第25話
工房の外へと出た俺は、畑へと足を向けていた。目的は以前街を散策した時に入手した米と小麦を栽培できないかどうか確かめるためだ。
ただ店の店主との会話で米を作るための苗がないか聞いたところ“うちは加工品の販売専門で苗などは扱っていない”という答えが返ってきたため、おそらく加工済みの米と小麦粉では栽培はできないという予想はしている。
「さて、一応だけど確認して……ん? あいつ何やってるんだ?」
俺の目に映った光景、それはドロンの後ろ姿だ。ただの後ろ姿であれば何のことはないのだが、問題なのは明らかに地べたに横たわり寛いでいる姿だったことだ。
(あの野郎、俺が見てないからって堂々と作業をサボるとは……どうやら死にたいらしいな)
もちろん本当に殺すつもりはないのだが、何かしらの形で制裁を加えなければならないとは考えている。だが、今まで通りのやり方では反省しないだろうし体罰以上に効果的な方法をすぐには思いつかない。
(待てよ、それならいっその事……)
肉体的かつ直接的な方法で効果が上がらないのであれば、精神的かつ間接的な方法を取ればいいのではないだろうか? となってくれば、あとは実践あるのみだ。
「……」
「うん? 何か不穏な気配がするニワ……って、ご、ご主人!?」
「……」
突如として現れた俺に戸惑うドロンを感情の籠っていない表情と視線で見下ろしながら、何も言葉にせずドロンを見つめる。
「あ、あのー、こ、これはですニワねぇー、そのー、別にサボってるわけじゃなくてニワですねー」
「……」
「ご、ご主人? さっきっから黙って見てるニワが、どうかしたのかニワ?」
「……」
(な、なんなんだニワ? 一体ご主人に何が起こったんだニワ)
一言も発言せずただただ見ているだけの俺にいつもと違う雰囲気を感じ取ったドロンは、頭の中で考えを巡らせている様子だ。
(こ、これはお互い言葉を発することなくアイコンタクトでコミュニケーションを取りたいというご主人の愛情表現ではないニワか!?)
そんな馬鹿なことを考えているとはひとかけらも思っていない俺は、ドロンがどういう行動に出るのか視線を向けたままだ。
「……」
「……」
「……(ニッ)」
(あ、これ俺の意図が伝わってないやつだ)
しばらくお互い見つめ合ったあと、ドロンの口が三日月形に歪んだのを見てこちらの伝えたいことが伝わっていないと確信する。
こんなことをしている時間があったら自分のやるべきことをやった方がいいと即座に判断した俺は、いつもやっている肉体的かつ直接的な方法に切り替え「サボってんじゃねぇよ、バータレ」と言いながらアイアンクローをお見舞いして、その場をあとにした。
あとに残されたのは、顔面に走る激痛に身悶えながら「い、いつものご主人に戻ったニワ……」という言葉と共にうめき声を上げるドロンだけであった。
当初の目的を果たすため俺は畑へとやってきた。一応念のための確認だが米と小麦粉を畑で栽培できないかというものだ。これができれば料理にかなりの幅が出ると思っての行動だったのだが……。
「やっぱ無理か。苗の話が出てた時点で薄々そうじゃないかと思ってはいたが」
結果的には加工された米や小麦粉から直接畑に植えることはできなかった。まあ、こちらとしてはそうなったら儲けものだと考えていた程度なので、この結果は想定済みだ。
せっかく畑にやって来たので、スキルレベルを上げるためにもたまには自分で畑仕事でもやってみることにした。
ドロンに任せたきりだったため俺が手を付けた時となんら変化はなかったので、これからはたまに調整の意味でいじってみるのも悪くないかもしれない。
しばらく畑仕事に従事していると、初級農作がぐんぐんレベルアップしていく。ふとドロンのいる方に目を向けてみると、遠目から両手をわさわさと動かしているのが見えたので、一応作業はやっているようだ。
「……?」
どうやら俺が見ていたことに気付いたらしく、手を思い切り振ってきたので気だるげに振り返すと「ご主人ー、ご主人ー」とさらに両手を犬の尻尾のように振ってきたので、いいから仕事をしろという意味を込め犬を追い払う仕草で“しっし”と応えてやった。
それなりに作業できたところで一旦畑作業を切り上げ工房へと舞い戻る。確認作業をするだけに一体どれだけの時間を掛けているんだと自問自答したくなる気持ちが湧いてきたが、その気持ちを抑え込み次の作業に移行することにする。
「とりあえず、日本人ならこれを調理できなきゃだろ」
そう言って取り出したのは、街の市場で購入した米だった。
なんだかいろいろと頭の中でこんがらがってきたので改めて今回の目的を説明すると、今現在ポーションを作るための材料である【ブルーキノコ】というアイテムを入手したいのだが、そのアイテムが入手できると予想される【キノコの原木】という設備を購入するために必要な資金50000マニーを稼ぐべく、今から新しい料理に取り掛かるところだ。
自分で言ってて何が主目的なのかよくわからなくなりそうな説明だが、端的に言えば“ポーションを作りたい”この一言に尽きる。
「でも今からやることって料理なんだよな」
ポーションを作りたいのに何故か今から料理を作ろうとしていることに俺自身なにをやっているのだろうという疑問が湧かなくはないが、とりあえずお金を稼ぐための資金繰りとして料理を作るということで無理矢理自分を納得させた。
まずは適当な入れ物に米を投入し、水を入れ手でかき混ぜながら研いでいく。水が白く濁ったら、水を捨て再び水を入れさらに研いでいきそれをある程度水が白くならなくなるまで数回繰り返す。
米が研ぎ終わったら、水に三十分ほど浸しておき米全体に水分を行き渡らせる。なぜこれをやるのかといえば、米に水分を浸透させることで中までふっくらとしたご飯に炊きあがるからだ。
「炊飯ジャーがないから鍋で炊くしかないな」
改めて文明の利器の凄さを感じながら鍋に米と水を入れる。鍋で米を炊く方法は至ってシンプルで、米と水の入った鍋を沸騰するまで強火で加熱し、沸騰したら火を弱火にしそのまま十分ほど加熱し続ける。十分経ったら一度火を強火にし数十秒ほど加熱したのち火を止めそのままさらに十分間蒸らす。
「そして、十分蒸らしたあと蓋を開けさっくりとかき混ぜてあげれば、はい出来上がり」
などとテレビの料理番組のような説明口調で最後の工程が終了し米が炊けた。臭いを嗅いでみると米のいい香りが鼻腔をくすぐり食欲を掻き立てる。
「うーん、うまそうだ。だが、このまま食べるのは味気ないからここで一手間加えよう」
米を食べる方法としてこれ以上の方法はないと日本人であれば誰しもが思う方法とはなにか? ……言わなくても、わかるよね?
「よし、完成だ」
皿に盛られていたのは、三つの三角おにぎりだった。やはり日本人たるもの米を食うのであれば、塩おにぎり一択だろうと俺はそう思っている。米の一粒一粒がきらきらと輝いているその様子は、某グルメレポーターの台詞を借りて言うのなら「お米の宝石箱やー」といったところだろう。
「では、実食!!」
そう高らかに宣言した俺は、自らの手で握ったおにぎりを一つ手に取りそのまま勢いよく齧り付いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます