第41話 男を見せろ安多馬洋児!

「よく戻ったブラン。ずいぶん手間取ったようだが、大変だったようだな?」



 そう言って、ブランさんをハグして抱き寄せるマロニーさん。

 すぐにクンクンと彼女の頭の匂いをいだ。



「なんだか沼臭いな。洋児くんと一緒に、池で水泳でもしたか?」



 ブランさんの怒りのメガトンパンチが片目のエルフの顔面に炸裂した。

 一瞬で地面に正座して頭をペコペコ下げるドゲザラー・マロニー。

 もうボク見慣れちゃったよ。

 


「そうよマロニー。ウチら2人共あいつに川に突き落とされて死にかけたのよ!」



 フンスと鼻息も荒く仁王立ちで叫ぶブランさん。

 彼女の言葉に片目のエルフの顔色が変わった。



「何だって!? くそっ、すまないブラン。まさかあの勇者がそこまでやるとは……!」



 しかし今の顔面パンチで気分が晴れたのか、ブランさんはケロリとした表情でマロニーさんへ返す。



「まあでもこっちの洋児くんが助けてくれたから大丈夫よ。ウチの命の恩人だわ」


「そうか。洋児くん、うちのブランを救ってくれて有り難う!」



 立ち上がるとこちらに近づき俺の肩を力強く掴むマロニーさん。

 俺を見るその目は真剣そのものだ。



「本当に……本当に有り難う。よく守ってくれた洋児くん」



 何だか気恥ずかしくなってきた。

 マロニーさんから、こんなにストレートな感謝の言葉を貰うのは初めてな気がする。

 だって、目に涙まで浮かべ始めたんだぜ?

 変なところで豆腐メンタルだったりドゲザラーだったりした部分は散々みてきたけど、こんなのは初めてだ。



「エヴァンやアイラみたいな事はもう沢山だ」



 耳に、マロニーさんの誰に聞かせるつもりの無さそうな独り言が聞こえる。

 まただ。

 エヴァンとアイラ……また俺の知らない言葉だ。


 普段の飄々ひょうひょうとした態度の裏に、このエルフはどんな過去を背負ってきてるんだろう。

 そう考えていると、目の前の片目エルフは厳しい表情でブランさんへ顔を向けた。



「以前ベイゼルに言われた通りだ。俺は気がゆるんでいた」



 そしてマロニーさんは、再びブランさんの前に立つ。

 彼の厳しい表情に、思わずたじろぐブランさん。

 そんな彼女にも遠慮した様子も無く、片目のエルフはキッパリと言った。



「ブラン、もうこの仕事には関わるな。お前の気持ちは嬉しいが、危険なのが分かってる所へ送り込む訳にはいかない」


「そんなマロニー!?」



 当然あがるブランさんの悲鳴じみた抗議。

 だけどマロニーさんも、こちらも当然ながら発言を撤回するつもりは見せない。



「大丈夫だってマロニー! 次は油断なんかしないから! だからそんな事言わないで!!」


「ブラン、お前が俺の役に立ちたいって気持ちは分かるが、もう俺の左手や右目の事に責任を感じなくても良いんだ」


「ねえ、ウチはマロニーの役に立ちたいだけなの! お願い仕事をさせてマロニー!!」


「だめだ。もう向こうへ帰れ」



 俺は2人のやり取りを見ながら、川から打ち揚げられて服を乾かしていたときの事を思い出していた。

 あの時の、過去の話をしているブランさんの様子を。

 気が付けば俺は、言い合っている2人に割り込んでいた。



「マロニーさん気持ちは分かるけど、ブランさんを危険から遠ざけたら良いって問題でもないでしょう」


「洋児くん!?」



 俺がブランさんの擁護ようごにまわるとは思っていなかったらしいマロニーさんの驚き顔。

 だけどすぐに反論してきた。



「馬鹿。そんなこと言って、死んじまったら元も子も無いんだぞ!?」


「だからってブランさんを仕事に関わらせなくて、マロニーさんは満足かもしれないけどブランさんの気持ちはどうするんです!?」


「彼女はまだ若いんだぞ! 人生もこれからだ!」


「俺だってまだ高校生ですよ?」


「うっ……」



 マロニーさんの言葉が詰まった。

 こんな風に、本当の意味で俺の言葉に返答にきゅうする彼を見るのは初めてかもしれない。

 だけどあの時、泣きながら過去を話す彼女のことを思えば、ブランさんを切り離すのは決して良い選択じゃないと思う。


 命があって生きていても、それは決して幸せじやあない。

 だから俺はマロニーさんに反論を続けた。



「ブランさんが駄目で俺なら良いって、おかしくないですか?」


「いや、君は召喚されてたし……」


「それに日本だって、結局は強盗に遭ったり通り魔に襲われるリスクだってあるんだから、百パーセントの安全なんてどこにも無いですよ」


「い、いやそれは……。うう……」


「それにそんなに心配なら、だったら俺が彼女を守ります! それでも駄目なんですか!?」



 この場に沈黙が訪れた。

 俺はその静けさに、自分が言った言葉を思い返した。

 ……えーと「俺が彼女を守ります」?

 隣で「洋児くん……」とブランさんの声が聞こえたので、そちらへ目をやると顔を赤くしてうつむくブランさん。


 このホールの全ての人もこちらへ目を向けている。

 冒険者だろう彼等から、ヒューヒューと奇声や口笛が鳴り始めた。

 それで俺もようやく顔が熱くなって、同じく俯いてしまう。


 マロニーさんと行動を共にしているらしい、戦士っぽい男の人が前に出てくる。

 ニヤニヤ笑いながら、渋い表情の片目のエルフの肩に手を置いた。



「ここは負けを認めて引き下がるしか無いぜ、マロニーさん。老いも若きも男も女も、命の危険は百も承知の冒険者稼業ってなもんだ。腹の座った頼もしい二人じゃないか」


「いやしかしそうは言うがな、ヴァーミリオン」


「それにどうしても、って言うなら自分の目の届く範囲でアンタが2人を守ってやりゃ良いじゃねえか。俺がマァズを守ってるみたいにな」


「ああ、そうだなヴァーム。……ん? なんか今、さらっと大事なことを告白しなかったか?」


「え? ……あっ!!」



 マロニーさんの肩に手を置いた戦士の人の顔も真っ赤になった。

 奥の方で「バカ」と小さい声が聞こえたので、そちらへ目をやる。

 そこには、こちらも顔を真っ赤にした魔法使いっぽい女の人。


 この女性がヴァーミリオンって戦士さんが言ってたマァズって人らしいな。

 ピンク色の髪の毛が可愛らしい。


 周囲のはやし立てる声は、ますますヒートアップ。

 ヴァーミリオンと呼ばれた戦士の人は赤い顔のまま、「テメーら放っておいてくれよ!」と言いながら引き下がる。


 その様子を苦笑しながら見送るマロニーさん。

 すぐに俺とブランさんの方へ向き直った。

 厳しい顔で俺たちを見ていたが、ため息をひとつ。



「はぁ……。分かったよ、ブラン。でも命の危険をおかす事と命を粗末に扱う事は、全然違うから忘れるなよ!」


「分かってる……いえ、きもめいじるわマロニー」



 マロニーさんの言葉に、真剣な表情でうなずくブランさん。

 そのまま片目のエルフは、俺の方へも強い目つきでにらむ。



「それから洋児くん……安多馬あてうま洋児ようじ。さっき言った言葉、忘れるな。断言したからにはブランを守り切ってみせろ」


「もちろんです」



 そこまで言うとマロニーさんは表情を崩した。

 ニヤリと笑うと再び俺の肩に手を置く。



「まぁだからって全部を君に押し付ける気は無いよ。ヴァームも言ったみたいに、基本は俺がなるべく彼女を守るから安心しな」


「ははは、それも了解です」



 マロニーさんは、あごと握りこぶしに立てた親指で、さっきの戦士の人たちを指す。

 今度こそ屈託くったくの無い笑顔で俺たち2人に言った。



「来いよ2人共。いま組んでる仲間たちを紹介するよ」



 差し示した先には、さっきの戦士と魔法使いの女の人が、周囲の冒険者にからかわれまくっている光景が見えた。

 

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