第1話

 あれから、四年が経過した。



 MOFOを引退してからの俺はというと、高校を卒業してそれなりの大学へと進学した。



 勉学もそこそこに適当なサークルに所属して、大学卒業に必要な単位を取得しながらもダラダラとした四年間を過ごした。



 大学在学中にもMOFOと似たゲームが続々と販売されたが、大学の学費を稼ぐためのバイトと初めてできた彼女とのデートに忙しく、MOFO引退後はVRMMOに触れていない。



 余談だが、その彼女とは大学三年の時に他に好きな人ができたからという理由で振られてしまった。……とほほ。



 まがりなりにも日々充実した大学生活を満喫した俺は、かなり優良企業と言われている会社に就職することになった。



 就職活動は難航したものの、なんとか卒業ぎりぎりというところで受けた面接で、合格を勝ち取ることができた。



 そして、卒業論文も完成しあとは卒業するのをただ待つだけだった俺に、就職が決まった企業から呼び出しの電話があった。



「販売促進部・主任……三河志保さん」



 応接室へとやってきた俺の前に現れた女性から渡された名刺を見ると、そのように記載されていた。



 日本人特有の黒髪黒目の美人さんで、入社三年目と比較的経験が浅いが、会社が扱う商品の改善に大きく貢献したことで、二十六という若輩ではあるものの主任の役職を任されていると鼻高々に自慢してきた。



「それで、今飛ぶ鳥を落とす勢いで出世街道を突き進んでいるこの私なんだけどね。私がここまでの地位を築くのに、相当苦労したのよー」


「あのー、三河さんが凄いことはわかりましたから、用件を話してくれますか? 忘れてしまったのであれば、後日またお伺いさせていただきますが」


「う……あ、あんた。なかなかイケる口みたいね」


「誉め言葉として受け取っておきます。それで、用件をお聞かせください」



 これ以上三河さんのどうでもいい自慢話を聞きたくなかったので、拒絶の色を含んだ棘のある言い方で無理矢理にも本題に移させた。



 そんな俺の態度に、彼女は頬を膨らませジト目を向けてきた。不覚にもちょっと可愛いと思ってしまった……くそう。



 彼女の説明曰く、我が社で新たに配信する予定のVRMMOがあり、配信予定日は新入社員が入社する四月上旬頃らしい。



 すでにβテストも完了し、本サービスに向けて細かい部分を修正しているとのことなのだが、配信が開始した後もあらゆる項目をチェックしなければならない。



「そこで、君にその役目を任せたくて、事前に説明するためにあらかじめ来てもらったという訳よ」


「はあ、でもどうして俺なんです?」


「何を言ってるの? あなた以外に適任なんていないでしょ。七五三俊介くん……いや、元【マイン・オブ・ファンタジー・オンライン】グランドマスター、シューゾーくん?」


「っ!? どうしてそれを」


「何を驚いているの? うちの会社は【マイン・オブ・ファンタジー・オンライン】の運営を担当していた会社よ。まさか知らなかった訳じゃないわよね?」


「……知りませんでした」


「あなたねぇ……」



 三河さんから告げられた事実に、本当に驚いてしまった。



 とにかく、どこでもいいから就職したいと意気込んで片っ端から面接を受けていたため、後半から面接を受ける会社の主力製品を確認していなかったのだ。



 そのことを素直に話すと、再びジト目で睨まれながら「よくそれでうちの会社に内定もらえたわね」と呆れられた。まったくもって彼女のおっしゃる通りである。



 これ以上この会話をするのは危険だと判断した俺は、詳しい話を聞きたいと三河さんに問い掛ける。



 すると、その質問を想定していたかのようにとある資料を差し出してきた。



「これは?」


「そこにあなたにやってもらうVRMMOの詳細と、チェックしてもらう項目を大まかにまとめてあるわ」


「そうですか」



 彼女の答えを聞き終えると、さっそく資料の内容に目を通す。



 VRMMOのタイトルは【メイク・オア・アドベント・オンライン】という名で、MOFOと同じく異世界ファンタジーを基盤とした多人数参加型のオンラインRPGのようだ。



 そして、肝心のチェック項目というのを確認すると、特段難易度の高いものはなく精々が何かおかしなところがあれば些細なことでもいいので報告することといった程度のもので、それ以外は純粋にゲームを楽しんでくれと記載されていた。



「あの、質問いいですか」


「なにかしら」


「こんな重要なことを入社前の俺に話してもいいんですか?」


「ああ、そのことなら心配ないわよ。これからこの契約書にサインしてもらうんだけど、この書類に情報の秘匿を順守させる内容も含まれてるから」


「もしそれを破ったら?」


「破ってもいいけど、その時は君が一生掛かっても払えないくらいの損害賠償金を請求されるでしょうね」


「……」



 そこで一旦会話が途切れ沈黙が訪れる。



 いろいろと思うところはあるものの、これから就職する会社の業務内容を入社前に先んじて教えてくれただけと自分を納得させ、最終的に契約書に同意のサインをすることにした。



 あらかじめ言っておくが、決してこの業務で得られる手当てが月額十万円で、手取りでもらえる給料と合わせるとかなりの金額になるからという浅ましい考えからサインしたのではないと付け加えておく。



「金の亡者め」


「違いますって……まあ、お金は大事ですけど」



 顔に出ていたのか、俺の考えを読み取った三河さんが含みのある笑顔で悪態を付いてくる。



 何はともあれ、これで契約が成立したのでその日はそれで解散となった。



 詳しい話は入社後に改めて説明するとだけ伝えると、三河さんは応接室から出ていった。



「……まあ、なるようになるか」



 誰にとも伝えることのない呟きを言いながら、俺も応接室を退室し家路についた。







 時は少し進んで四月上旬、俺は今とある建物内のホールにいた。



 そこは天井まで吹き抜けになったエントランスホールとなっており、とてつもない広さだ。



 具体的に言うと小学校の体育館くらいの広さを有しており、俺以外にも二百人ほどのスーツに身を包んだ若者がいるが、それでもまだスペースに余裕があるほどだ。



 おそらくは自分と同じく今年新卒の新入社員であろう二百人の顔には、期待と不安で顔が強張っている者もいれば、前日眠れなかったのか欠伸を噛み殺す者もいて、その姿は三者三様だ。



 そんなことを考えていると、年季の入ったスーツに身を包んだ四十代くらいの中年男性が俺たちの前に現れた。



 そして、女性社員から手渡されたマイクを使って話し始めた。



「おはよう、新入社員諸君。私がこの会社【ヴァルハラ・エレクトロニック株式会社】の代表取締役である霧島銀次だ。まあつまり、君たちがこれから働いてもらう会社の“シャッチョサン”だ」



 おそらくは場の雰囲気を和ませようと言った言葉なのだろうが、明らかに滑っていた。



 受けなかったことに焦った社長が、それを誤魔化すため咳払い一つすると真面目な話にシフトした。



 話の内容はよくあるものだったのでここでは割愛させてもらうが、演説かよというくらいにただただ長かった。



 それから、簡単な会社の経営方針や業務内容の説明があった後、新入社員それぞれが割り当てられた部署へと移動することになった。



「失礼します」



 俺がこれからお世話になる部署は、販売促進部という部署でその名の通り会社で取り扱っている商品の販売やそれに準ずる関連商品の販売を促進していくことが主な業務らしい。



 俺と同じ新入社員や先輩社員との顔合わせもそこそこに、それぞれのデスクへと向かって行った。



「七五三くん、久しぶり」


「……さっき顔合わせで挨拶したじゃないですか」


「別に何度も挨拶してはいけないなんて法律ないんだからいいでしょ」


「三河さん? そんな小学生が言うようなことを、いい大人が言わんでください」


「と・に・か・く、今からあなたがこの会社で勤務している間のほとんどを過ごすことになる場所に案内するから付いてきて」



 まるで学生時代のコントのようなやり取りをした後、彼女と共にとある部屋の一室へと案内される。



 その部屋には、まるで研究施設の様な使用用途の分からない機材が設置されていて、部屋の中心にはカプセル型の装置が置かれている。



 部屋自体の広さはそれほど広くはなく、精々が六畳程度の空間でしかない。



 部屋にやってくる途中にも同じような構造の場所があることから、俺と同じ立場の人間が使用するものなのだろうと当りを付ける。



「それじゃあ、さっそくだけどこれを付けてあのカプセルに寝てちょうだい」


「これは……“ヴァイコン”じゃないですか」



 三河さんが手渡してきたのは、仮想空間に行くための機材である【ヴァーチャル・インサート・コンソール】略して“ヴァイコン”と呼ばれるものだった。



 仮想空間に意識を挿入させるための媒体であり、ことVRMMOにおいてゲーム機の本体ともいうべきものだ。



 このヴァイコンの導入によって、人類が新たなる次元に到達できたといっても過言ではない。



 現代の科学技術の粋を集めた集大成であり、間違いなく蒸気機関やインターネットに並ぶ人類史における大発明になるだろうと、大学にいた教授が宣っていたのを思い出した。



「あの、俺まだ詳しい話を聞いてないんですけど」


「前に伝えた通りよ。とにかく普通にゲームをプレイして、おかしなことや気になった事があれば報告する。それで問題ないわ」


「はあ」



 とりあえず、このままいても埒が明かないと思い始めたため、三河さんからヴァイコンを受け取るとカプセルへと入った。



 ヴァイコンの使い方は単純で、サンバイザー型の本体を頭部に装着し側頭部分に取り付けられている電源ボタンを押すだけである。



 昔使った記憶を呼び起こしながらなんとか起動することに成功し、カプセル内で仰向けに寝転がると次第に意識が薄れていく感覚がやってくる。



 こうして、実に四年ぶりに仮想空間へと俺は潜入することになった。

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