第34話 マロニーさんの家庭の事情

「それでマロニーさん、こんな所で何をやってるんですか?」


「シャッチョーサン、タコヤキオイシーヨ」



 俺は目の前の片目エルフに声をかけるが、相手は他人の振りしてガイジンっぽい片言を返すだけ。

 眼科でもらうような白いガーゼの眼帯に変えているけど、見間違みまちがうワケねーだろ。

 目をらすと見える長い耳でバレバレなんじゃ!



「シャッチョーサン、タコヤキ2個サービススルヨ」


「2個2個で4つ追加」


「カンベンシテクダサイヨー」



 あからさまに俺と視線を合わさないようにしゃべる、怪しいエルフ。

 ここは目立たない通りの影に隠れるような店。

 とはいえ、そもそも金髪のガイジンがたこ焼き焼いてるだけで、充分目立つがな。



「はぁ。たまの休みに、陰陽師の組合に顔を出さないといけないから、関西に来たってのに……」


「ああ、それでこんな所をうろついとったんか」


「やっぱり言葉が通じてたんじゃねーか!!」



 突然、普通に話し出すマロニーさんに思わずツッコミを入れてしまう俺。

 黒いシャツ着用でエプロンを付けて、たこ焼きを焼いていたマロニーさん。

 話しながら、手慣れた様子で皿にたこ焼きを移す。

 それを奥のどこかに置くと、たこ焼きを焼いていた窓口のすぐ横の引き戸をガラガラと開けた。



「用事済ませた後なんやったら、中に入るか?」





 中は古臭い作りで、奥は居住スペースになってるみたいだった。

 店舗部分もお世辞にも広いとは言えない。

 むしろ積極的に狭いと言いたくなる感じ。


 1つだけ置かれている鉄板焼き用のテーブル。 

 そこに、さっきのたこ焼きを移した皿が置かれている。

 このテーブルとキッチンスペースで、店舗部分はギッチギチだ。


 すごい昭和なイメージの建物。

 いや、明治や大正時代に建てられたって言われても納得しそうだ。



「遠くからご苦労さんやな。特別サービスにそのたこ焼き全部食べてええよ」


「……何のウラがあるんですか? 


「育ち盛りの若人わこうどを応援しよかってだけや。その代わりと言っちゃなんやけど、なるべく早く食べてくれると嬉しいな。俺はこのちょい後で外出するから」



 エプロンを外しながらそう言うマロニーさん。

 焼きたてのたこ焼きを早く食べるの、結構大変なんだけど。

 とか考えてたら、奥から顔を出す人影がひとつ。



「ショウ、ウチそろそろ準備完了やねんけど」



 と、声をかけてきたのは見知らぬ女の子。

 俺の顔を見て当然のようにマロニーさんに訊ねる。



「うん? こいつ誰なんショウ?」


「ショウ?」



 そこには、俺と同年代ぐらいの黒髪の美少女が居た。

 初対面かつ突然なのもあって、俺は間抜けなオウム返ししか出来ない。

 ってか、ショウって何なんだよ!



*****



「ああ、この子が以前から言うてる会社の新入り、安多馬洋児くんや」


「へ〜」



 マロニーさんの説明に、すぐに興味の無さそうな返事を返された。

 くっそお!

 なので(?)こちらも質問を返させてもらった。



「マロニーさん、この子は……こちらのお嬢さんは?」


「前からちょいちょい話してる、俺が面倒見てるエルフの子」


「ブランや。よろしくやで」



 Vサインをこちらに向けて自己紹介する女の子。

 くっそお!

 満面の笑みでやられると可愛く思えてくるじゃねーか!

 そして耳を注視すると、マロニーさんが言っていた通りに長いエルフ耳。



「同じエルフや言うてもウチは、ショウ……マロニーとは違う世界から飛ばされてきとるから、そこん所もよろしくな」


「違う世界?」



 思わず反射的にそう返してしまった。

 だけどマロニーさんは、俺の疑問にも特に変わった感情を見せることも無く説明してくれる。

 彼ら的にはよくある事なんだろうか。



「洋児くんも俺と一緒に、いくつかの異世界を見てきたやろ。ああいった世界ごとにエルフはるし、生態や定義も違ってくる」


「ウチは、元の世界では遺伝子工学で生み出された新しい種族みたいでな。まだ自分らでも大まかな平均寿命が分かってへんねん」


「タリスの世界では、エルフもドワーフも人間と寿命が一緒らしいしな」


「皆いろんな所から来てるんだ」



 と、俺が漏らしたのはそんな当たりさわりのない感想。

 それで話の区切りが一旦ついたからか、マロニーさんが「たこ焼き冷めるで」と言ってくれる。

 少し時間があいたからか、たこ焼きは食べやすい温度になっていた。



「それでその、ショウってのと、ここでたこ焼きを焼いているのはどういう理由なんですか?」


「ショウは俺の本当の名前」


「へえ、意外と日本人っぽい名前だな……って、そんな簡単に俺に教えても良かったんですか!?」


「マロニーを名乗ってるんは、別に正体を隠すためやないからな」


「じゃあどういった理由で?」



 俺の疑問に答えたのは、ブランを名乗った女の子。

 気のせいか、視線が少し寂しそうな感じになった。

 ただ、今はその事を聞くべきじゃない、とも思わせた。



「ショウの死んだ相棒。その名前だけでも世にとどろかせたいから、やな」


「色々と事情があって表の社会では無理やから、せめて裏の世界だけでも……とな」



 ブランさんの後を引き継いでマロニーさんがそう話を締める。

 いやまだ疑問は残ってるんだって。



「で、たこ焼き焼いてたのは?」


「今の『色々な事情』絡みで、表社会で正体バレない為のカモフラージュ。一応、俺は公式には死んだ事になっとるから」


「そういえば確か以前、本家の道場に乗り込んできた時にそんなこと言ってましたね」


「あー、そういえばそやったな」



 ふふふ、それ以外もしっかり覚えてるぜ。

 あの時のマロニーさんと社長の反応もね。



「そして元アメリカ大統領直属の秘密組織のエージェント」


「それは忘れろ」



*****



「ただいまー。あら? まだ出発してへんかったのショウ。……って安多馬くん!?」



 そんな時に店に入って来たのは、なんと笛藤さん!?

 白っぽいラフな感じの服にジーンズ姿。

 それでいて綺麗な体のラインはくっきり出てる素敵ファッション。


 ビニール袋を下げて、ガサガサ音を立てながら声をかけてきた。

 その格好や仕草には、染み付いた生活感があふれている。



「ん、そろそろ出るよフェット。俺はもう着替えたら出発できる状態やから」


「あ、あの~。なんで笛藤さんがこんな所に?」



 当たり前のように笛藤さんへ返事するマロニーさんへ、俺はそう疑問を投げる。

 うっすら分かってるけど、なんか分かりたくない。

 そんな俺の思考をあっさりと打ち砕くマロニーさん。



「なんでって……フェットは俺の嫁やから」


「は?」


「あ、そう言えば安多馬くんにはまだ言ってへんかったっけ、ショウ?」


「マロニーさんの女性の好みって太目なんでしょう!? 笛藤さんは全然タイプと違うじゃないですか!!」



 いやいや本当、あの太った王妃とのキザなセリフのやり取りは何だったの!?

 くそっ、与志丘さんと矢間崎くんが以前に思わせぶりな笑いをしてたのはのことか!

 ブランさんが「あ~」と言いながら、あわれみの視線を俺に向ける。

 苦笑いしながらフォローをしてきた。



「ショウは見た目よりも中身派やから……」


「凄い正論なんだけど納得いかねええええええ!!!!」



 俺は頭を抱えて顔を天井に向け絶叫した。



*****



「……あ~、そう言えばどこかに出かけるんでしたっけ。そろそろ俺、おいとまします」



 まだ正直さっきのショックから立ち直りきれてないが、なんとかそう言えた。

 だけどマロニーさんは顎に手を当てて少し考える。



「ふむ……洋児くん、よかったら一緒に来るかい?」


「はい?」


「ちょいと、ある地方私立寄宿舎学校に出る悪霊を退治する依頼に行くんやけど、きみの陰陽師の腕を貸してくれると嬉しい」


「あ、さっき出かける用事って言ってたのって……」


「その通り。どないや?」


「はぁ……まあいいですよ。たこ焼き食べさせてもらったし」



 俺の返事にニヤリと不敵な笑顔で返すマロニーさん。

 そしてすぐに手を合わせて上半身を倒す。

 今度は情けない声で俺に懇願こんがんしてきた。



「それと、ちょっとこの前の城の襲撃に来てもろた、勇者たちへのお給金でふところが厳しいから、交通費は自前で頼む!」


「ふざけんな! だったら報酬の分け前は余分にもらうぞオッサン!」

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