第40話 ブランの過去マロニーの過去

【洋児side】



「……それで、地球に転移した先がマロニーの乗っていた密入国業者のタンカーでね。最初は訳が分からなかったわ。周りが金属と機械で囲まれているんだもの」



 彼女が話す過去の話は興味深いものが多かった。

 特にマロニーさんとの出会いの話は。

 異世界から地球に転移した先が密入国業者の船だったとは、随分ドラマチックだったんだな。

 

 そんな俺とブランさんは、お互い背中をくっつけ合って体育座りをしている。

 なぜなら2人とも裸だから。

 川に落ちて濡れた服を乾かすために。


 打ち上げられた河原の近くの崖に、ちょっとした窪みがあったのは助かった。

 だけど服を乾かすために焚き火をしようと考えていたら、ブランさんに止められた。

 曰く、立ち上がる煙を見られてカクズンがやって来るかもしれないから、と。


 そう言われたら仕方がない。

 脱いだ服は、適当な陽の光の当たる場所に干しておくしか無かった。

 服を脱いでるブランさんのほうへ、視線を向けないようにするのには苦労したけど。


 そしてそのまま、彼女のほうから背中をくっつける提案がされたのだった。

 身体が冷えて仕方がなかったから、ブランさんのヌードを見ても「元気」になれたかどうか怪しいものだったけど。

 チラリと見えた彼女の身体は、少し華奢きゃしゃな感じだけど割と普通の体型だった。

 大き過ぎず小さ過ぎず。


 え? しっかり見てるじゃんって?

 うるさいな。



「……それでマロニーの左手が潰れたのはね、ウチのせいなのよ」



 そんな風に少しぼんやりしていたので、ブランさんの言葉を聞き逃しそうになった。

 思わず一瞬、後ろへ顔を向けそうになる。

 彼女が服を着ていないのを思い出して、すぐに前を向いたけど。



「ど、どういう事?」



 とりあえずそう返すので精一杯。

 ブランさんが身じろぎするのが背中に感じる。

 たぶん俯いて膝に頭をうずめているんだろう。



「マロニーの弟の話は聞いてる?」


「え? ああ、うん。悪党転生者だったって聞いてるけど」



 唐突に話を振られた俺はそう返答した。

 そうだ、その弟との戦いでマロニーさんの左手と右目は潰れたって言ってたっけ。

 それがブランさんのせい?



「さっき言ってたウチが転移したタンカーね、マロニーが弟を倒す為におびき寄せた場所だったの」


「えっ」


「ウチは、その弟と戦う前にマロニーに見つけられて保護されて。あの時何日も食べ物を口にしてなくて、衰弱すいじゃくしていたわね」



 ポツリポツリと思い出すように語るブランさん。

 俺はただ黙って聞く事しかできない。



「あの時、マロニーが差し出してくれた飴玉あめだま、涙が出るほど美味しかった。ううん、本当に涙が出て止まらなかった」



 マロニーさんと彼女の出会いがそんなだったなんて。

 俺は矢間崎くんと一緒に旅した、例の王子様を思い出した。

 あの時もマロニーさんは、大豆がジョイするお菓子を差し出していたっけ。

 あの人、いつも子供にそんな事をしてるんだろうか。



「それからしばらくして、ウチはタンカーの船員と待避されそうになった。マロニーだけ残してね。その時のウチは、ミトラの事は……弟の事は知らなかったけど、マロニーが何かヤバい事をこれからしようとしてるのは分かった」


「……」


「船員を振り切ってタンカーに戻ったわ。あちこちマロニーを探した。そして見つけたの、広い甲板で戦っている2人を」



 彼女の言葉が途切れた。

 過去を思い出しているのだろう。今の話の核心部分の。

 何か言葉を探しているようにも感じる。



「……無理に話さなくても良いよ?」



 思わずそう声を掛けた。

 でもブランさんは首を振った。

 その仕草が背中に伝わって来た。



「……ううん、話させて。話したいの。マロニー以外の人に」


「分かった」



 俺がそう答えると、彼女は続きを語り始める。

 覚悟を決めたのか、もうブランさんの言葉は途切れなかった。



「ウチが2人のそばに駆け寄った時は、弟がマロニーに飛び掛かって剣を振り下ろそうとしてた。だから思わずマロニーの前に飛び出したわ。弟からの攻撃の盾になるつもりで。あと先なんて考えてるヒマ無かった」


「え? それで何で無事だったの!?」


「マロニーに突き飛ばされたのよ。飛び出したウチを弟の攻撃から逃すために。かばおうとした相手に逆に庇われるなんて、お笑いぐさだわ」


「それで、その突き飛ばされた時に……」


「そう、弟の攻撃をかわし切れなかったみたい。気が付いたらマロニーの左腕に小脇こわきに抱えられてて、その左手の先が無くなってて、手首のところから血があふれ出していて……!」



 ブランさんに泣き声が混じって、続きが話せなくなった。

 俺はどう声をかけて良いのか分からず、ただ「ブランさん……」と返しただけ。

 彼女がそれに反応したのかどうかは分からない。

 だけど。



「ごめん洋児くん、隣に行かせて」



 嗚咽おえつ混じりにそれだけ言うと、横に移動してきて座り直し俺にもたれかかってきた。

 俺はしばらく横目でそんなブランさんを見ていたが、恐る恐る手を伸ばして彼女の肩を抱き寄せた。

 今はそうするべきだと何となく感じたからだ。

 後でセクハラだ何だと騒がれようが、仕方がないと腹もくくった。


 彼女の肩は、想像以上に小さく弱々しかった。



「その場はウチの為に、ウチを保護する為にマロニーは撤退せざるを得なかった。きっとミトラと決着をつけたくて仕方がなかったはずなのに」



 ブランさんの柔らかな身体の感触が伝わる。

 だけど涙を流し続ける彼女の様子のほうが気になって、下心が芽生える余裕なんて無かった。



「それから一年ぐらいしてかな。“組織”の裏仕事をしてる最中に偶然ミトラと鉢合わせたみたいで。きっとそのまま戦闘になだれ込んだんでしょうね。ウチのスマホに応援を頼む連絡が入ったわ」



 ブランさんの話に聞き入っているのも、余計な感情が出てこない理由の1つだろう。

 予想以上に凄まじい過去だ。

 彼女のも、マロニーさんのも。



「ウチらが駆け付けた時マロニーは倒れていて、負けて死んだのかと思った。そばにミトラが馬鹿笑いしながら立っていたしね。だからマロニーが生きていると分かった時は、その事を秘密にしておいた。右目が潰れたのはその時よ。それから更にまた一年後ぐらいに、寝たきり状態のマロニーが“組織”を通じてミトラに罠を仕掛けて討ち取った」



 あまりの事に声が出ない。

 ブランさんも顔を上げない。

 だけど彼女の口は止まらない。



「あの時、ウチがマロニーの前に飛び出したりしなければ。マロニーは左手を失わずにすんだ。左手が無事だったなら、右目が潰れる事も、死にかける事もなかった。ウチのせいで……ウチのせいで……」



 後から考えたら、こういう時にはキスしたり両腕でハグしたりしたほうが良かったのかもしれない。

 漫画やドラマでしか知らない、ペラい知識だけど。

 でもこの時の俺は、ブランさんの肩に回した腕に力を入れて引き寄せるぐらいしか思いつかなかった。



「あの、どういう言葉をかけたらいいか今の俺には分からないけど、今は気の済むまで泣いたら良い……と思うよ」


「ありがとう洋児くん。でもちょっと肩を掴んでる手が痛いかな」


「ご、ごめん」



 俺はそのまま、ブランさんがすすり泣くのを黙って聞き続けていた。

 ぼんやりと眺めている、干した服にあたる陽の光がまぶしい。





「ごめん洋児くん。そろそろ起きようか」



 あれから俺は寝てしまったらしい。

 ブランさんの掛け声に目が覚めた事で、その事に気が付いた。

 見上げるとブランさんはもう服を着こんで、俺のも抱えて立っている。

 俺の頭にかぶせるように服を投げると、彼女はクスクスと笑いながら言った。



「このまま川沿いに下って歩こう。そのうちどこかの町か村に辿り着くわ」



 服を着たが、正直まだ湿り気が残っている。

 川の水の泥くさい臭いも。

 だけど今は贅沢は言っていられないな。

 それに動いているうちに服も乾くだろう。



「そこからマロニーと決めていた合流地点の町まで移動するわよ。今度はウチが頑張るから」



 ブランさんがそう言いながら手を出した。

 俺はさっきの彼女の様子を思い出しながら、複雑な気持ちでその手を握り返す。

 すると小さな声で、ブランさんが呟くように言った。



「それと助けてくれて有り難うね。ウチの話も聞いてくれたのも」



*****



【マロニーside】



「えーっと、実は俺も元の国では冒険者ギルドを経営してまして。新入りに自信をつけさせるためにワザとすぐ砕ける水晶玉を使ってるんですが、コレも同じ安物って事は……」



 顔を両手で覆いながらマロニーがギルドマスターに問いかけた。

 その問われたマスターも同じく両手で顔を覆いながら答える。

 隠しようがないほど落ち込んだ声で。



勿論もちろんそんな安物の水晶玉なんかじゃありません。というか国宝級にして最上級の測定の水晶玉だったのですが……」


「うおおおお! 済みません済みません済みません! いま弁償できるような持ち合わせが無いので謝罪しか出来ないけど済みません!!」


「おおお……。カクズン1人だけだと言われていた勇者が、もう1人いた事に喜ぶべき場面なのでしょうが、最上級の水晶玉が砕けて……国王になんと申し開きをしたら良いのか」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」



 土下座して額を床にこすりつけ始めたマロニー。

 彼を見ずに「いえ、良いのです。今は新たな勇者の登場を祝いましょう」と、落ち込みながら話すギルドマスター。

 ヴァーミリオン達は二人を見ながら思った。

 なにこの光景、と。




「とりあえずマロニーさんとそのお仲間様たちは、一度王都へ来ていただきたい。国王に御目通り願いたいのです」


「カクズンはどうするんですか?」



 ギルドマスターが要件を切り出した。

 マロニーは水晶玉を壊してしまった負い目から、受け答えはあくまで低姿勢。

 普段の気配を殺して目立たないようにしている事といい、とても勇者には見えないなと仲間たちは感じる。


 マロニー本人は一貫して勇者である事を否定しているが。



「今までは高位魔族に対抗できるのは彼一人でしたからその横暴な行動にも目を逸らしていましたが、もう彼の事は放置しておくしかないでしょうね」


「王の御前に行くのは構いませんが、少し時間を貰えませんか? この町でちょっと待ち人が居るので」


「なんと、マロニーさんにお仲間が更においででしたとは! それはどのような人物なのか……」



 ギルドマスターが言いかけた時、この町の冒険者ギルドの扉が開け放たれた。

 そこに立つのは男女2人の影。

 静まり返る入り口ホール兼ギルド併設の酒場。

 勿論、王都の冒険者ギルドのマスターとマロニー、その仲間たちも。


 入り口に立つ2人のうち、女の人影が周囲を見回すと探し物を発見したように視線が固定される。

 すぐに大きな叫び声があがった。



「マロニー、やっと戻ったわよ! ああ、酷い目に遭ったわ!」



 その2人の人影は言わずもがな、ブランと安多馬洋児その人である。

 マロニーはニヤリと笑うとギルドマスターに言った。



「待ち人来たれり」

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