第37話 『勇者』の謎

【洋児side】



 俺は目の前の弱っちい魔物……多分ゴブリンと戦っている。

 その戦いをしている間に、ここしばらくの1ヶ月間ほどのマロニーさんとの特訓を思い出していた。

 油断こそ出来ないが、考え事が出来ないような魔物じゃない。




 あの学園の悪霊を退治した後に受けた依頼。

 その後に行った異世界での時間で色々な知識や技術をマロニーさんに教わった。

 この“仕事”をする上での心構えなんかも。



「利用できるものはそこら中に転がっている」



 特訓中に何度も言われた言葉。

 何故かいつもお酒のビンを片手に持っていたけど。

 マロニーさん曰く、師匠役はお酒飲んでるかエロ本読んでるかしてるのが定番だろうと。


 それ漫画とかアニメの中だけじゃないかな。

 つか、お酒のビンを持ってるだけで全然飲んでないじゃん。

 ……というツッコミを入れたら、気分の問題だとか、形から入る主義だとか返されるんだろうけど。



「自分の持ち物をよく確認しろ。それを構成する部品レベルでだ。そして周りもよく確認しろ」



 そんなセリフを、ランニングや腕立て伏せをしてる最中に言われるもんだから大変だ。

 これもマロニーさん曰く、戦っている最中に頭を使えるようにしないと効果が薄いとの事。

 それをマロニーさんも、俺と一緒にランニングや腕立て伏せをしながら言うから文句を言い返せない。

 ますます酒ビン意味無いじゃん。





「ほら早くそのゴブリン殺せよ。役に立たねえ奴だな!」



 後ろから勇者が怒鳴どなる。

 思わず怒りが込み上げるが、ぐっと堪えた。

 マロニーさんも言ってたじゃないか。「どんな能力にも穴はある」って。


 俺はマロニーさんから習った、杖での戦い方を駆使してゴブリンと渡り合う。

 あの片目のエルフが言った通りだった。

 杖というより、棒での戦い方を知っていると色んな場面に対応しやすくなる。


 適当な棒状の物があればそれでいけるのだから、調達も容易だし。

 この杖も、さっきの神殿に転がっていたのを適当に拾って使っているからな。

 とか考えている間に、ゴブリンの頭をようやく叩き潰して倒す事ができた。

 はぐれゴブリンだったらしいから、一匹だけでうろついていたので何とかなったぜ。



「ちっ! 男のくせにゴブリン一匹始末するのに手間取り過ぎだぜ。次に役に立ちそうな奴を手に入れたら、お前なんか追放してやるよ」



 さすがに我慢出来なくなって、後ろの勇者をにらみつけた。

 そうだ、こんな奴なんか放っておいて先に逃げ出したらいいんじゃないか!?

 勇者はそんな俺の視線にも平然とした顔で、腕組みしたままだ。

 薄ら笑いすら浮かべて見下したように俺に言い放つ。



「何だその目は。この勇者カクズン・サーワヤに逆らうつもりかよ。無駄だってまだ分からねえのか」



 勇者カクズンの目つきが変わる。

 こちらこそ何だよ、その目は。

 あやしく光る、勇者の目を睨みながら俺は考える。


 お前なんか、いつも他人におんぶに抱っこで何もしないじゃないか。

 ここで俺が見捨てて逃げ去ったら、コイツなんて──悔しいけど、呪符が使えるようになるまで我慢するしかない。


 ……あれ? いま俺、何か大事な事を考えていたような気がするけど、何だっけ?


 俺は首を捻りながら向きを変えると、勇者カクズンの前を歩くのを再開する。

 頭がスッキリしないけど、寝不足だったかな。

 そんな風に考えながら、俺は次の魔物を探して辺りを見回し続けた。



*****



【マロニーside】



「俺はヴァーミリオン。田舎の平民の出身だから苗字家の名は無いぜ」



 酒場の机に座って酒がきたなら、あとは会話だ。

 マロニーが新たに加わったのだから、今回の酒のさかなとなる話題は、お互いの自己紹介となる。


 最初に名乗ったのはリーダー格の戦士の男。

 マロニーの対面に座った彼からだった。

 この世界では、貴族以外は苗字が無いのが普通らしい。

 それは、次に自己紹介した魔術師の少女からもうかがえた。



「私はマゼンタ・モーヴ。ヴァームと同じ村の田舎の平民だけど、魔術師の師匠から免許皆伝貰った時にモーヴ門下生を名乗れるようになったのよ」



 最後の自己紹介は僧衣の青年セイル。

 物腰や話し方から想像していた通りの貴族出身のようだ。

 そんな彼は、やや歯切れ悪く話す。



「僕はセイル・リアン。一応、北の田舎貴族のリアン家出身ですが……」


「よくある貧乏貴族で、家督かとくが継げなかったから追い出されたんだよな」


「『中央の』貴族にびる事と、金のかかる貴族としての振る舞いを要求される事を思えば、どちらが恵まれた立場なのか分かりませんがね」



 途中のヴァーミリオンのにも苦笑いだけで受け流すセイル。

 なるほど、こういう余裕があるように見せる受け応えは見習わないといけないな、と感心するマロニー。

 そのまま彼も当たり障り無く自己紹介する。



「マロニーだ。ちょっと説明が難しいが、はるか遠くの地からやってきた。魔法以外の事なら大抵できると思う」



 冒険者は他人の過去を詮索せんさくしないのが不文律ふもんりつな事が多いが、この世界でも同じなようだった。

 本人が語らない以上は深入りは避ける。

 マロニーが自分の事をくわしく語らなかったのにも、ヴァーミリオンもセイルも気にした様子は無かった。


 だがただ1人、自身の好奇心を抑えきれなかった人物がいた。

 魔術師の少女マゼンタだ。

 マロニーに、魔術師の少女マゼンタはおずおずとした態度で質問をしてきた。



「あの、ところでマロニーさんは……エルフじゃないんですか?」


「なに!?」


「ほ、本当だ! 耳が……」



 驚くリーダーと僧侶の2人。

 マロニーは苦笑いしながらマゼンタに答えた。



「ちょっと訳ありでね、目立ちにくいように耳隠しの魔法をかけてる」


「魔王軍との戦いの最前線に近くて、人がたくさん集まるこの町だからまだエルフは見かけるけど……。1人でよくブラつけていたな、あんた」



 酒盃を片手に、マロニーの耳をジロジロと見つめるセイルとヴァーミリオン。

 しかしマゼンタの追求はこれで終わらなかった。

 声をひそめて、同卓の仲間たちだけに聞こえるような声で質問を続ける。



「それで……私の見間違いでなければ、だけど。あの神殿の奥で、襲ってきた『魔族』を倒してましたよねマロニーさんは」


「魔族。あれが。もしかして倒したらマズかったか? 魔王軍に伝令でも行くのか……?」



 パーティーに合流する前の話だ。

 確かに彼は突然現れて襲ってきた魔物を、日本刀『紅乙女』で一刀両断にしている。

 それを見られていたようだ。


 だが隻眼せきがんのエルフのセリフに唖然あぜんとした表情の3人。

 それを見て、どうやら見当違いの答え方をした事に気付くマロニー。

 リーダーのヴァーミリオンが呆然としたようにつぶやいた。



「高位の『魔族』に傷をつける事が出来るのは、勇者だけが扱える聖剣の、神のオーラのみ──」


「いや、俺が倒したのが高位の魔族かどうか、まだ分からな……」



 そう言って、ヴァーミリオンの言葉をやんわりと否定しようとしたマロニー。

 しかしそんな彼の努力もむなしく、即座にマゼンタが力強く叫んだ。



「高位の能力を持つ魔物の一族『魔族』が転移出現する時は、赤黒いオーラと共に。見間違みまちがうはずは無いです!」


「え〜……」



 確かに襲いかかってきた魔物が現れる直前には、赤黒い光が発生していた。

 マロニーはその事を思い出す。

 洋児くんの為に、目立たず色々と工作しようと考えていたのに。


 どう反応して良いか分からず、表情を消した顔に冷や汗を浮かべる隻眼のエルフ。

 彼の使う『紅乙女』は退魔の能力を持つ神刀だから、神のオーラは持っているだろう。

 だが攻撃が通じる手段が限られている可能性には、考えが至らなかった。

 そんなマロニーを興奮気味に立ち上がって取り囲む3人の仲間たち。



「すげえ、勇者はもう1人いたのか!」


「いや、俺は勇者なんかじゃ……」


「もしかしたらカクズンにごうを煮やした神が、新たに勇者をつかわしたのかもしれません!」


「いや、これは昔から……」


「昔から!? 何てこと! もしかしたらマロニーさんこそが真の勇者なのかも!!」


「待って、話を聞いて。俺は勇者じゃないです」


「カクズンと違って、なんて謙虚な人……いえ、エルフなんでしょう!」


「いや、だから……」



 話せば話すほどヒートアップする仲間たち。

 マロニーはドツボにはまっていく自分を感じて、思わず涙目になった。

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