第26話


「はぐっ、もぐもぐ……」



 味や風味を確かめるべく、まるでプロの料理人が如くゆっくりと噛みしめながら味わう。米一粒一粒を歯で噛んでいくと米から溢れてくる旨味が……あるわけではない。塩加減は申し分なく握り具合も悪くないのだが……。



「もぐもぐ……んぐ、なんか微妙だな」



 そう、微妙なのだ。具体的に言うのであれば“食べられなくはない”という表現が正しい。吐き出したくなるほど不味いわけでもなく、かといって美味いわけでもない。食べようと思えば食べることはできるものの、積極的に食べたいかといえば遠慮したい、そういう感想を抱かせる出来だった。



「何が悪かったんだ?」



 どうしてこんなおにぎりができてしまったのだろうと頭の中で疑問に思いながら、原因究明のため鑑定してみることにする。




【手作りおにぎり】:人の手によって握られたおにぎり。塩加減は悪くないが、どこか物足りないイマイチな味だ。 レア度:コモン 品質:最低  腹具合を20%回復。




 このような情報が表示されたが、これでは何が原因でこのおにぎりができてしまったのか原因が不明なままだ。これは俺の推測だが、元の食材である米の品質が悪いために適切な調理を施したものでも味が悪くなってしまうのではないかと考えた。



 その根拠として腹具合の回復度が以前作ったパンやサンドイッチよりも高いことだ。もし俺の調理の技術が足りていないのであれば、腹具合の回復度も悪くなっているはずだ。



「ってかちょっと待て、小麦は畑で採れてたんだ。市場で買う必要なかったな……」



 パンとサンドイッチを作ったことを思い出した時に同時に気付いてしまった。小麦に関してはもうすでに畑で手に入れていたということに……。自分のあほさ加減に自分で呆れていると、ドロンが工房へとやってくる。



「あー、ご主人何食べてるニワ! ボキにも食べさせて欲しいニワ」


「はぁー、じゃあ味の感想を頼むわ」


「わーい、いただきますニワ! はむっ」



 俺が差し出した皿から両手でおにぎりを取るとドロンはそのままかぷっと齧りついた。しばらく、ドロンの咀嚼する光景を黙って見届ける。



「もぐもぐ……」


「どうだ、美味いか?」


「もぐもぐ……んぐ、微妙ニワ」


「だよなー、知ってたわ」



 自分で味見しているのでドロンの反応は至極当然なのだが、わかっていても自分で作ったものに対してそういう感想を言われるのは少し悲しかったりする。



 残りのおにぎりをドロンに勧めてみたが当然ノーサンキューという返答だったので、残ったおにぎりは俺の腹に入ることとなった。



 次に市場で手に入れた小麦粉を使ってパンを作ってみたのだが、これもやはりというべきかどこか物足りない。畑で収穫した小麦を使ったパンは美味いわけではないが、市場の小麦粉と比べると確実に美味い。



 品質自体は両方とも【最低】と表記されているが、作ったパンには明らかな格差が生じている。これはまるで……。



「まるで、品質にもステータスと同じく段階的な評価があるみたいだ」



 MOAOのステータスはアルファベット表記以外にも“+”と“-”それから何も付いていない“フラット”というものがあり段階的に評価されている。最初はマイナスから始まりその次にフラット、そして最後にプラスとなって次のアルファベットになるといった感じだ。



 現段階では推測の域は出ていないものの、実際目に見えている情報がすべてとは限らないし今の自分の能力では見ることができない情報という可能性もままあるのだ。



 この件ついてはいずれ検証組が詳しい内容を解き明かしてくれることを期待して、そういうものがあるかもしれないということを頭の隅に置くだけとした。



 そして、早急に小麦と米の栽培方法を確立しなければならないという目標を新たにして、おにぎりとパンを量産しまくった。



 結果として、パンはサンドイッチに加工して米についてはおにぎりにしてからショップに売り払った。総額としては5000マニー程度の稼ぎにしかならなかったが、得られた情報としてはそれ以上の価値があったと思うので俺としては満足だ。



 それから調理している最中【初級調理】のレベルが上がり、新たに【工程短縮】というアクティブアーツを獲得した。アーツの詳細は一度経験した作業工程の時間を短くしたり飛ばしたりできるアーツで、いわば“あらかじめ用意したものがこちらに”的な能力だった。



 この能力を使いおにぎりとサンドイッチを300個ずつ量産しそれをショップに売ったのだが、一個当たりの売却額はおにぎりが7マニーでサンドイッチが11マニーということで落ち着いた。



 実質これが他のプレイヤーに売られる時はおにぎりが70マニー、サンドイッチが110マニーとなるので売却額としては妥当なところなのだろう。



 ちなみにショップに売却する際、料理の名前を変更できる仕様になっていたので【何かが足りないイマイチなおにぎり】、【何かが足りないイマイチなサンドイッチ】と名付けておいた。



「あと45000マニーか、道のりは遠いな」



 このまま料理で目標金額を達成するのは困難だと判断した俺は、料理でのお金稼ぎを早々に諦めて次の金策に移ることにした。



 その方法とは……【オークション】だ。



 オークションとは出品した商品を競売形式で入札していき指定された期間内で最も値を付けた人間に入札した金額でその商品を手に入れる権利が与えられる売買方式のことである。



 一度試しに利用してそのままほったらかしにしていたのだが、短期間でマニーを稼ぐのにはちょうどいい機能なので今回利用することにしたのだ。



「ええと、オークション期間は1日限定にして開始金額は300マニーで即決金額は700マニーに設定して出品者情報は非公開に設定……っと」



 間違えないよう口に出しながら設定をいじくり、もう一度内容を見返し間違いがないことを確認して出品のボタンを押す。ちなみに即決金額というのは、この値段を払ってくれればすぐに落札した状態になりますよという機能だ。



 今回出品したのは、品質が中質の品物が作れるようになる以前に試作品として量産した木製と石製の装備品の数々である。品質自体は最低ではないが低い部類とされる【劣化】のものが多く、中には品質が【普通】のものも含まれているが今回研磨をしていないので性能自体は高性能ではない。



 それでも掲示板の情報では決して需要が少ないというわけではなく、むしろ初級から中級プレイヤーの間では主力として購入していく者は多いと書き込みから予想した。



 現実世界でもそうだが自分の身の丈にあった物を選ぶことはままあることでその一つが住居だ。



 例えば一人暮らしを考えている貧乏学生が、セキュリティのしっかりした家賃が数十万もする高級マンションに住むのはどう考えても身の丈には合っていない。セキュリティの部分は劣るものの、経済的に今の自分に相応しいのは家賃数万のボロアパートだと結論付け、高級マンションではなくボロアパートを選択するということは正しい判断ではないだろうか。



 それと同じく自分の今の所持金やクエスト一回当たりの稼ぐ金額、並びに次のクエストを受けるまでに使用する金額などを考えていくと、新しい装備品に回せる金額の限度額は自ずと決まってくるだろう。



 上位のプレイヤーになればなるほど、金銭的な余裕から一応予備の装備として購入しておくというような事も可能だろうが、始めたばかりのプレイヤーではそんなことをする余裕はない。



 だからこそ、現時点での最高品質の装備でない数段劣るものであったとしても、買い求める人間は決して少なくはないのだ。



「お、おお! なんかめっちゃ入札されていくんだが」



 結果として、俺が出品した瞬間ほぼすべての装備品が売れた。中には即決金額を設定していない品物で通常入札による競り合いにより最終的な落札価格が3000マニーを超えたものもあった。



 最終的に俺がオークションで稼いだ合計額は60000マニーまで到達し、目標額だった50000マニーを楽に達成することができたのであった。



「おい、ではさっそく【キノコの原木】を購入していくか」



 俺は守銭奴ではないので、手に入れた金を眺めながらニヤニヤするという妙な趣味はない。だが、すぐに手に入れた大金を再び使うということに何の抵抗もないほど度量の大きな人間でもない。



 大金が一瞬にして溶けていく様子に複雑な思いを抱きながらも、欲しかった【キノコの原木】をショップで購入しさっそく設置することにした。

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