第46話 すれ違う2人

「こ……この わたしが やられるとは……おまえは いった……い な……にもの……ウボァー!」


「いや、お前さっき自分で俺の事をソードマスターマロニーって言うてたやん」



 ゲームのラスボスみたいな断末魔をあげるラゾックに、何故か関西弁でツッコむマロニー。

 異世界語翻訳の設定はどうしたって?

 ボケへのツッコミは関西弁だと相場が決まっているのです!(偏見)



「み、見事だソードマスターマロニー」


「いや、知ってるのか知らないのかどっちかにしろ変態裸族」


「裸族ではない……ラゾックだ……」



 死にかけの割に意外にしぶといラゾック。

 そのうち辞世の俳句でもみだしそうである。



「お前の強さに免じて、魔物の暴走を止めてから死んでやろうではないか。楽しかったぞ、ソードマスターマロニー……」


「あ……ああ、うん。まぁそれには感謝しとくよ」



 血まみれで虫の息なラゾックが満足げにそう言う。

 対するマロニーは戸惑い気味ながらも律儀りちぎにお礼を述べていた。

 そしてやっぱり死にそうなクセに色々と喋る魔王親衛隊の変態裸族。



「ふ……ふふふ。さすがは魔王親衛隊で最強とうたわれた、我が兄を倒した男」


「お前の兄貴なんて知らねーぞ」


「聖剣が安置されていた神殿へ、奇襲をかけた我が兄を返り討ちにしたのはお主のはずだが」


「ええ〜……」



 露骨に嫌そうな顔をするマロニー。

 彼が勇者として祭り上げられるそもそもの原因となった一戦だから、ある意味仕方がない。

 そんな彼らの元へタイミングが良いのか悪いのか、ヴァーミリオン達が乗った馬車が追い付いて来た。

 当然、今のラゾックとマロニーの会話もバッチリ聞こえている。



「すげえぞ、あの時の高位魔族ってそんなに強い奴だったのか! さすがはマロニーさんだ!」


「ええ〜……」



 これまた最初に勇者と持ち上げられた時の事を思い出し渋面を強めるマロニー。

 実際、この勇者万歳モードに入った人間が話を聞いてくれなくなる状態を知っているだけに尚更なおさらだ。

 ちなみに彼等は、倒れたラゾックの股間からは露骨に顔をそむけている。

 股間の謎の光はまだ眩しいまま。


 だがその時。






「おおラゾックよ、死んでしまうとは情けない」



 そんな彼らの頭上で突然声が聞こえた。

 ちなみにラゾックはまだ死んでないので、ある意味ひどい言いぐさである。

 ここは開けているがゆえに、上には空が広がるだけの場所。

 マロニーたちが顔を上に向けると蝙蝠こうもりのような羽をひろげた何かが飛んでいた。



「なんだキサマ! お前も魔族とやらか!?」



 ラゾックをほふった男、マロニーがすぐに鋭く叫ぶ。

 そんな片目のエルフの問いかけに即答する上空の存在。



「さよう、我が名はクソッターレ。そこで死にゆくラゾックのお仲間よ」


「負け惜しみが凄そうな名前だな」




 すぐさまその名前にツッコミを入れるマロニー。

 普段は関西在住だけあって、その即答ツッコミぶりは流石さすがである。

 だがクソッターレを名乗ったコウモリのような魔族は、マロニーの言葉に反応する事なく姿を消す。

 すぐに後方から絹を裂くような悲鳴があがった。


 この高位魔族は高速移動か短距離空間転移ができるのか──と思い至った時にはもう遅かった。

 振り向くとそこには女魔術師マゼンタをつかみ、盾にしているコウモリの羽根を生やした魔族。

 先ほどの遠目の一瞬では分からなかったが、ちゃんと手足と尻尾が付いていた。



「さて、負け惜しみを言うのはどちらかな?」



 地上に下り立ち腕に人質を抱える魔族クソッターレ。

 その肉体は直立した赤いトカゲの見た目。

 コウモリの羽根を生やした赤いトカゲは、明確に見下した目で勝ち誇りながらそう言い放った。

 そしてトカゲコウモリの期待通りに毒づくマロニー。


「くそったれ!」


「そうだ、私の名は魔王軍親衛隊最速のクソッターレ! 絶望と共にその名を心にきざみ込め!」


「そんな事を言ってるひま無いだろマロニーさん! マァズが……!」



 悲痛にヴァーミリオンが叫ぶが、女魔術師を全面に掲げるトカゲに彼もまた身動きが出来ない。

 そんな彼らを満足げに眺め、小馬鹿にした口調で勝ち誇るクソッターレ。



「ファハハ人間とは愚かよな! こうして同族を盾にすると手も足も出なくな……」



 口上こうじょうの途中で大きく飛び退すさるコウモリ羽根の赤トカゲ。

 表情も明らかに強張こわばっている。



「……ちっ」



 しかし舌打ちしたのはマロニー。

 その片目のエルフに呼応こおうするかのように、直立した赤いトカゲのクソッターレは言葉をつむぐ。



「……さすがは勇者と人々に謳われる男。油断も隙も見せられんな」



 そこにはマロニーの左手から伸びるむちのような物がクソッターレに向かっている。

 鞭の先端には日本刀「紅乙女」。

 もちろんマロニーが使役するクラーケン、キリーちゃんの触手である。



「マロニーさん、その左手は……?」


「俺の奥の手のひとつだ。今ので奴の腕を切断してマゼンタを助けたかったんだが」



 彼ら2人の会話を聞いてか聞かずか、コウモリの羽根を生やした赤いトカゲはマゼンタを捕らえたまま空中に浮かんだ。

 といってもマロニーの飛ばす斬撃の射程内ではあるのだが。

 しかし仲間の女魔術師に当たる可能性を考えると、攻撃出来ずにいる。



「ここは余計な遊びをせずに引き下がるのが賢明か。勇者よ、この女を助けたければ……」


「あー疲れた〜。どうマロニー調子は?」



 突然空間が揺らめくと、タイトスカートとスーツを着用したフェットチーネが現れた。

 彼女はマロニーを視認すると、うーん、と小さく唸りながら背伸びをする。

 マロニー達に向かってニコリと笑うと右手を小さく振った。



「ふふ、ポンコツちゃんにちょっと無理言って来ちゃった」


「その女もキサマらの仲間か! そいつもついでに貰って行くぞ!」



 いつの間にかフェットチーネの頭上に移動していた赤いトカゲは、尻尾を素早く伸ばして彼女を拘束。

 そのまま彼女ごと空中に飛び上がった。



「ぎゃー! なにこの雑なさらわれ方!」


「フェット!!」



 映画の脚本の創作論にサプライズニンジャ理論というものがある。

 あるシチュエーションにニンジャを乱入させたほうが面白いのなら、そうするべきだというものだ。

 同じようにこの状況でフェットチーネを乱入させた方が面白いのなら……。


 あ、そんな事を言ってる場合じゃないとカーネイハ・チイ女史よりクレームが入りました。

 珍しくマロニー氏も殺気だっているのでこれ以上は止めておきます。



「ちょっ……マロニー! この捕まってるは私が何とかするわ! 状況がよく分からないけど!!」



 そう叫ぶフェットチーネを尻尾でぐるぐる巻きにし、腕には女魔術師マゼンタを抱えた魔族クソッターレは飛び去っていく。

 フェットチーネはマロニーに向かって続けて叫んだ。



「マロニー! ブランちゃんに頼んで役所に提出する書類の作成をお願いして! 仕上げがまだ終わってないのよおおぉぉ!!」


「何だって!?」



 どんどん遠ざかるクソッターレ。

 必死に叫び続けるフェットチーネ。



「書類お願いねええぇぇ!!」



 彼女の叫びが木霊こだまする。

 ちなみに下から見えた彼女のパンツの色は白。



*****



「おお、よくぞ戻った勇者カクズンよ」



 ようやく玉座の間に通されたカクズンだったが、そこには先客がいた。

 薄汚れてボロボロな様子の雑兵ぞうひょう

 王の前にひざまずき、顔をその主君に向けている。

 どうやら何かを報告していたようだ。



「聖剣を入手するのに随分と手こずったようだな、カクズン」



 王にそう言われて渋い表情になるカクズン。

 不機嫌な態度を隠そうともしない。

 目上の者を前にしても変わらぬ幼稚な対応が、この勇者の本質を表している。


 しかし実際にここまで苦労して辿り着いたのは確かだ。

 あの後、聖剣以外を身ぐるみがされ町を追い出されたカクズン。

 かろうじて腰に巻く布だけは、襲った連中からせめてもの情けと残された。



 そうして王都へ徒歩で移動している途中で、幸いにもどこかからの避難民らしき人間が目に入った。

 彼等の1人を殴り倒して身ぐるみ剥いで服を調達したのだった。

 襲った避難民は、殴りつけているうちに動かなくなったので適当に道端のやぶへ放り捨てた。



「ああ、苦労したぜ。ここまで戻るまでにもな」



 王の言葉へ精一杯に虚勢を張って返答するカクズン。

 しかし王は冷たい目で勇者を見返すだけ。

 それに気が付いた時、カクズンは一瞬だけ頭に血が昇りかけた。


 それはあの町で人々に向けられたのと同じ視線だったからだ。

 ムカつく視線だった。イラつく視線だった。

 そんな視線をなぜ、こんな場所でまで浴びなければならないのか。


 それにそもそも、自分を、勇者を、満面の笑顔で送り出したのは王ではないか。

 だがしかしそれもこれも、あのマロニーとか言う偽勇者が現れてからだ。

 こちらがいくら追いかけても、すぐに尻尾を巻いて直前で逃げるまがい物め。


 カクズンは、自分が余計な道草をしていたのを棚に上げてマロニーへの憎しみをたぎらせた。



「しかしカクズンよ、こちらへ戻る道中でスパッタリングの町の話は耳にしなかったのか?」


「は?」



 そんなカクズンへ、王から突然聞かされた新情報。

 スパッタリング? 確かに王都へ来る途中で寄り道できなくはない距離にある町だが……。

 困惑するカクズン。

 そんな彼へ、王にうながされた雑兵が報告を聞かせた。



「スパッタリングの町を高位魔族と圧倒的な数の魔物が襲撃。私は王へその事を報告する為に伝令に走りました」



 この薄汚れた雑兵は伝令だったのか。

 ようやく納得したカクズンを、どこか不信げな目で見ながら伝令は続けた。

 カクズンにとって衝撃の事実を。



「その途中、王都のギルドマスター様と同道されていた勇者マロニー様と遭遇できる幸運に恵まれました。マロニー様は二つ返事で救援を快諾かいだく、今頃はスパッタリングの町で魔族と魔物の群れと戦っておられると思われます」


「マロニー……だと!?」



 マロニー、マロニー、ここでもマロニー。

 ふざけるな、偽者風情ふぜいがどこまでこの俺の邪魔をするんだ!

 絶対に許さねえ!


 内心でそう息巻くカクズン。

 そんな彼の心情をみ取ったかのように王がカクズンへ言った。



「マロニーなる者が、いかな思惑で勇者を名乗っているのか分からぬが、これ以上正式な勇者の存在を民に軽んじさせる訳にはいかぬ。至急スパッタリングへ向かい魔族を撃退してまいれ、勇者カクズン!」


「当たり前だ! 今度こそマロニーって奴をとっちめてやらあ!!」



 王の下知げちに、そう鼻息も荒く叫んで答えるカクズン。

 玉座の間に居る人間に背を向けると、乱暴な足取りでその場を立ち去った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界救済請負人マロニー 〜勇者、おたくの世界に派遣します〜 きさまる @kisamaru03

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ