第七話〜第九話

第七話


 塔のへつり近くの茶屋の人に、お供物を収めに来る人は毎週何曜日に来るかを尋ねてみた。


 茶屋の人は、その人を良く知っており、色々聞く事が出来た。


 話によれば、毎週木曜日の午前9時頃必ず来る様で、帰りには必ず茶屋に立ち寄り、抹茶をたしなむそうだ。名前は橋本さんと言うらしい。


 今日は火曜日……。

 (近くを探し回るか……。木曜の時間前に待っていよう。あっ、その前に吊り橋を渡って見てみよう。)


 小次郎は茶屋を離れ、吊り橋まで来ると、自転車を側の木立に停めた。

 

 見事な渓谷美。国の天然記念物に指定されているのだと言う。

 藤見橋と言う木造の吊り橋が渡してある。

小次郎はそのまま進むと、橋はギシギシと音を立てている。


 下を流れる川面の色が心を落ち着かせる。


 橋を渡った先には、大きな岩の中に菩薩像が祀られていた。

お供え物が有るのを確認すると、ぼた餅ではなかったが、そのまま橋を引き返した。


 (木曜は早めに来て待っていよう。)


 小次郎は自転車に乗り別の場所に移動した。


 南会津の街まで走って来た。さすがに古い祠など無さそうである。……が、少し離れた地域には田畑が広がっていた。


 祠を探し、見渡しながら走って行く小次郎の自転車。


 1ヶ所見つけた。……が、お札ではなく、小さなお地蔵さんだった。


 日が沈みかけて来たのも忘れ、探して走る小次郎。


 日が沈み、辺りが暗くなる。街灯が少なく自転車のライトがやけに明るい。

 

 小高い丘に、大きなひさしが有る公民館に自転車で入って行った。

 南会津の街のコンビニで買っておいたおにぎりとコーヒーで腹を満たした。


 (今日はここで夜を明かすか。また明日1日吊り橋の反対方向まで走ってみよう。)


 携帯用の蚊取り線香に火を付けると、壁にもたれてそのまま寝てしまった。


 夜が明けて、その明るさで目覚めた小次郎。


 公民館前の側溝で、水筒の水で歯磨きを済ませると自転車にまたがり走り始めた。


 吊り橋へ向かう道を通り過ぎ、また辺りの祠を探しながらゆっくり走って行く。

 

 畑の中。細い道の十字路に祠が有るのを見つけた。


 近寄る小次郎の自転車。……お札が祀られた祠だった。

 だがお供物は無かった。


 (ここにはお供えをしに来る人は居ないのか?)


 自転車を停めて祠を見ている。


 有る!お供物を置いた跡の様な丸い跡が分かった。


 (ここは誰かがお供えに来る祠だ。ぼた餅を供える祠守だったら好都合だが……。)


 祠の側で休憩しているかの様に、座り込んで2時間程スマホを見ていた。


 結局誰も来なかった。


 (塔のへつりに行った後でまたここへ来よう。)


 小次郎は吊り橋方向に引き返した。




第八話


 午後になり、観光らしき人達が少なくなった吊り橋付近。


 小次郎は茶屋の人に声を掛けた。


 「すみません。今晩、ここの長椅子で夜明かしさせて頂けないでしょうか?」


 茶屋の人は、店を閉めた後なら構わないと許可をもらえた。


 その日は茶屋の木製の長椅子に横になり眠る事が出来た。



 翌日、木曜日の朝……。

 セットしておいたスマホのアラームで目が覚めた。


 また水筒片手に歯磨きを済ませる小次郎。

 茶屋の横の水道の水で、水筒を満たすと、自転車を押しながら吊り橋の近くに歩いて来た。


 午前8時。自転車はそのまま木立に停めて、橋の脇で橋本さんと言う方を待つ。


 9時近くに、風呂敷に包んだ荷物を持って橋に足を向ける人が来た。


 小次郎はその人の背に向かって声を掛けた。


 「あ、あの。橋本さんですか?」


 びっくりして振り向く年配の女性。


 「はい。橋本ですが、何か?」

「突然すみません。僕、南沢と言います。あの……祠にお供物をする方を訪ねて旅しています。」


 小次郎は出来る限り丁寧に自己紹介したつもりだった。


 「今お供え物をしてきますので、ちょっと待っててくださいね。」そう言って橋本さんと言う年配女性は、ギシギシと音を立てて吊り橋を渡って行った。


 小次郎も後に付いて渡って行く。


 橋本さんは、丁寧に風呂敷を広げ、菩薩像の前に果物をお供えし、手を合わせている。


 小次郎も同じ様に合掌した。


 お供物を包んでいた風呂敷を畳み、立ち上がる橋本さん。


「お兄さんは何故ここへ?何か私に用事があったの?」


 「あ、あの。祠守……ってご存知ですか?」


 「私は祠守じゃないけど、吊り橋もりとして奉公していますよ。」


 「吊り橋守?」


 「えぇ。」


 橋本さんは長くうなづくと、話をしてくれた。


 「日本中には守師もりしと言う、祠にお供物をし奉公する人達がいるのよ。私も守師であり、吊り橋守ですよ。」


 「あ、あの。橋本さんは祠守をしている方はご存知ないですか?お札を祀っている祠守なんですが……。」


 「ここから通りに出て左に行くとお札を祀った祠があるわねぇ。でも私は祠守の方は分からないです。祠守が奉公しているのであれば、お供物を収めに来るはずですよ。側で待つしか……あるいは近くの農家さんにでも尋ねると話が聞けるかも知れませんね。」


 「は、はぁ……。分かりました。ありがとうございます。」


 「お兄さん。私ら守師は色々な場所で奉公しているの。吊り橋守、祠守、灯台守、隧道ずいどう守、御柱おんばしら守、鳥居守、水門守。皆お供え物を定期的に供えに来るのよ。待ってれば必ず会えるけれど、曜日や時間を決めてない守師もいる。大抵の守師は午前9時頃だと思うけど。こればっかりは、待つしかないわねぇ。」


 「色々聞かせて頂き、助かります。ありがとうございます。」


 橋本さんは来た道を戻って行った。


 小次郎は、スマホを取り出し、橋本さんが話してくれた日本の守師をメモに残した。吊り橋守、祠守、灯台守、隧道守、御柱守、鳥居守、水門守。どこかへ行けば、守師には会えそうだ。


メモを済ませると、昨日見た、お札が祀られた祠へ自転車を走らせた。




第九話


 祠の前にかがみ込み、手を合わせる小次郎。


 (皿か何かの丸い跡。新しい跡だし、祠守がお供えに来るだろう。午前9時前後にまた来てみるか……それとも他に移動するか。守師は色々な場所に居るのが分かったし、この祠の場所を覚えておいて、別の守師を探すのも有りだな。)


 小次郎はマップアプリにポイントチェックをすると、自転車を走らせ、更に北へ向かって走る事にした。


 塔のへつりの守師、橋本さんの言葉を、走りながら思い起こしている小次郎。


 『……私ら守師は色々な場所で奉公しているの。吊り橋守、祠守、灯台守、隧道守、御柱守、鳥居守、水門守。皆お供え物を定期的に供えに来るのよ。……』


 (宮城県に古そうな灯台が有る。ここへ向かってみるか。金華山きんかざん灯台……牡鹿町おじかちょうか。途中に祠を探しながら進もう。途中1泊になりそうだ。)


 日が暮れて、ようやく宮城県に入った小次郎。

 途中の田畑を見ながら進んできたが、祠は見つからなかった。


 晩の食事の為にコンビニに寄って、地図を立ち読みした。石巻市にその灯台はあるようだ。トイレを借りて、下着を着替えた。

 コンビニの横のコインランドリーで洗濯をした。

 乾燥まで済ませて出てくる。


 (海の近く、灯台手前に道の駅が有る。今晩はそこで休むことにしよう。)


 カップ麺とおにぎりを平らげると、また自転車を走らせた。


 田畑を目にすると、祠を探しながら進んだが、今時はなかなか無いものだ。地元の農家の小さな墓地は有るものの、氏神を祀る様な祠は見つからなかった。


 山や坂すらも少なくなると、風に乗って磯の香りが漂う。海はもう近いのだろう。


 かなり走って、ようやく目当ての道の駅にたどり着いた。

 もう営業時間を過ぎたからか建物は暗く、街灯も道路に沿って2ヶ所有るだけだった。


 急な雨を気にして、ひさしの有る建物横に自転車を停めた。


 小次郎は側に座り込むと、スマホを取り出し、灯台を調べた。


 金華山灯台。牡鹿半島の沖合断崖に明治初頭に建設されたらしい。日本に来る船は最初に金華山灯台を目にすると言う。

 太平洋戦争時、艦砲射撃を受けて灯台長が殉職しているようだ。

2005年、無人化された。


 (灯台長の御霊みたまを祀っているかも。そうなれば灯台守に会えるかも知れないな。)


 小次郎は一晩をここで明かした。



 翌日早朝……。


 小次郎は早く眠りについたせいか、日の出のまぶしさに目が覚めた。


 まだ夜が明けたばかりだが、出発の支度を済ませて、また自転車を走らせた。


 市街を抜け牡鹿半島に入る。もう平坦な道は無く、山道が続く。

 その突端とったんに金華山灯台が有る。

 

 (灯台守は存在するだろうか……。2005年以降は無人化された様だが、お供えの灯台守がいれば良いが……。)



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