引退した元生産職のトッププレイヤーが、また生産を始めるようです

こばやん2号

プロローグ

「待って、待ってよ!!」



 必死の形相で俺を引き留めようとする少女がいた。



 マイン・オブ・ファンタジー・オンライン――



 配信開始から僅か二年で瞬く間に人気を博し、総プレイ人数が五十万人を超えたことで話題沸騰となっている超人気VRMMOタイトルである。



 プレイヤーの間ではMOFOという略称で呼ばれ、小さな子供から老人まで幅広い年代層に親しまれている。



 仮想空間と呼ばれる疑似的な空間の中で、現実世界と何ら遜色なく五感の全てを使って疑似的な体験ができる技術をゲームに利用した結果、生み出されたのがMOFOだ。



 プレイヤーはファンタジーな世界で自作のアイテムや装備品などを販売したり、特定のフィールドに徘徊するモンスターと戦ったりといった一昔前のRPGの世界で自分のプレイスタイルに合った方法でゲームを楽しむことができる。



 何故MOFOがここまでの人気を獲得できたのかと問われれば、ほぼすべてのプレイヤーがこう答える。



“現実の時間を気にせずプレイできる”と――。



 仮想空間技術によって時間の概念すらもコントロールできるようになり、ゲーム内の一日が現実世界での一時間という時間の差にまで縮められている。まさに逆浦島太郎状態なのだ。



 この技術が導入された直後は、極端な時差によって肉体に与える影響や精神的な老化問題が指摘されていたが、今では何の問題もなく世間に浸透している。



 とまあ、ここまでMOFOの概要を一通り説明したから、次になぜ俺が少女に引き留められているのかという説明に移ろう。



 その前に俺の自己紹介からだな。

 俺の名前は七五三俊介 (なごみしゅんすけ)。今年で高校を卒業する予定の学生だ。



 よく名前をからかわれたりするが、それ以外はごく平凡な人生を送ってきたどこにでもいる十八歳だと自負している。



 お節介を焼いてくれる美少女な幼馴染もいなければ、美人で巨乳な姉や妹もいない女っ気ゼロの生活を日々送っている。



 ……コホン、とにかくだ。どこにでもいる平凡な高校生……それが俺、七五三俊介という男だ。



 そんな俺がどうやってこのMOFOに出会ったのかというと、これまたありきたりな理由で友人の勧めだったりする。



 高校生らしく人並み程度にゲームに興味のあった俺は、さっそく必要な機材を購入してMOFOの世界へと潜り込んだ。



 事の発端は最初のチュートリアルが終わってしばらくした時、とある一軒の店に足を運んだところから始まった。



 店を訪れた目的は装備の新調だったんだが、そこでちょっとしたトラブルがあった。



 売り子をしていた少女と、店の商品を巡って言い争いになってしまったんだ。ただその理由が商品の値段どうのこうのというものではなく、見た目がダサいというくだらないものだったのだがその商品を作ったのが他でもない売り子の少女だったのだ。



 後になって知ったことだったのだが、その売り子をしていた少女というのがMOFOで最も勢力を伸ばしている生産系ギルド最大手の【クリエイトワーカーズ】というギルドのギルドマスターだったんだ。



 それから、彼女に目を付けられてしまった俺は、クリエイトワーカーズ傘下の店を利用できなくなってしまった。



 MOFOのプレイヤーが出店している店舗の約七割を牛耳っているのがクリエイトワーカーズであり、俺はそのギルドの最高責任者である彼女を敵に回してしまった。



 当然、ギルド傘下の店での買い物はおろかそれ以外のギルドに属している店からも、件のギルドとの摩擦を恐れて半ば出禁のような扱いを受け、事実上プレイヤーが出店する店全てから出禁を食らうような事態にまで陥った。



 だが、俺が彼女に抗議することはなかった。なぜなら、プレイヤーとして駆け出しの俺が抗議したとしても、数の力と権力によって潰されるのが目に見えていたからだ。



“ならば、このまま泣き寝入りしてしまうのか?”というほど、俺は聞き分けのいい男ではない。



「そうだ、店で買えないなら自分で作ってしまえばいい」



 そう結論付けた俺は、すぐさま生産職を取得した。それ以降プレイヤーの店は利用せず、自分の力と公共のマーケットであるオークションを利用することで、素材をかき集め自分の装備を作り上げていった。



 そして、気が付けば俺の作製した装備は飛ぶように売れ、クリエイトワーカーズの一流どころのプレイヤーが作ったものより高性能なものが出回るようになった。



 この頃になると、他のプレイヤーとの接触がほとんどなく一日中ソロで活動していたため、件の少女が俺にコンタクトを取りたがっていることなど分かるはずもない。



 それからあれよあれよという間に生産職プレイヤーの頂点に君臨した俺は、MOFO最高峰の地位であるグランドマスターの称号を手に入れてしまった。



 グランドマスターとは、MOFOに存在する称号の一つであり一定の功績を残したプレイヤーに与えられる勲章のようなものだ。



 この称号で特徴的な部分があるとすれば、一番最初に一定の功績を成しえた者だけに与えられるというところだろう。それ以降同じ条件を満たしたプレイヤーが仮に出てきたとしても、グランドマスターの称号が与えられることはない。



 だからこそ、全てのプレイヤーの最終的な目標はこのグランドマスターの地位を手に入れることといっても過言ではないのだ。



 さて、肝心の俺が得たグランドマスターの称号は【神匠】というもので、その称号の獲得条件は“全ての装備品を作製する”という単純なものだ。



 しかしながら、武器・防具・アクセサリーという三種類の装備品を合わせると、その総数は軽く数万種類は下らない。それらを全て作製するということは、付随する素材を使い全ての組み合わせを網羅するということを意味している。



 非凡な才能を持ち合わせていない俺が、どうしてそのようなことができたのかといえば、類稀なる記憶力の良さにあった。



 俺自身ちょっと記憶力がいいという認識なのだが、どうやら周りの人間はそれも一つの才能だとよくツッコまれる……ホントに記憶力がいいだけなのに。



 その記憶力を使いMOFOに存在する全ての装備品作製の組み合わせを行うことで、俺は神匠の称号を得るに至った。



 当然ゲームの一日の時間が現実世界の二十四分の一という時間の概念も、俺がグランドマスターの称号を得るのに一役買っていたのは明白だ。



 生産プレイヤーとして行き着くところまで行き着いた俺は、この結果に満足したのでこのまま引退することを決意する。 



 そして、最後に俺を出禁にした少女に挨拶をするべく彼女のもとへと足を運んだ。



 俺が引退することを彼女に告げた瞬間、必死になって引き留めるために発した第一声が冒頭の彼女のセリフである。



「あなたを出禁にしたことは謝る。だから引退なんて馬鹿なことはやめてちょうだい!」


「俺は別にきみを怨んじゃいない。それにもうやることもなくなったしな」


「まだあるじゃない!!」


「例えば?」


「そ、それは……」



 俺が問いかけると、途端に彼女は押し黙った。生産プレイヤーとして頂点に立ったのなら、そのノウハウを他のプレイヤーに教えたり今後新しい生産系イベントに参加すればいい。



 だが、一度出禁にまでした男をグランドマスターになったからといって、手のひらを返したように態度を変え教えを乞うなどできない。



 それは相手にとってあまりにも失礼極まりない行為であると、当事者である彼女自身が理解していたからだ。



「とにかく、最後にきみに挨拶できてよかった。それじゃ、俺が引退しても頑張ってくれ」


「ちょ、まっ――」



 彼女の言葉を待たずして、俺はメニュー画面からログアウトのボタンを選択しYESの項目をタップする。



 瞬く間に俺の体が光の粒子に包まれ、その場から消失する。



 あとに残ったのは、俺のログアウトを阻止するために伸ばされた彼女の手だけだった。



「そんな……こんなのってないわよ」



 彼女の絶望とも悔恨とも取れる呟きが響き渡る。



 それから、MOFOの人気はうなぎ登りに上がり続けたが、ライバル会社が発表した新たな作品が出てきたことにより徐々にユーザーを奪われていき、惜しまれながらも三年後にサービスを終了することとなった。



 七五三俊介がMOFOを引退した後、グランドマスター【神匠】の称号を手に入れたプレイヤーは誰一人として現れず、後にも先にもMOFO最高峰の地位を手に入れたのは彼だけだった。



 彼はのちに伝説のプレイヤーと称えられ、ネットでの語り草として掲示板を大いに賑わせることになるのであった。

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