった。


 しかし、こちらの問題は、ハッキリしている。

 ミールを待つネコからは、ワクワクドキドキが、伝わってくるが、カリカリには、それがない。


(ごはんだ、ごはんだ)


 喜んでは、いるようだが、ミールのワクワクとは、明らかに違う。


 今回僕は、この差を埋めるつもりだ。


 何故ワクワク感が、無いのだろう?栄養価は、カリカリの方が高い。


 人間のように、合成物の調味料に騙されないので、栄養価が高い方を好んでも良さそうなものだ。


 実際、ミールは、カリカリに比べると、ほとんど水分だと言ってもよいくらいだ。


 妻の試作品のミールをゼリーで固めたものを食べた事がある。


 味付けすれば、とても美味しい。

 使っている材料は、贅沢なものだったし、丁寧に作られている。


 そこで気づいたが、あれはダシだ。人の食事として美味しいのは、当然だ。


 それにさまざまな変化を持たせている。


 僕は、カリカリとミールの食べているところをじっくり観察する事にした。


 幸い我が家のネコたちは、食事中、僕に触られる事に、慣れているくらいで、そばにいたからといて、怒らない。


 観察していると当たり前の事に、気づいた。


 カリカリは、口に入れて、噛み砕くが、ミールは、舐め取る。どうも舌の動きが、ネコのより魅力的な物と判断する基準になっているのではないか。


「しかし、カリカリだからな…」


 舐めると溶ける物は、おそらくカリカリの保存しやすく、手軽に与えられるという使いやすさと、購入も陳列もしやすいという絶対条件から外れる。


 今まで、何度も頭を悩ませてきた問題だ。

 

 少し休憩しようと、お茶を入れた。

 

 お菓子をカリカリ食べながら、渋めのお茶をすする。


 お湯が熱すぎたようだ。


 食べ始めたお菓子が、止まらない。ストレスだろうか?


 美味しいお菓子は、日本人なら誰もが、知っているパッピートーンだ。


 元々、美味しかったのに、パワーアップされたパッピーパウダーが舌の上で、ダンスを踊る。


 とても良く出来たお菓子だ。


 まてよ…。


 僕は、たった今、思いついた事かあって、試作を始めた。


 その頃、妻は、品質の底上げに悩んでいたらしい。前回のヒット商品は、贅沢に作ったので、これ以上どこを変えようかと悩んでいた。


 ミールは、どうしても水分が多くなるので、ごはんの代わりにする事には、無理があった。


 もちろん、栄養価を高く作った物もある。


 しかし、量の問題がある。

 やはりある程度の量が、無いと、満足感が得られない。ごはんに代わる物としては、疑問がある。今まで、あえて挑戦を避けてきた問題だ。


 今回、妻は、挑戦する事にしたようだ。


 ひと月後、何度も試作を重ねて、僕の新商品は、完成した。


 最初は、カリカリ一粒一粒に、マグロやチキンの乾燥粉末をまぶしてみた。


 予想通りペロペロッと舐めると、美味しそうに、食べ始めた。

 

 しかし、粉末を舐め終わると、食器から離れた。


 何かもう少し考えないと、今のままでは駄目らしい。


 偶然だが、同じ頃、妻の試作品も完成した。


 会社の報告会を週明けの月曜に、同時に行う事になったが、とりあえず、家のネコたちに、試食してもらう事にした。


 秋も深まり、冬が季節の扉を開き始めている。

 最近は、値上がりが進み、贅沢品になってしまった秋刀魚の塩焼きが、ようやく食卓にのぼる。

 少し遅れたが、秋の味覚と酒を二人で楽しみながらの実験だ。


 食卓の準備が出来たところで、開発した商品を試してみる。


 カリカリと妻の新開発したミールを別々のお皿に入れ、いつもの場所に置いてみる。


 僕は、カリカリの形状をポテトチップス型にしてみた。もちろんサイズは、ずいぶん小さい。

 こちらの形状の方が、一粒あたりの面積が増えて、粉末のからむ量が多くなる。

 さらに、噛み砕く力がも少なくてすむ。


 かみ砕いた後が、細かくなりやすく、粉末に紛れ込見やすくい。砕かれた物が、軽くて、舐めると舌に乗ってくる。


 口の中に運ばれると、粉末の味と、栄養価の高い本体が混じり、さらに美味しくなる。


 社内の実験では、お皿まで綺麗に舐められて、新開発したカリカリを残す猫は、いなかった。


 妻の開発した新ミールは、スティック一本の形状が、大きくなっていた。


 単純な工夫だが、開発者だからこそ思いつきにくい盲点だ。

 なる程これならと思っていると、ミール本体も水分量をギリギリまで少なくして、成分中のたんぱく質を多くしているらしい。


 二人でどちらを選ぶのかをドキドキしながら見ていると、ブラウンロゼットのココアが二つの皿を行ったり来たりして、匂いを確かめている。


 どちらだろうか?


 どちらの研究が、勝のだろうか?


 妻の新商品は、ごはんに挑戦してきている。


 今回は、直接対決だ。


 二人の緊張感が、最高に達した頃、後ろの方で、ガチャンと音がなった。


 振り返ると、シルバーの毛色のプリンが、食卓の秋刀魚を咥えて、テーブルから飛び降りた。


 素早く、もっとも高い梁に昇ると、ココアと二匹で、仲良く食べ始めた。


 二人で思わず目を合わせる。


「負けた」


 二人同時に、同じ言葉が出た。


         終わり(^-^;)







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