第十話〜第十二話

第十話


 登り下りを幾度か繰り返して、小次郎はようやく金華山灯台に辿り着いた。


 自転車を停めて辺りを見回すが、何の変哲もない場所だった。


 灯台の周囲を探したが、お供え物は無く、その痕跡も無い。


 (ここは灯台守など居ない場所だったか……。)


 引き返そうと自転車に手を掛けると、1人の女性が歩いて来る。手には花束を抱えている。


 (観光にしては花束を抱えてる。灯台守?)


 その女性は、海に向かって数本ずつ花を投げていた。


 小次郎はつい、その女性の行動を見ていた。


 全て花を投げ終わると、手を合わせている。


 「あ、あの。失礼ですが、あなたは灯台守ではないですか?」


 唐突だが、無意識に口にしてしまった小次郎。だが思わぬ返事が返って来た。


 「今はもう灯台守はいません。私の父はここの灯台守でしたが……。よく灯台守をご存知ですね。」


 「は、急に申し訳ありません。僕、南沢と言います。守師の方々を訪ねて回ってます。」


 「高森と言います。私は時々花を手向けに来るだけ。あなたは守師の事までご存知なのね。」


 「はい。それで、僕は祠守をしている方を探しています。」


 「南沢さん?もう日が暮れて来ますから、歩きながら話しましょう。」


 小次郎は高森と名乗った女性に付いて、自転車を押しながら来た道を歩いている。


 「祠守をお探しですか……。南沢さんに何か有ったのかしら?私は守師らしい事は何もしていませんが、父から少しは聞いていました。日本にはまだ守師が存在するなんて……。この近辺では祠守の話は聞いた事は無いですが、灯台守も数少ないのではないかしら。祠守と言えば、氏神様を祀ってお供物を奉納する方々とか。」


 「田畑の祠はなかなか見付からず、それで他の守師の方から何か聞ければと思い、金華山灯台まで来たんです。古い建造物だったし、灯台長が殉死されているらしかったので、お供えをする灯台守がいらっしゃればと……。」


 「それは私の祖父に当たる人でしたが、当時の話は何も知らないです。申し訳ないですがお役に立てません。」


 「あ、いえ。とんでもない。お話出来て良かったです。先を急ぐので僕はこれで失礼します。」

小次郎はそう言って自転車にまたがると、先に走り去った。


 (ここも先代までは守師として奉公していたのか。……でも祠守の話は聞けなかった。……氏神様を祀っているのが祠で、そこにお供物を奉納している人が祠守なんだ。その中でもぼた餅をお供えする守師……。果たして会えるのだろうか?……岩手県か山形県。……岩手の平泉に行ってみよう。世界遺産に登録された土地。古くからのしきたりとか有りそう。祠も探しながら向かう事にするかー。)




第十一話


 小次郎は一路平泉に向かった。

 当ては無いのだが、世界遺産登録地ってだけで判断した。もちろん、走行中にも祠を探す事は忘れていない。

 

 距離も有るので、あまり飛ばさず、周囲の祠を探しながら走った。

 田畑の多い所では、祠は有るが、お地蔵様の祠ばかりだった。


 夜明かし出来る場所を探し始めた頃には、民家の家々の灯りも消え始めていた。


 翌朝……。


 自転車を倒してリュックを枕に夜を明かした小次郎。

 歯磨きをして顔を洗う。


 夕べは気がつかなかったが、神社の側だった。


 太く大きなかしの木らしきには立派な飾りが施してある。この神社の御柱おんばしらだと、横の案内板に書いてあった。


 人の手に触れづらい所に、お供物が有った。


 (御柱守⁉︎しかもぼた餅だ。これは何かヒントが聞けるかも知れない!)


 小次郎は迷わず神社の社務所に足を向けた。


 社務所の巫女みこに、神主かんぬしに御目通りを願うと、椅子を勧めてくれた。外に出ているが、直ぐ戻るだろうからと言っていた。


 巫女の言う通り、ここの神主はまもなくして現れた。


 「御目通りをと言う事ですが、何か御用がお有りですか?」

そう言いながら、薄っすら汚れた軍手を、裏返しに外して巫女に渡す。


 「ぼ、僕、茨城から来ました。南沢小次郎と言います。訳有って旅を始めました。……外に有る御神木ごしんぼく。この神社の御柱だと書いてあり、神主さんに御目通りをお願いしました。」


 「南沢さんは御柱に興味がお有りでしたか?」


 「そうでは無いんです。あ、あの……神主さんは、御柱守をされているのではと思って……。それに、ぼた餅がお供えされていたので……。」


 「⁉︎……」

明らかに驚きの表情を浮かべた神主。


「守師……なのですね?」


「如何にも、私は御柱守です。もう300年以上続く守師の家系。私は藤原と言います。南沢さんは何故守師をご存知なのですか?」


その神主は藤原と名乗った。かつての平泉の藤原家と繋がりが有るのかは定かでは無い。


「旅の理由が、守師である祠守を探す事、しかもぼた餅の祠守です。」


「ぼた餅の……。南沢さんに何か有ったのですか?良かったら聞かせて頂けるかな?私でも少しはお役に立つかも知れない。」


小次郎は旅を始めるまでの経緯いきさつを神主に話した。


「……だから、ぼた餅をお供えする祠守を探しています。」


「なるほど……。そんな不幸に見舞われるとは。……その時の南沢さんの行為を今は悔いていますか?しっかり反省出来ていますか?」


「もちろんです。そうでなければ旅などしません。出来るなら、おふだを元の祠にお返ししたいんです。その祠は今はお札が有りません。」


 「それであれば私もお話ししなければいけないですね。……初めて日本に守師が現れたのは、300年程昔、宝永噴火と言う富士山の大噴火が起こってからだと伝わっています。」


 話が長くなりそうなのを悟り、椅子を持ってきた巫女。それに腰掛けながら神主は話を続けた。


 「日本は昔から、台風、洪水、地震、地震に伴った津波、山火事、土石流等々、自然災害で多くの人が命を落としてきました。全国的に、氏神を祀って被害を食い止めようと考えたのが、宝永噴火がきっかけだと伝わっています。……以来、日本中に守師が生まれました。……南沢さんがお探しのぼた餅の祠守ですが、ここへ来て何かお気付きになりませんでしたか?」


 「……外の御柱にお供えされているのがぼた餅。……それが気になってお尋ねした次第ですが……他には……特に……。」

 小次郎はこれ以上の事に気が付かなかった。


 「南沢さん。ぼた餅をお供えするのは祠守だけでは無いって事ですよ。私もぼた餅の守師。ぼた餅の御柱守です。ぼた餅の守師は、お札をお祀りする、ご奉仕させていただく守師なのです。外の御柱の地下には、お札が入った桐の箱が埋まっています。ですから私の家計はぼた餅の御柱守な訳です。……さて長くなりました。南沢さん、今日はここにお泊まりになってください。明日はお供えを変える日なので、お供え前のぼた餅を差し上げます。……但し、呪いが煙となり、身体から出て来て、お札に返るかどうかは保証出来ませんが……。試す価値は有るでしょう。」


 「あ、ありがとうございます。早速明日、頂きます。」

 少しは礼儀をわきまえて対面した甲斐かいが有った小次郎である。


 その晩、小次郎は、お風呂まで頂き、寝る部屋まで用意してもらった。




第十二話


 翌朝早朝……。


 久しぶりの布団での就寝で、ぐっすり寝てしまった小次郎を、藤原さんが起こしに来てくれた。側のちゃぶ台にお供え前のぼた餅を置く藤原さん。


 「南沢さん。起きて直ぐで申し訳ないが、ぼた餅です。1つどうぞ。」

 

 頭がまだ目覚めていない小次郎だったが、ぼた餅と聞き目が覚めた。小次郎は勧められたぼた餅を1つ手にし、恐る恐る一口食べた。


 藤原さんはと言うと、小次郎に1つ取ってもらったら、皿のぼた餅をそのまま持って外に出た様だ。


 味わいながらぼた餅を食べる小次郎にフラッシュバックが起こる。


 思い起こされた映像は、色味はしっかりしていないが、小学校当時の自分の様だった。


 思い浮かんだのは、あの祠。……そう、ぼた餅を盗み食べた祠の前が映った。……と思った矢先、映像は消えた。


 そして小次郎には何事も起こらなかった。


 (何だったんだ⁉︎あの祠が見えた。ぼた餅を盗み食べる前の様子……。お札が有った様に見えたが定かで無いなぁ……。)


 ボーッと考えている小次郎の所に、藤原さんが戻ってきた。


 「やはりお札は戻らなかった様ですね。お供え前のぼた餅は今回が初めてでしたか?」


 「はい。藤原さんからの話も聞けたし、微かな期待はしましたが、お札は戻りませんでした。……ですが、当時僕が盗み食べてしまう前の祠が見えたんです。お札までは分からなかったですが。」


 「南沢さん、気を落とさないで。当時の事が見えたのなら、お供え前のぼた餅は無駄ではなかったんです。……ちょっとお待ちくださいね。」


 そう言うと、藤原さんは奥の部屋へと消えた。


巫女さんは社務所受付で、参拝の方に破魔矢やおみくじを渡している。


小次郎は休ませてもらった部屋で藤原さんを待っていた。


しばらくして藤原さんが戻ってきた。


「南沢さん、これを渡します。私の知っている守師の方で、十和田湖近くの吊り橋守と、新潟県は長岡の隧道守です。この2人から話を聞けるのは多分、新潟県の方かも知れないです。どちらも由緒有る場所では有りますが、吊り橋守はぼた餅はお供えしない方。そこに書いた様に、吊り橋は木造の欄干らんかんを持つ珍しい吊り橋で、出会い橋と言います。それから、新潟県長岡市の隧道は手掘りのトンネルで、日本一です。当時から、事故の無い様安全を願って守師がおりました。現在もおられます。話を聞きに行くだけでも価値は有るでしょう。隧道守の方だけは、ぼた餅の守師です。……ここから向かうにはどちらも同じ位の距離。ぼた餅を頂きにお急ぎなら、長岡市が良いでしょう。途中、祠を探しながら、気を付けてゆっくり向かってくださいね。それから、祠守に関しては、古くは江戸時代からの話になるので、昔庄屋だったお宅や、農地の広い農家さんに祠守が多いです。参考になさってください。長々と話しましたが、南沢さん。陰ながら応援してます、気を付けて……。」


「ありがとうございます。藤原さんのおっしゃる通り、急いでます。新潟県へ向かいます。一晩本当にありがとうございました。」


小次郎は深々と頭を下げて、しばらくその姿勢だった。

藤原さんは小次郎の両肩をポンポンと軽く叩き、今一度声を掛けた。

「さ、顔を上げて南沢さん。長岡まで長いです。気を付けて向かってくださいね。」


 小次郎は自転車で去っていくが、藤原さんはいつまでも見送ってくれていた。


 




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