第二十五話〜第二十七話
第二十五話
「私は先祖代々、この地で祠守をする農家でした。諏訪湖周辺は、洪水、川の氾濫が多く、氏神様を祀る祠や
「僕の実家は茨城県
「両親が……茨城県高萩市……。」
「はい。高校卒業まで高萩市でした。」
「もしかして、
「はい、その通りです。松浦さんご存知なんですか?」
「南沢さん、これはお札が引き寄せたのかも知れませんね。花貫川近くの祠守は私の姉です。嫁ぎ先で祠守をしています。嫁いで苗字が変わっています。下川が今の姉の苗字です。……それで、その祠が、あなたがぼた餅を食べてしまった祠だったとは……。」
「下川さん……。名前を伺っていませんでした。……僕は小学校の頃、下川……さん、のお供物を食べてしまいました。そしてお札は煙となって僕の身体に吸い込まれた。……お札の呪いはそれ以来から始まっていると下川さんに言われました。原因不明で何人も人が亡くなってしまいました。野良猫達も。」
「かなり強い呪いの様です。守師のぼた餅を5個目を召し上がってもまだお札が戻らないとは……。あ、そうそう。水門守の片山さんには会いましたか?」
「いえ、まだ会っていませんが、管理事務所で話を聞けました。明日、朝8時頃に来るそうなので、時間前に待っているつもりです。」
「今晩の宿は決まっているのかい?」
「いいえ。今晩は水門近くの緑地で野宿します。」
「おやおやそれは大変。今日一晩、泊まっていきなさい。布団が無いので畳にゴロ寝だけど。晩ご飯とお風呂だけは協力出来ますよ。姉と繋がりの有る人がここに来たのは何かの
松浦さんは、お供えを包んでいたスーパーのチラシを
夕方伺う事を告げて松浦さんと別れた小次郎。諏訪湖に向かって自転車を走らせた。
先ずはコンビニ。今晩は松浦さんにご馳走になる。だから明日朝の買い物を済ませた。
コンビニの建物に寄りかかりながら、松浦さんのお宅を調べた。
文学の道公園からすぐ近くだった。
(時間は有る。でも行く当てが無いのは困ったなぁ。こうしている時間が
夕方陽が暮れる頃、松浦さんのメモを頼りにご自宅へ伺った。
松浦さんは、すっかり晩の食事の支度を済ませた所だった。
「さぁ、上がりなさい。布団が無いので、ここを片付けて横になってください。さ、それではご飯にしましょうか。」
煮魚と、ほうとうが短く切って入れてある煮物。炊き立てのご飯にお新香。至れり尽くせりの晩ご飯だった。
その
第二十六話
松浦さんの晩ご飯の最中、またしても、小次郎の脳裏にふと映像が浮かんだ。
今までとは違う。そう、松浦さんの姉、下川さんが映った。あの祠の横に座っている。その前を高校生が自転車で通り過ぎている。下川さんが待ってくれていると感じた瞬間、映像が消えてしまった。
「松浦さん、お姉さんの下川さん。祠で待ってくれています。僕は必ずお札を身体から出して、下川さんにお返しします。」
「どうしたね、急に。」
「今、お姉さんが見えたんです。祠で待ってくれている。毎日長い時間いるのかも知れません。高校生の自転車も見えました。時間は朝か夕方かと。」
小次郎は涙しながら、
「下川さんは待っていらっしゃる。僕は少しでも早く、お札を身体から戻して、下川さんにお返ししなければいけない。早く下川さんを安心させなければいけないです。」
「姉が見えたのかい?不思議な事もあるもんだ。姉のぼた餅を食べたあなたがここに居るとはそれも不思議。本当にご飯を食べていて姉が見えたのなら、今一度ぼた餅を作ろうかね。小一時間待ってくださいね。晩ご飯を済ませた後だし、餡子のぼた餅ではなく、きな粉のぼた餅をこしらえましょう。その間に、奥のお風呂を使ってくださいな。」
「ありがとうございます。遠慮なく頂きます。」
小次郎はお風呂に入った。松浦さんはぼた餅の餅米を蒸し始めている。
小一時間もした頃、小次郎が風呂から上がって戻ってきた。
そこへ松浦さんがお皿に載ったぼた餅を持って入ってきた。
「お風呂、頂きました。ありがとうございました。」
「服を着たらこのぼた餅を1つ召し上がれ。でも、祠にお供えする為にこしらえたのではないので、食べてみても何もおこらないだろうけどね。残りは明日持って出かけられる様に包んでおきますよ。」
「何から何までありがとうございます。では、頂きます。きな粉のぼた餅は初めて食べます。」
「守師がお供えするのは餡子のぼた餅と決められてはいないんですよ。中には、餡子ときな粉を一つづつとか、季節によって変えたりする守師も居ると聞きました。」
きな粉のぼた餅を平らげた小次郎の脳裏に映像が映った!
小学校の自分と並んで歩く、仲の良かった下山君の姿。それを真横から見ている様な映像だったが、場所は分からない。一瞬で周りが白くなり元に戻った。
「松浦さん、少しまた映像が見えましたが、あっという間に消えちゃいました。小学校の自分でした。」
「祠のお札は南沢さんに何を訴えているのでしょう。姉なら分かるのかも知れませんが……。」
「松浦さんは祠守について何か知ってる事は有りませんか?何でも良いです。小さな事でも今は必要なので。」
「ここ諏訪湖の周りは、小さな
そう言うと、松浦さんは奥に入っていった。
(守師で力のある方。期待出来るだろうか……。とにかく、お姉さんの下川さんにお札を返すまで続けなきゃいけないんだ。)
奥から松浦さんが戻ってきた。
「特にお供え前のぼた餅以外にも、あなたの為に作られたぼた餅でも何らかの効果は有りそうでしたね。なので、この住所に伺う前に、電話をして事情を話してからお会いする事をお勧めします。お供えする日の事情によって、ぼた餅をこしらえてもらうのです。効果はどの程度か未知数ですが、期待に応えてくれるかも知れません。私と姉は面識がある方達。きっと力になってくれると思います。急がず、道路は気を付けて走ってくださいね。」
「あの、コンセントをお借りして良いですか?充電したいのですが。」
「構いませんよ、お使いください。」
松浦さんから受け取った住所のメモには、ちゃんと電話番号と名前も書かれていた。
第二十七話
スマホのアラームが鳴る。
その音で目が覚めた小次郎は、早速身支度を始めた。
奥から松浦さんがやって来た。
「お出掛けですか?」
「はい、少し早めに行って片山さんを待ってます。その後、メモの場所へ向かいますので。」
「夕べのきな粉のぼた餅です。水門に着いたら朝食代わりに召し上がってください。ではどうか気を付けて。姉には元気だとお伝えください。」
「松浦さん、色々お世話になりました。では出発します。」
松浦さんのお宅を出ると、自転車にまたがり水門に向かった。
午前6時過ぎ。松浦さん宅を出る。
そのまま諏訪湖沿いに向かい、湖岸を釜口水門に向かい左折。
この時間でも、観光バスとすれ違う。
小一時間走ると、水門に着いた。
自転車を降り、押して北側へ渡る小次郎。
お供えの場所から少し離れた所で、休憩。お供えが見える場所で、松浦さんから頂いたぼた餅で朝食にした。
(きな粉のぼた餅も美味しいな。)
缶コーヒーを飲みながら、きな粉のぼた餅を2個平らげた。
……が、今朝は何も見えなかった。
午前7時30分。
水門向かいの管理事務所に車が入って来た。職員の方が出勤したのだろう。
3門有る内の1つの水門から水が流れている。心地良い水の音が辺りに響き渡る。
釣り道具を持った人が自転車で通り過ぎて行った。
水際まで歩いて行き、歯磨きと顔を洗って戻ってきた。
(まもなく8時。もうそろそろかな?)
すぐ側の駐車場に、1台の軽自動車が停まった。
(片山さんかな?)
小次郎は、お供えの近くに自転車を停めて待っていると、お供え物を手にした人が近付いて来る。
「あの。片山さん……でしょうか?」
「はい。片山ですが、何か?」
「僕、南沢と言います。守師の方々を訪ねて旅してます。1つお願いが有ります。」
片山さんは、古い方のお供え物を新聞紙で包んでいる。
「お供え前のぼた餅を1つ、分けて頂きたいんです。」
「その為に守師を訪ねている様ですね。良いですよ。お待ちください。」
片山さんは持参した新しいお供え物を広げた。
「さ、お1つどうぞ。私の事はどなたから聞いたのでしょう?」
ぼた餅を手に取ると答えた。
「はい。中山隧道の守師の小林さんから伺いました。」
「あぁ。あの神社の方。それでここまで。ご苦労様ですね。さ、お食べください。」
残りをお供えしている片山さんの背中を見ながら、ぼた餅を頬張った。1つ食べ切った時、また見えた。
お経が微かに聞こえて来た。そのお経が少しはっきり聞こえてくると、この場所が墓地なのが分かった。
お墓⁉︎よく見ると南沢家とある。
そのあと直ぐにお経が終わった。
母が泣いている。父は母の肩を抱いて2人は立ち上がった。
そこで映像が白くなり、元の視界に戻った。
(うちのお墓だった。……やっぱり僕は……。)
「南沢さん、どうかされましたか?」
「あ、いえ大丈夫です。実は、こうして守師の方から頂いたぼた餅を食べると、頭に映像が浮かぶんです。それでちょっと考え事を。……ぼた餅、ありがとうございました。」
「私が守師に
「はい、その通りです。片山さんのぼた餅でもう6個目になります。」
「ろ、6個も……。それは難儀な事ですね。祠のお札でしょう。その呪いの大半は、守師のぼた餅を1つ食べれば済むという事ですが、あなたは元に戻らなかった。」
肩を落とし、しゃがみ込んでいる小次郎に続けて話す片山さん。
「私は水門守と祠守を兼ねています。水門守は父方、祠守は母方がしておりました。」
「手長神社には行ってきました。2ヶ所にお供えしに行かなければならないんですね。」
「もう両親が居ないので、私が両方に奉公しています。お札が手元に戻らないとなると、また別の守師のもとへ行くのですね?」
「ええ、そうします。祠守の松浦さんから、力のある守師を紹介して頂いたので、そちらに向かいます。」
「松浦さんからお聞きでしたか。それは甲府の方々ですね。」
「片山さんもご存知でしたか。」
「ええ、もちろん。もうかなりの年月、守師を続けていらっしゃる方々。良い結果が得られれば良いですね。……私はこれで手長神社に向かいます。失礼します。」
駐車場から軽自動車が出て行くのを見送って、小次郎はメモの住所を確認した。
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