第21話


「さて、今日もいっちょ頑張りますかね」


「じー」



 ログアウトした現実時間がちょうど昼時だったので、会社の食堂で昼食を取って少し休憩したのち再びログインする。 



 気分転換が完了し再びMOAOの世界へと戻ってきた俺だったが、いきなり熱烈な歓迎を受けている。



「おい、ドロン」


「じー」


「何をしている?」


「じー」


「ふんっ」


「あー痛い痛い痛い痛い! ご、ご主人、アイアンはだめニワ、アイアンは!」



 先ほどの会話で何があったかといえば、最早わかりきったことだろうがドロンがまた粗相をしたのだ。



 想像してみて欲しい、いきなりログインしてきて自分の顔のすぐ横に無表情な顔があったらどう思うだろうか?



 大概の人間はいきなりの出来事に飛び上がるほど驚くことだろう。であればなぜ俺がそんなことにならなかったといえば、そういう予感がしたからだ。



 もうすでに俺の中で、ドロンがまともな存在ではないという答えが出ている。奴と付き合い始めてまだそれほど時間が経っているわけではないが、その短い期間で理解できるほどドロンの言動には目に余るものがある。



 そして、さらに俺の神経を逆なでするのはドロンに与えた体罰の呼び方だ。特に意識しているわけではないのだが、どうやら俺が奴に体罰を与える時は統計的にアイアンクローが多いようで、ドロンが俺のアイアンクローを食らっている時にアイアンクローを“アイアン”という名称に省略して言い放つのだ。



 気持ちを新たにログインしてきたところを出鼻から挫かれる形になってしまったが、いつまでもそれを引きずるのは無駄だと気持ちを切り替え、さっそく作業を開始することにした。



 まず状況の確認から入ると、現在俺の所持金は真面目に生産活動に勤しんでいたこともあり、100000マニーという大金にまで膨れ上がっている。



 しかしながら、敢えて鉄系の装備を多く売るのではなく、木系や石系の装備で品質が普通クラスのものを多く売ることを意識してショップに流していた。



 そうすることで他の生産職との差別化を図りながらも、ある一定のレベルにまで到達したプレイヤーであれば、安定した稼ぎを叩き出すことができるようにとの思惑があった。



 前作のMOFOでは、作った作品をそのまま市場に流したことで相場が暴落し、一定のレベルに到達していないと安定して稼げなくなるという事態にまで陥ってしまったことがあった。



 今回はそれを避けるようにするべく、現段階での高品質を提示するのではなく、一つまたは二つほど品質の劣るものを出品することで他の新人プレイヤーも市場に参入できるよう相場を調整していた。



 その結果が100000という売り上げを叩き出してしまったわけだが、実のところこの金額はかなりの利益を上げているということが掲示板などの情報でわかったのだ。



 というのも、俺が作った品質が普通や中質の装備をオークションで出品してしまったことにより、どうやらスケゾー名が知れ渡ることになってしまい、俺の作ったものであれば間違いないだろうという流れができてしまった結果、出品しただけ飛ぶように売れてしまったのだ。



「まさにスケゾーブランドってやつだな」



 自分で言うのはどうかとも思ったが、この売り上げを見たらそんなことを考えてしまうほどに絶好調なのだ。仕方がない。



 さっそく手に入れたこの大金を使い道を考えたいところだが、実のところ使い道はすでに決まっている。



「確かここに……ああ、あったあった」



 メニュー画面からショップの項目を開きマイエリアのタブをタップする。目的は施設の拡張だ。



 以前からショップで確認していたのだが、工房をさらに強化できるらしくずっと強化したいと思っていた。しかし、強化に掛かる費用が70000マニーと序盤ではかなり大金であるため、ずっと手が出せないでいたのだ。



 今までの生産活動でようやく強化の資金も貯まり、ここは迷わず工房を強化する。



「ポチッとな」



“工房を強化しますか?”という選択肢に“はい”と答えたその時、工房全体が光に包まれる。すると以前よりも一回り大きな建物が出現し、工房の強化が完了するメッセージが表示された。



《工房のレベルが上がりました。各施設に掛かるコストや所要時間が短縮されます。さらに新しい設備として、【研ぎ場】が追加されました》



 すぐに確認しに行きたいところだが、工房は逃げないので次に砂地に設置してある【鉄の巨石】の強化と新しい設置物として【炭の巨石】を購入し鉄の巨石の隣に設置する。



 ちなみに鉄の巨石の強化に10000マニー、炭の巨石の設置に20000マニーが必要だった。締めて30000マニーの出費である。



 鉄の巨石の強化は鉄鉱石が採掘可能になるまでの時間の短縮と一度に採れる個数の増加となっている。炭の巨石は【石炭】という鉱物が一定時間経過毎に入手できるようになり、これも鉄の巨石同様ピッケルで採掘が可能だ。



「かー、100000マニーが設備の強化で一瞬で溶けやがった。ったく、どうして金ってやつは稼ぐのは大変なのに使うのはあっという間なんだろうねー」



 世の中の非条理に思わずここがゲームの世界だと忘れ嘆息する。まあ、使ったのはゲーム内でのお金だからまた稼げばいいだけの話なのだが、これが現実だったらこんな金遣いは絶対にしないだろう。



 細かいことはとりあえず隅に置いておくとして、さっそく一新された工房内に入ってみることにしたのだが……。



「……」


「わお、ご主人! ここすごいニワ、広くなってるニワよ」


「なんでお前が俺より先に入ってるんだ?」


「へっへん、こういうことは早い者勝ちニワよ」



 そのあからさまな態度に決して少なくない殺意を抱いたが、今は工房内の確認が先とばかりに強化された部分のチェックに入る。



 メッセージにあった通り【調理場】と【鍛冶場】については調理や製造に必要な素材の数と作製に掛かる時間が少なくなっている。これでさらに短時間で生産ができるようになったことを喜びつつ、新しい設備である研ぎ場なる場所を見ていく。



「お、説明があるな。なになに“この研ぎ場では、鍛冶場で作製した装備やアイテムなどを研磨することで品質と耐久度を向上させることができます。ただし現時点で研磨可能な材質は、一部の木系・石系と鉄系となります。それ以上の材質の加工は、ショップから研ぎ場を強化することで加工が可能となりますので、必要な方は強化することを推奨します”か」



 なにはともあれ、説明を聞いただけではピンと来ないため実際に使ってみることにした。とりあえず、研磨するものは品質が中質の石の剣を使ってみることにした。ちなみに研磨前の状態はこんな感じだ。




【石の剣】レア度:コモン  耐久度:130 / 130  効果:【STR上昇 極小】、【AGI上昇 最低】 品質:中質




「よし、いっちょ試してみっか」



 新しい施設がどのような効果をもたらすのか内心でわくわくしながら、俺は最初の一本目の研磨を開始した。

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