第39話 狙い通りにいかないのが人生ってものだ

【マロニーside】



「貴方がマロニーさんですね。私はこの国直営の冒険者ギルドを経営させてもらっておりますマスターです」



 そう言って、うやうやしくお辞儀じぎをした身なりの良い男。

 それでいてあまりかしこまった雰囲気ではないのが、さすがは冒険者ギルドのマスターといったところか。

 しかしマロニーはマスターに声をかける。



「違う、彼は勇者カクズンのパーティーリーダーだ。マロニーは俺だよ」



 酒杯を机に置いてギルドマスターに顔を向けるマロニー。

 勇者と持ち上げられる事にもだいぶ慣れたつもりだが、やはり居心地が悪いことには変わりがない。

 普段はなるべく存在感を無くして、ひっそりとヴァーミリオン達と一緒に過ごしていた。

 だからこのギルドマスターが彼の存在に気が付かなかったのも無理はない。


 苦笑いするヴァーミリオンに頭を下げて、あわててマロニーの前へ移動するギルドマスター。

 仲間たちが気をかせて立ち上がり、机を囲むように立つ。

 彼らに礼を述べつつ、ギルドマスターはマロニーの対面に座った。


 マロニーはヴァーミリオンたちを勇者カクズンの仲間と評したが、今の彼等はマロニーの仲間だと思っていた。

 実際、この町の冒険者ギルドから受けた危険度の高い依頼を、マロニーは彼等ヴァーミリオンたちといくつかこなしている。


 そしてこのギルマスだ。

 彼は「この国直営の冒険者ギルド」と言った。

 この町の冒険者ギルドを経営している人間に色々と聞いてみたが、この世界の通信網はあまり発達していないようだった。

 国直営という事は、首都にあるギルドなのだろう。


 噂がこの国の王だか首脳だかの耳に届いて、実際にマロニーを確かめに来たという所か。




 ギルドマスターは懐からソフトボールほどの大きさの水晶玉を取り出した。

 それをハンカチほどの大きさの布の上に置く。

 そしてマロニーへ顔を向けると、彼の目を見据みすえた。



「冒険者の方々には単刀直入に行くのが良いでしょうから、ズバリお願いします」



 あ、なんか嫌な予感。

 マロニーは本能的にそう感じた。

 ギルドマスターはその彼の予感を裏付けるように言葉を続ける。



「私は、まずは貴方の力量を知りたい。本当に勇者と噂されるに足る実力があるのかどうか。この測定の水晶玉へ手をかざして貰えませんか?」


「あ、やっぱりそう来ますか」



 マロニーは考える、この展開は非常に良くないと。

 この後に起こりそうな展開に、自分から飛び込んで行かなければいけない拷問。

 彼は何も起こらない事を祈りつつ、水晶玉に右手をかざした。



 バキャッ!



 マロニーの願いもむなしく、測定の水晶玉は無残に砕けた。

 思わず彼は両手で顔をおおうと、うつむいて涙を流した。


 頭の中で、「俺なんかやっちゃいました?」と言うべきかどうか悩みながら。



*****



【洋児side】



「それで、洋児くんの呪符を使う術があの勇者に奪われてるって事なんだね」


「ああ。喉元まで出かかっているのに、全く思い出せない。あれだけ修練しゅうれんして身に付けた技なのにな」



 ブランさんと会話しながらも、無意識に呪符の使い方を思い出そうと頭をめぐらせる。

 やっぱり何も思い浮かばない。

 その部分だけスッパリ抜け落ちたようになっているんだ。



「そう、やっぱり。


「え!?」



 俺は耳を疑った。

 むしろ胸をで下ろすような態度のブランさんを見る。

 そんな俺の様子に気付いたのか、安心させるような笑顔で彼女は続けた。



「マロニーが言ってたのよ。貴方の能力も奪ってるような能力だった方が、取り返しやすいって」


「本当に!?」


「マロニーはそういう嘘はつかない」


「戻るのか、俺の呪符術が!?」


「そういう事」



 やった!

 そういう事なら、あのクソ勇者に黙ってしたがう必要なんてこれっぽっちも無いぜ!

 ガッツポーズをした俺に、ブランさんは顔を引き締めて続ける。



「あとこれは重要な事だから言っておくわ。勇者の目を……」



 そこまで言いかけた時に、後ろの茂みからガサガサと音がする。

 あのクソ勇者の声が聞こえた。



「おいテメエどこをほっつき歩いてやがる! 俺が魔物の相手すんの面倒くせえだろ。……って、なんだその女は!?」


「やば、逃げよう洋児くん!」



 ブランさんは俺の手を取ると、森の中を走り出す。

 不思議と下生えのやぶや木の枝に引っかかることも無くスムーズに全力で走れた。






「ウチがこんな場所に追い込まれるなんて……。エルフ相手なのに、さすがは勇者って事?」



 いつの間にかサングラスをかけていたブランさんの額に冷や汗がにじんでいる。

 その視線の先には、ニヤついた表情の勇者カクズン。

 腕組みをしながら、余裕たっぷりに立っているのがムカつく。



「へっ、ちょうど女の仲間が欲しかったところだ。隣の男と一緒にこき使ってやるよ。『オンナ』としてもな」



 と、追い詰められた俺たちに向かってゲスいセリフを吐く勇者カクズン。

 その俺たちが立っているのは崖の端。

 森が途切れたと思ったら、この場に出た。

 カクズンと向き合ってジリジリ後ろに下がる俺たちの背中から、断崖の下に流れる川の音が聞こえる。


 俺は無意識に、ブランさんをかばうように彼女の前に立った。

 目の前の勇者をにらみつけながら。

 その瞬間、ブランさんがあわてたように俺に叫ぶ。



「ダメ洋児くん! あいつの目を見たら!」



 でもそれも一瞬遅かった。

 怪しく光ったカクズンの目を見た瞬間、俺の思考は停止する。

 だからこの後に起こった事も、ただ見ているだけで何も考えられなかった。



「洋児くん、しっかりして! 洋児くん!」



 ブランさんが俺の腕にすがりついて、そう叫ぶ。

 だけど聞こえるだけで、俺の脳はその情報を何も処理しようとしない。

 俺は何も反応せずに立っているだけ。



「なんで女の方は俺の『目』が通じねえんだ? あの目に付けてるヤツのせいか!?」



 カクズンもいぶかしげに叫ぶ。

 だがすぐに気を取り直して俺に命令してきた。



「まあいいや。とりあえずこっち来いテメエ」



 何も思考が出来ずに身体が勝手に動く。

 ぼんやりとしながらカクズンの隣に移動すると、ブランさんに向き直った。

 ブランさんはサングラス越しでも良く分かる焦りの表情。



「俺とコイツをそれとなく引き離したのはお前だろ、オンナ。小細工しやがって」


「洋児くん気をしっかり持って! 洋児くん!」



 カクズンを気にもとめずに俺に叫び掛けるブランさん。

 その叫びに何か反応しないといけない、と頭のどこかで考えるも身体がうまく動いてくれない。

 その間に勇者カクズンは、ゆっくりとブランさんに近寄っていく。



「来るな! それ以上こっちに来たら許さないから!」


「へえ、どう許さないんだよ可愛い顔のお嬢ちゃん?」



 俺はその場に立ち続けているから、カクズンの背中しか見えない。

 だけどそのゲスい表情は容易に想像がつく。

 そんな余裕たっぷりの態度の、油断し切ったヤツの隙を突くようにブランさんが突然勇者へダッシュした。


 腕を伸ばして勇者カクズンの腕を掴む。

 その直前に、彼女の手の平に小さな電気がひらめいた気がした。

 何故ならブランさんがヤツの腕をつかんだ瞬間に、ギャッと叫んで一瞬カクズンが硬直したからだ。


 勇者カクズンの反応を確かめることも無く、ブランさんは俺に向かってダッシュ。

 ヤツのすぐ脇をすり抜けようとした。

 だけどその行動は上手くいかなかった。



「何しやがるんだこのアマぁ!!」



 カクズンが叫んで彼女を殴り飛ばしたからだ。

 そのまま崖に向かって吹っ飛ぶブランさん。

 その光景が目に入った瞬間に、ヤツの呪縛が解けて俺の身体は動き出していた。


 飛ばされた彼女を助けようと。


 後から考えたら信じられない事だったけど、彼女の腕を掴めて崖の端にスライディングで寝転がれたのは奇跡だった。

 胸から上を崖から乗り出して、伸ばした俺の腕の先にはブランさんの腕。

 漫画やアニメのシチュエーションみたいだった。

 その時は余計な事を考える余裕なんて無かったけど。


 この手を離したらブランさんが落ちてしまう。

 その思いで頭の中がいっぱいだった。

 だけどカクズンが嫌なふくみ笑いをしながら、寝転がる俺の足もとに立つ。



「へえ、俺の暗示催眠を自力で打ち破るとは、やるじゃねえかテメエ」



 俺の両足首がヤツに掴まれた。

 すぐに足ごと俺の身体が持ち上げられる。

 その行動をしながらもカクズンはしゃべり続けていた。



「だけどな、俺のこの催眠をかける目の能力が効かない人間が、二人も居るなんて邪魔なんだよ!」



 持ち上げた俺の身体を、勇者カクズンはそのまま前方へ放り投げる。

 つまり崖の方へ。


 フワリとした感覚のすぐ後に、背筋が凍るような下へ引っ張られる重力の感覚。

 俺とブランさんの身体は崖の向こうへ落下していった。





 落下しながら必死にブランさんの身体を引き寄せる。

 胸の辺りに彼女の頭が来るように抱き締めながら周囲を素早く見回す。

 崖の途中から突き出た樹の枝が見えたので足をそちらへ伸ばす。


 引っ掛かった!

 激しい衝撃が身体にかかりながら落下スピードが止まる。

 だけど安堵あんどしたのも束の間、枝がボキリと折れて俺たちは再び落下。


 だけど今度は思ったよりも早く水に落ちた。

 あの木の枝で減速したのがやっぱり良かったんだろう。

 予測していたよりも少ない衝撃で水中へ。


 そのまま俺たち二人は、川の水にみくちゃにされながら流されていった。



*****



 ブランが覚えているのは、落下中に洋児に抱き締められたところまでだ。

 着水の衝撃と共に意識が途切れ、次に気が付いた時にはどこかの河原に流れ着いていた。


 運が良い。


 それが最初にブランの頭に浮かんだ事だ。

 彼女を抱き締め続けている洋児の腕をほどいて、身体を起こした彼女が。

 途中で滝から落ちたり、岩に叩きつけられていても命が危なかっただろう。

 そもそもおぼれ死ぬ確率のほうが高かったはずだ。


 そんな身体を起こしたブランの視線の先には、まだ広がる森。

 さっきの森と同じものかどうかは分からない。

 だが、とりあえずあそこの森へ洋児と身を隠すのが良さそうだ。


 そう考えて彼女は洋児の身体を引っ張った。

 さすがに男は高校生にもなると、かなり身体が重くなる。

 必死の思いでブランは、彼の身体を引きっていった。



 そうしながら、彼女は崖から落ちた時の事を思い返す。


 ブランの顔が赤かったのは、洋児の身体を必死に引っ張っていたからだけではない。

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