第38話 森をなめてはいけません

【マロニーside】



「ぶはははは! 結局そんで勇者をやる事になったんかいな、マロニー!」



 企業ブラックの来客用のソファーに座って、顔を両手でおおって落ち込むマロニー。

 その彼の目の前に立って、腹を抱えて笑う美少女。

 黒髪だが日本人離れした容姿、目を凝らすと判明する長い耳。


 マロニーと笛藤フェットチーネ女史、彼らの家で一緒に暮らすエルフの少女、ブランだった。

 マロニーが宿の個室に閉じこもり、人目が無くなったタイミングで日本に戻って来たのだ。

 

 あの後ヴァーミリオンたちから得た情報を整理したかったのと──愚痴を言いたかったから。

 しかし事の顛末を聞いて、涙さえ浮かべながら笑う目の前の少女に、顔を上げて反論するマロニー。

 こちらも涙目だが、表情はドン底だ。



「笑い事やないぞブラン! こっちの話に聞く耳持たれんで、勇者って騒がれるんがどんなに辛いか」


「で、でもでもたまにはええやんか。ぷくく……。その世界にマロニーの名前をおおっぴらに広げてきぃな。あーっはっは!」


「あーもう分かったよ。そんな事より洋児くんと勇者の方や。名前はカクズンって連中は言ってたっけ」


「二人とも、もうちょい声を小さくしてちょうだい」



 会社の執務室で繰り広げられるマロニーとブランの会話に、笛藤女史がそう声をあげる。

 パソコンでの入力業務をしている彼女の、少し強めの口調。

 しかしそれを耳にした瞬間、マロニーとブランの二人は一瞬で床に土下座した。



「「騒ぎ過ぎてすみませんでしたフェットチーネ様!」」



 ため息をついて眼鏡を外すと、目と鼻の間あたりを指先で揉みながら立ち上がる笛藤女史。

 彼女のその仕草に、一挙手一投いっきょしゅいっとうそくに、震えあがるマロニーとブラン。

 彼らの家庭内ヒエラルキーを感じさせる。

 しかし彼女は自身もソファーに座ると目を閉じて、意外にも穏やかな声で二人に声をかけた。



「本当の意味での英雄とか勇者なんて呼称は、案外と本人の望むと望まざるとに関係なく、そうなっていくのかもしれへんね」



 マロニーとブランの二人は、恐る恐る顔を上げた。

 そこには包み込むような笑顔で二人を見つめる笛藤女史。

 特にマロニーを。



「ブランちゃんの言う通りやでショウ……マロニー。貴方の相棒だった人のその名前、轟かせるんでしょ?」


「フェット……」



 今にも涙がこぼれそうな目で、感極まったように自分のパートナーを見るマロニー。

 そんな彼を苦笑いしながら「やぁねぇ」と、軽くあしらう彼女。

 軽く右手をパタパタと振りながら続けた。



「そんな顔したらあかんって、ショウ。それよりも貴方が聴き取りしてきた、カクズンって勇者の相手のスキルを奪う能力の事が気になんな」


「ああ」



 気を取り直したように顔つきを引き締めたマロニー。

 立ち上がると、自身も彼のパートナーの横に座った。

 ブランも同じく真面目な顔になって、マロニーの対面のソファーに腰掛ける。



「ヴァーミリオンたちから聞いた勇者カクズンの性格から考えると、恐らくはもう洋児くんの能力は『奪われて』いるだろうな。


「そやねえ、あの世界の人たちだけからしか奪ってへんのなら、



 いくぶん謎めいた会話をするマロニーと笛藤女史。

 そこまで言って、マロニーと彼女の二人はブランを見た。



「悪いな、ブラン。学校も忙しいやろうに」


「気にせんでええって。偶には二人に恩返しもしたいし」


「ブランちゃん1人で大丈夫? 私も一緒に付いて行かんでもええ?」



 まるで母親のように心配する笛藤女史。

 それを聞いた瞬間、社長のベイゼルが頭を上げた。

 書類とパソコンの画面と睨めっこして疲れ切った目をしながら。

 同じく疲れ切った声で彼らに言った。



「いや笛藤くんには、今日中にそこの書類を打ち込んでもらわないと困るのだがな」


「ぎゃふっ!」



 その言葉を聞いて断末魔の悲鳴をあげた笛藤女史。

 目の下にクマを作った上司にそう言われたら、さすがの彼女も従わざるを得ない。

 それこそ先程のマロニーのように、涙目で落ち込みながら自分のパソコンの前に歩いていく。



「ううう……。ゴメンなブランちゃん」


「大丈夫やってフェットチーネさん。1人でもバッチリ……とまでは断言でけへんのは当たり前やけど、頑張るわ」


「何とか洋児くんとコンタクトを取ってくれ。もちろん勇者には気取られへんように。その上で彼の状況確認を頼む」


「了解やで、殿


「お願い、それもやめて(泣)」



*****



【洋児side】



「あーあ、町に戻ったら新しい仲間を手に入れるか。出来たら可愛いくて従順な女が良いな」



 後ろでそんな最低なセリフを言いながら、勇者は俺の後ろを歩く。

 俺は手にした棒で森の中の茂みを払いながら奴の前方を進んでいた。

 寝不足で頭がぼぅっとする。


 夜、野宿する時も火の番と見張りは俺で、勇者は何もせずにずっとイビキをかいて寝ていた。

 それがここ二晩。

 疲れも抜けなくて身体が重い。


 そんな状態だから、周囲への注意がおざなりになっていたのにも気付いていなかった。

 ハッと我に返った時には、すでに森の中で独りぼっち。

 立ち止まって耳を澄ませても、鳥の鳴き声と森のざわめき以外に何も聞こえない。


 ヤバい!


 こんな初めての森の中で取り残されたら、どう進んで良いか分からない。

 例えムカつく勇者といえども、奴にナビゲーションしてもらわないといけないのに!

 俺はこの時はじめて、ザァッと血の気が引くという感覚を味わった。


 どうして良いのか分からず、途方に暮れてその場に立ち尽くす俺。

 ただでさえ寝不足で頭の中にもやがかかっているような状態じゃ、いいアイディアだって浮かばない。

 もしかして俺ここで、こんな所で遭難して死んでしまうんじゃ……。


 ガサリと音が鳴った。


 血の気が引いた状態に、さらに恐怖が加わる。

 魔物!? 野生動物!?

 今まで相手にしてきた弱い相手なら良いけど、手に負えない強い奴だったらどうしよう?


 どう対応すべきか分からないまま、無意識に手にした棒を構える。

 血の気が引いて感覚の怪しい手に、何故か冷たい汗がにじむのだけはハッキリ感じる。

 そんな俺に、音がした方向から女の子の声が聞こえた。



「ちょっとちょっと、そんなに警戒しないでよ。1人で森の中に取り残されて、不安なのは分かるけど」



 何だ?

 聞き覚えのある声な気がするけど、必死に思い返しても誰だったか分からない。

 相手の正体が判明しないので緊張を解けない俺。

 その俺の前方にある木の後ろから、人影が現れた。



「やあねえウチよ、ウチ。マロニーの家で顔を合わせたブラン。だからその棒をろしてよ」



 出てきた人影は何故かサングラスをかけていたが、俺に近寄りながらそれを外す。

 その顔を見てようやく記憶がガッチリと噛み合った。

 あのたこ焼き屋の香りまで鼻に漂っているぐらいに、頭にあざやかによみがえってきた。



「え……と、話し方が──あ、そうかここは異世界だから、関西弁も標準語になるのか」



 女の子は、ブランさんは、俺の目の前までやって来ると、腰に手を当てて仁王立ち。

 少し困惑した顔で俺を見上げた。



「ウチからしたら、妙に気取った話し方してた洋児くんが、普通に話せるようになったって感覚なんだけどね」


「ははは、そういやそうなるのか。お互い様って事だね」



 そうブランさんに返事をした瞬間、今まで溜め込んだ疲れと不安と恐怖が溢れ出した。

 俺は目から涙が流れ落ちるのも気にもせず、その場にへたり込んで動かなくなる。

 ブランさんはそんな俺の頭に、優しくポンポンと手を置いてくれた。

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