追放勇者と突然勇者はザマァの夢を見るか?
第35話 通りすがりのダーティーエルフ再び
夜の校舎を急いで移動する。
早くヤツから逃げなければ。
中央玄関。駄目だ出られない。
窓。耐震工事の補強で隙間が狭い。
そもそも自分が窓から出ることなど出来ない。
ヤツが来た!
とりあえず二階へ移動するしかない。
ヤツの気配がゆっくりと迫ってくる。
ここの階段からもう一度下へ……駄目か、ヤツに降りられないようにされている。
なぜこんな事に。
そんな考えが初めて浮かぶ。
だがヤツの姿が二階に現れた。
また移動だ。三階へはこの階段で上がれる。
追い詰められる。追い詰められている。
なぜだ。
なぜこんな事に。
分かっている。
はじまりは夜中の儀式。
紙に五十音のひらがなと数字と神社のマーク。
紙の上には指を離してはいけない硬貨が一枚。
それで呼び出し。
だが硬貨から指が離れていたので……ああ、それがこんな事になるなんて。
適当な教室に隠れてやり過ごす……。
そんな簡単な事すら自分には出来ない。出来ないのだ!
音楽室が近づいてくる。
始まりの場所。そして今や終点の場所。
何かが奥底から湧き上がってくる。
初めての感覚だ。しかしとてもよく知る感覚。
だがこんな事があって良いはずがない。
自分が恐怖を感じるなど!
自分は恐怖を与える側なのに!!
人間を追い詰めていく側なのに!!
もうそこに入れば逃げ場が無くなると分かっていても、それは逃げ込まざるを得ない。
そしてその通り、それは音楽室に入り込んだ。
もう今は理解している。
自分を呼び出した者が硬貨から指を離していたのは、意図してやっていたのだと。
自分を狩るために、あえて夜中の音楽室で呼び出しの儀式を行ったのだと。
音楽室に、その自分を追い詰めているヤツが入ってきた。
とうとうそれは、自らを追い詰めている相手に向かって言葉を発する。
「この我をここまで……。何者だ貴様!?」
「ただの通りすがりのダーティーエルフさ」
その言葉と共に、そいつは右手に持っていた刀を振るう。
凄まじいまでの退魔の力が宿る日本刀を。
銀閃が一条の線となって
*****
「終わったぜ、悪霊は消滅した。報酬は組織の方に。分かってるとは思うけどな」
学園長室に入って来ると、マロニーさんは待っていた学園長にそう言った。
俺とブランさんと一緒に防御結界魔法陣に入っていた学園長。
そのマロニーさんの言葉に表情を
「あ、ありがとうございます。助かりました」
だけどマロニーさんはポーカーフェイスを崩さずに返す。
厳しい表情だ。
「それはどうかな」
「え、それはどう言う……」
「あの手の悪霊は、生徒の負の感情や思考が集まって発生するものなんです。いずれまた新しい悪霊が生まれると思いますよ」
マロニーさんを引き継ぐように俺が学園長に答えた。
それを聞いて顔色が真っ青になった学園長。
「そ、そんな……」
急におどおどした態度になった学園長。
そんな彼をマロニーさんは冷たく見下ろす。
なんだか少しピリピリした雰囲気だな。
「なぜ悪霊が昔から狩り続けられてるのに、消えないと思ってる? なぜ昔から退魔師や陰陽師が消えずにいると思っている? そう言う事だ」
マロニーさんがこんだけ言ってもピンときてないっぽい学園長。
目の前の片目エルフは
「しかも今回のあいつは、イジメを苦に自殺した生徒の霊を多数取り込んでいた。いい加減に生徒のイジメを見て見ぬふりするのを止めるんだな」
だけどマロニーさんの言葉を
手慣れているなぁ。
「まぁまぁマロニー。そんときゃ、またウチらに依頼してくれたらエエんやしさ。学園長さんも生徒のケアにもっと気を使うようにして、悪霊を出来るだけ生まんように頑張りや」
そう言って、ブランさんは俺とマロニーさんを押し出すように学園長室から離れさせた。
学園の門から外に出て、しばらく離れてからブランさんは片目のエルフに説教じみたセリフを言う。
「もうマロニー。いくら気に食わんから言うても、もっと態度考えへんとアカンやろ」
「ムカつくんや。子供とまともに向き合おうとしないクセに、教育者でございみたいなツラしてるヤツが」
俺の隣を歩いていたブランさんは小さくため息。「気持ちは分かるけどな」と言いながら。
そして振り返って学園の校舎を見ながら続ける。
「まぁイジメがあるのを知りながら放置してたあの学園長も論外やけど、イジメを苦に子供が自殺するまで無関心で、死んだ途端に悲劇の主人公ムーブし始めた親も親やったけどなぁ」
黒髪で、十五、六ぐらいの見た目の女の子、ブランさん。
だがその顔立ちは少々日本人離れしている。
そんなブランさんに、片目のエルフは更に続ける。
「子供を道具としか思ってない連中が、俺は一番嫌いや」
「はあ、まあマロニーの過去を考えたら
マロニーさんの過去?
時々ちょいちょい意味ありげに出てくるワードだ。
思い返せば、三人の魔王からマサルさんとミコトさんを助けたときも「酷い目に遭ってる子供」が依頼受注の決め手だった。
そりゃまあ人が長年生きてきたら、他人に言えない過去の一つや二つあるんだろうけど。
だけどマロニーさんの、普段の
『いざ』という時になる前から、様々なことに対応する準備をしている抜け目の無さ。
出来ない事は無いんじゃないかと思わせる、多彩な技能。
いったいどんな人生を歩んできたら、こんな男になるんだろうか。
そんなマロニーさんを見る俺の視線に気付いたのか、彼は俺に話しかけてきた。
「なんや洋児くん、俺を見つめて。俺は同性愛の傾向は無いから、熱い視線で見られても気持ちに応えられへんぞ」
「馬鹿じゃねえの。誰がアンタにそんな感情持つか」
*****
「しかしまあ、何年か前から俺たち陰陽師や退魔師の界隈で
「そうなんか?」
「ああ、親父たちがよく話題にしてた。腕は良いのに調伏の仕方が荒っぽいって」
「1人でやっとったからな。だから今回は君が来てくれて本当に助かった」
「そうなのか?」
「ああ、依頼主を結界で守ってくれたり、悪霊の奴をあの校舎に封じ込めたり、な。俺1人だともっと手間がかかっていたよ」
俺とマロニーさんがそんな会話をしてるその後ろで歩いていたブランさん。
彼女は、1人でなにかブツブツ呟いていた。
「マロニー×安多馬洋児……。有り、か? いやいや洋児くんをもう少し童顔の美少年にしてマロニーは髪型をキッチリしたらどやろか? イケメン師匠と童顔美少年の弟子、退魔師の師弟で紡がれる禁断の愛。うん、これなら……」
なんだろう、良く分からない用語を並べながら、凄い早口で独り言を続けている。
こちらを見る視線も、妙な熱さをかんじるんだけど。
マロニーさんはそんな俺の態度に気が付いて苦笑した。
「ブランのあれは気にするな。……なんやったっけ、ドージンシ? とかコミックマーケティング? とかいうのを作るネタをいつも探しているらしい」
ああ、同人誌に某ビッグなサイトで夏冬にやってる即売会ね。
……エルフであの沼にハマってるって、なんだか業が深い気がするな(汗)
と、遠い目をしながら物思いに
「それはそうと、次の依頼がポンコツから来とる。ようやくマトモな依頼のやり方を覚えたようやからな、受けたで」
「はぁ、あの女神様がねえ……」
「明日の放課後からいけるか?」
「その前に、今回の俺の分け前と交通費は?」
「次のお給料に上乗せして払いますんで、ちょっと待ってください!」
一瞬で地面に正座して、俺に向かって土下座したマロニーさん。
は、速い!
やっぱりめっちゃ土下座し慣れてるな、このエルフ!
これからはドゲザラーと呼んでやろう。
心の中で。
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