第十三話〜第十五話

第十三話


 平泉から新潟県長岡市へは遠い。


 小次郎は藤原さんが話してくれた、祠守の特徴の事を思い出しながら、自転車を進めて行った。


 途中、国道で陸羽東線に向かう道を選んだ。


 祠が見付かるか分からないが、鉄道沿線には温泉が多く有る様で、疲れたら寄り道しながら長岡市まで向かうルートに決めた。


 陸羽東線から陸羽西線へ鉄道をガイドに、山形県を縦断、鶴岡市を南下する事にした。


 途中にはそれらしい祠は見付からなかった。


 鳴子温泉で寄り道をし、汗を流して、近くの川沿いの緑地で夜を明かした。


 蛇行しながら縦断する陸羽東線沿いの国道47号。このまま進み、新庄市を抜けて最上川沿いに走る陸羽西線に合流。更に日本海へ向けて自転車を走らせた。


 脇道に外れれば、田畑も有り、祠も探せるのだろうが、地図アプリを見ながらというのもあって、国道をそのまま西に走り続けた。


 途中、戸沢の道の駅で一晩明かして、更に走った。

 鶴岡市に向かうのに、国道47号をれて、一般道で市街地を避けたのだが、自分でも分からない。何か虫の知らせの様な、不思議な予感に身体が動いたのだった。


 風車村の看板を横目に南下する。低い山々に沿って県道が伸びている。


 たまたまだったけれど、見付けた! 祠だ。


 田畑の中に墓地が有ったり、小さな池が有ったりした。


 その県道沿いで見付けたのだった。


 慌てて自転車を止めて、確かめた。

 

 バス停の横にひっそり佇む祠だった。


 お札が祀られ、格子の観音開きの扉が閉じていた。覗くと、小さなぼた餅が4個、供えられていた。


 (急に国道を外れたくなったのはここの事が有るからか?だとしたら待たなきゃ。お供えを新しくする為に守師の方が来るはずだ。長岡市まではまだまだだし、ここは待つ事にしよう。)


 小次郎は、脇に自転車を停めると、バス停の長椅子に腰掛けた。


 30分……1時間……2時間。スマホに充電しながら待つ。


 昼のバスが通り過ぎて行った。時刻表に目をやると、朝昼夕方の3回、各2時間の間に1本ずつ計2本。それが1日3度…。

 (茨城でもさすがになかなか無い時刻表を見てしまった。)


 小次郎は、祠のお供えを確認しに立った。


 (供えられてから時間が経ってそうだけど、今日は来ないかなぁ……。近くに家も無し。誰に聞くでも無いか……。)


 高校生の自転車が数台行き過ぎる。


 (近くに学校が有るのか。……この時刻表では高校生は利用しないだろうな。遅刻するし。)


 変な心配をしている小次郎であった。


 (途中で小さなお寺や神社を見かけたけど、この祠はまた違う氏神様なのかなぁ……。誰かに聞こうにも通る人すらいない……今日はここで夜明かしかー……。)


 と、小次郎の不安をよそに、年配の男性が歩いてくるのが見えた。

 

 (ぼた餅をお供えする人を知ってるか知らないかは別として、尋ねてみよう。)


 既にわらをも掴む心境の小次郎、寝るまでの間に人を見かけたら声を掛けるつもりで腰掛けていた。


 ちょうどバス停を通り掛かる時、小次郎はその年配の男性に声を掛けた。




第十四話


 「あ、あの、すみません。ここの近所の方でしょうか?」


 脇に自転車を停めて、腰掛けている小次郎を気にしていたのか、立ち止まって、直ぐに返事をしてくれた。


 「近所って訳でもねえが、どうしたね?」


 「あの、ここのぼた餅のお供えをする人をご存知ですか?」


 「いやぁ知らねえなぁ。」

そう答えて去っていく男性。


 (やっぱダメか。せっかくの通り掛かりの人だったのに……。)


 また時間は経っていく。

 辺りは薄暗くなってきた。高校生の自転車がよく通る。近くに学校が有るんだろうが、皆バスは使わずって事だ。


 犬の散歩の女性が通りがかりに声を掛けてくれた。

 「お兄さん、具合でも悪いの?大丈夫?」


 「あ。えぇ大丈夫、何でもないです。……あ、あの。この近所の方ですか?」


 犬の散歩をしてる人だし、さすがに近所の人だろうと聞いてみた。


 「このぼた餅をお供えする方をご存知ありませんか?」


 「知っとるよ。ウチの隣の佐藤さんっておばあちゃんでね、古くからここの祠にお供えをしているよ。……もう暗くなるから付いてきな。」


 犬を連れた女性に付いて、自転車を押しながら一緒に歩いていく小次郎。

 しばらく畑の間を歩いていくと、その女性が指差し教えてくれた。

 「あの灯りの家が佐藤さん。旦那さんと2人で暮らしてる農家さんだよ。訪ねてごらん。」


 小次郎はその女性に御礼を言って、佐藤さん宅に向かった。


 盛り土の上に建つ、玄関屋根には破風はふしつらえた古い日本建築の2階家が佐藤さんのお宅。


 小次郎が自転車を押して上がって来たのに気が付いたのか、旦那さんの方が玄関から出て来た。


 「すみません、ちょっとお尋ねします。バス停脇の祠にお供物を供えるお宅がここだと聞きまして参りました。」


 「確かに、祠の氏神様に奉公しておるよ。……おーい、婆さんや。ちょっと出て来てくれぇ。」


 佐藤さんの奥さんの方も玄関に出て来てくれた。その手には、小さなお皿に小さな4個のぼた餅が乗せられていた。


 「あ、あの。祠守の佐藤さんですね。ちょうど良かった。あ、あの、そのお供え前のぼた餅を1個分けて頂きませんか。」


 佐藤さん夫婦は、小次郎の言葉に驚いて座り込んだ。


 「あなたは何故祠守の事を?」


 「僕、南沢と言います。茨城から守師の方々を訪ねて旅してます。……実は、地元の祠のお札の呪いを解く為に、お供え前のぼた餅を頂きたいのです。」


 「何と。お札の呪い……。昔から話には聞いているが、実際に身に受けた人には初めてお会いした。1個分けるのは構いませんよ。さ、お食べください。残りはお供えに行って来ますので、これで失礼しますね。」


 奥さんの方は外へ歩いて行ってしまった。


 小次郎は小さな、一口で口に入る可愛いぼた餅を頬張った。


 (佐藤さんのぼた餅はこしあんなんだ。甘さが控えめで美味しい……。)そう考えていた矢先、またフラッシュバックだ。


 思い起こされた映像は、祠を離れる小次郎を高い所から見ている様な、不思議な感じだった。先に歩いて行ってしまう友達らしき小学生に向かって走り始めた小次郎。その時、右折して来た大型ダンプにかれてしまった。見た目の映像は白く光って、元の視界に戻った。


 小次郎にはまたも何も起こらなかった。


 呆然と立っている小次郎に、旦那さんが声を掛けてくれた。


 「どうした?大丈夫かね?」

「あ、ありがとうございます大丈夫です。ぼた餅、ありがとうございました。僕はこれで。先が有りますので。」


 そう言って、佐藤さん宅を後にした小次郎。自転車に乗りながら、さっきのフラッシュバックを思い起こしていた。


 (上から祠を見ていた。小走りに離れた途端、ダンプに轢かれてしまった……。あれは自分だったのか?)




第十五話


 深夜の鶴岡市の南を抜けて、また鉄道を目指す事にした。


 羽越本線に沿って走る。

寝る事を忘れてひた走った。


 (ぼた餅を貰って食べる度にフラッシュバックが起こるのか⁉︎一体自分に何を知らせようとしてるんだろう……。それとも、僕の体内で、お札の呪いと対峙たいじしているのだろうか。)


 小次郎はフラッシュバックの内容を忘れない様に、何度も思い返した。


 羽越本線に沿って走る。右手に日本海が見えては隠れる鉄道沿いの国道7号と345号が交互になっている。同じ道路なのにおかしな国道だなと感じた。


 羽越本線沿いは本当に海沿いで、起伏がそんなにない分、自転車でも楽に南下出来ている。


 村上市に入って、コンビニで買い物。

 また少し走ったところの大きな森林公園に立ち寄った。


 久しぶりに食事と休憩を取る。


 空気が綺麗だと、食べる物がたとえおにぎりでも美味かった。

茨城でもここまで空気が綺麗ではない気がした。


 簡単な食事を終えると、小次郎は今までのフラッシュバックを思い返した。


 フラッシュバック 1

映像は、色味はしっかりしていないが、小学校当時の自分の様だった。

 思い浮かんだのは、あの祠。ぼた餅を盗み食べた祠の前が映った。が直ぐ映像は白く光って消えた。


フラッシュバック 2

 次に見た映像は、祠を離れる小次郎を高い所から見ている様な、不思議な感じだった。先に歩いて行ってしまう友達らしき小学生に向かって走り始めた小次郎。その時、右折して来た大型ダンプにかれてしまった。見た目の映像はまた白く光って、元に戻った。


 (僕がぼた餅を食べた時の映像じゃないのは何故だろう?ぼた餅を食べて寝ていた様な記憶は有るが……。ま、まさか僕は既に死んでる⁉︎)


 慌てて頬をつねってみた。


 (痛っ。夢じゃない。死んでいる訳でもない。2回目の映像は何の意味があるのだろう……。)


 長岡市まではまだまだ有るのに、小次郎はまた自転車にまたがり、南に向けて走り出した。



 (お供え前のぼた餅を食べる度に何かを映像で見せてくれていると考えるのが1番理に叶っていそうだ。次のぼた餅が楽しみになってきた。)


 そう考えた小次郎の自転車を漕ぐ足は、少し力がこもっていた。







 

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