第36話 追放ザマァは突然に

「洋児くん、とりあえず君を追放する」



 藪から棒にマロニーさんから俺はそう告げられた。

 だから当然、俺は彼に尋ねる。

 当たり前だ。



「突然なにを言い出すんですかマロニーさん」


「いや目の前の、信じていた仲間から裏切られて理不尽な理由で追放された勇者くんをこちらへ引き込むには、こちらもパーティーの空きを作らないとな〜って」



 と、俺たちの前にうずくまっている勇者を見ながら言うマロニーさん。

 当の勇者は、言い合いをしている俺たちを困惑の表情で見つめている。



「いやゲームじゃないんだから、パーティーの人数制限が決まっている訳ないでしょう。ってか、俺とアンタの二人だけなのにパーティー追放って何なんスか」


「理不尽に追放された者がもっと良い人材にスカウトされて成り上がり、元の仲間をザマァするのはお約束じゃないか」


「(甲高い裏声で女性っぽく)『あらちょうど私達のパーティーに空きが出来たところなの、貴方ウチのパーティーに来ない?』ってか!? 目の前で空きを作られたら余計にドン引きされるでしょ!」


「目の前で減らしたほうが分かりやすくて良いだろう?」


「めちゃくちゃな理由で追放って、むしろザマァされる悪役じゃないですか」



 そう言ったのが不味かった。

 マロニーさんはしてやったりと言った表情になると、右の手の平を左の義手でポンと叩いた。

 そしてニヤリと笑うと俺に言う。

 少しドヤ顔なのがムカつく。



「おお、そういえばそうだな。では理不尽に追放された洋児くんが、こちらの勇者と組んで俺にザマァしに来てくれ」



 マロニーさんは、右手に持った日本刀『紅乙女』を肩に担ぎ、義手の左手を腰に当てて今度こそはっきりドヤ顔。

 今にも「計画通り!」と言い出しそうだ。



「俺は勇者を追放した連中のパーティーに潜り込んで、破滅フラグを連発させておくから」


「テメェ最初からこの状況に持っていくのが狙いだったな! 回りくどい事しやがって!」



*****



 俺は少し途方に暮れて周囲を見まわした。

 おそらくは、色んなトラップが仕掛けられていたダンジョンであろう神殿を。

 なにしろ俺たちが転移した先は、この勇者が追放される現場のすぐ近くだったから想像でしかないけど。


 マロニーさんは行ってしまった。

 あの人なら、トラップだらけのダンジョンを余裕で踏破できそうだし、心配はいらないだろう。

 この目の前の勇者(?)を追放した他のパーティーメンバーにも、すぐに追いつけるだろうな。


 俺はもう一度、地面にへたり込んだままの勇者を見た。

 ぎりぎりイケメンと言えなくもない微妙な顔立ち、髪の毛は茶髪。

 だけど眉毛が黒いから頭は脱色してるのだろうか?


 なんか装備は豪華で強そうなんだけど、ヒョロリとした印象で少々頼りなさげ。

 黒い眉毛と脱色してる印象の髪で、なんだかチャラい印象を受ける。

 偏見かもしれないけどさ。


 俺は観察をそれぐらいにして、彼に手を差し伸べる。

 俺を見た彼の年齢は、20代を超えているように感じた。



「あの、俺も相棒に置いていかれたんで、2人で協力してここから出ませんか?」


「お、おう……? なんだか良く分からんけど、よろしく頼むぜ」



 勇者という肩書きから予想していたよりも、横柄な口調に面食らいながら、彼の手を掴んだ。

 立ち上がった彼の背丈せたけは、意外にも俺より高かった。

 やっぱりヒョロっとした感じで頼りなさげだけど。


 与志丘さんが着ていたような薄く輝く武器防具を着ていて、かなりの高性能を感じさせる。

 第一印象はともかく前衛は任せても大丈夫そうだ。

 あれから身体は鍛えてはいるけど、やっぱり俺は基本的に呪符を使った後衛向きの戦い方だからな。



「あの、見ての通り俺はほぼ丸腰なんですけど。このおふだを使って後ろから支援は出来ますので、前衛はお願いしますね」


「は? 何言ってんだお前、俺は勇者だぞ? パーティーメンバー全員で俺を守るのが当然じゃねえか。お前が前だろうがよ」


「はい?」



*****



 ──ちょっと判断をミスしたかもしれない。


 マロニーがそう考えたのは、勇者を追放したパーティーに潜り込んですぐの事だった。

 マロニーと洋児が物影から様子を見ていた時に、中心となって率先して勇者を追放した戦士。

 彼のかたわらでこのパーティーメンバーの人となりを見ていて、そう判断せざるを得なくなったのだ。



「あの、助かりました。これはほんの気持ち程度ですがおれいです」


「水くせえな婆ちゃん、困った時はお互い様だろ? 行く先がたまたま同じだったから歩きの辛そうなアンタを背負っただけだよ」



 彼らのパーティーに入り込んだ、神殿からの帰り道。

 隊商からはぐれたのか、1人で不安げにヨロヨロ歩いていた老婆を見かける。

 彼女に人の良さそうな笑顔を向け、彼女の荷物ごと背中におぶったリーダー格の戦士。

 しかし他のメンバーは、「またか」といった表情でニコニコとその光景を眺めていた。


 その後も彼らは襲い来る魔物を退治したり、何日も飲まず食わずだという老婆に水や食料を分け与えたりと、地球でもなかなか見ない好漢ぶり。

 そして先ほどのセリフは、近くの町の前まで来た時のやり取りだった。



「そうは言っても、水や食料を分けて頂いた上に、魔物から守って下さったのに」


「まぁまぁ。どうしてもというなら、我々のリーダーである勇者カクズンの名を広めて頂けると嬉しい。いま彼は所用で別行動していますが……」



 と、思慮深そうなローブの少女がとりなす。

 それを聞いて老婆は困惑顔。



「はぁ……。勇者様の御高名を皆に伝えるのは喜んでさせて頂きますが、直接助けて下さった貴方がたに御礼できない心苦しさはどうすれば……」



 それまで黙っていた、僧衣を着た好青年がタイミングを見計らって割って入った。

 人差し指を立てて「ではこうしましょう」と言いながら。



「ヴァーム……ヴァーミリオン、彼女から報酬を受け取ってください」


「ん? お、おう……。だけどよ、セイル」


「いいから」



 言われてリーダー格のヴァーミリオンと呼ばれた青年は手を突き出し、老婆からコインを受け取る。

 セイルと呼ばれた僧衣の青年は、それを見てからリーダーに向かって言う。



「受け取りましたね、ヴァーミリオン。では、いま貴方は報酬を得て大変気分が良いはずだ」


「いや、そうでもねえんだけど」


「気分が良いんです、貴方は!」


「……お、おう」


「さて大変に気分が良い貴方は、珍しく誰かにほどこしをしたい考えが頭に浮かびました。そうですよね?」



 セイルの言葉を聞いたヴァーミリオンは、その意図をようやく把握したようだ。

 悪戯小僧のように「なるほど、そういう事か」と言って、ニヤリと笑うとセイルの言葉に続けた。



「あーめっちゃ気分が良いぜ今の俺は。お、こんな所に施しをしたくなるような婆ちゃんが居るじゃねえか。これ、恵んでやるよ」


「え?」



 ジャラジャラと老婆の手に、今しがた貰った報酬を全て戻すヴァーミリオン。

 彼に「あ、あの?」と返す老婆の言葉を聞いた様子もなく、彼女の肩を軽く叩く。

 そのまま彼らは、老婆に見向きもせずに歩き出した。



「ヴァーム、いくらなんでも今のは棒読み過ぎでしょう」


「あれが俺の話し方なんだから仕方がねぇだろ」


「顔を真っ赤にしながら言っても説得力無いわよ、ヴァーム」


「うるせえな、放っておいてくれよマァズ」


「アンタの照れ隠しは、この天才魔術師マゼンタには、まるッとお見通しよ」



 そこまで言って、マゼンタと名乗った少女はため息をつく。

 少し疲れた口調で言った。



「それはそうと、結局あそこにカクズンを置いてきたけど、これで危機感を持ってくれたら良いんだけどね」


「アイツがやる気を出してくれないと、魔王倒せねぇからな。あの聖剣でないと奴にはダメージ通らねぇし」



 と、リーダー格のヴァーミリオンも同調。

 僧衣の青年セイルは、そんな2人を励ますように話を締め括った。



「今はただ、彼を信じて待つだけですよ。とりあえず酒場で疲れを癒しましょう」



 彼らの会話を聞きながら観察を続けるマロニー。

 そんな彼に気がついたセイルは、彼に詫びるように声をかけた。



「ああすみません、マロニーさん。仲間に加わってもらったのに身内の話ばかりして」


「いえ構いませんよ、セイル・リアンさん。無理を言ってここに入り込んだのはこちらですから」



 言いながらマロニーは考える。

 今回は洋児くんに経験を積ませるために、大義のありそうな追放された勇者と組ませたが。

 と、前方の3人を改めて眺める。


 町の人間に、彼らに嫌な顔を向ける者は1人もいない。

 追放理由も、どうやら勇者の為に仕方なくやったようだ。

 彼らを眺めながら思考を続けるマロニー。



 組ませる人間は俺と洋児くん、もしかしたら逆だったかもしれねェ……。



 どこぞのうずまき忍者みたいなセリフを頭に浮かべる片目のエルフ。

 ちょっと嫌な汗が彼のひたいにじんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る