第32話 与志丘さんと安多馬くんの家庭の事情
ガチャリと音がすると、その男は俺の部屋に入ってきた。
「やあ洋児くん。
「俺は何も注文してませんよ、マロニーさん。勝手に商品を着払いで送りつける詐欺みたいな事しないでください」
「ノリ悪いなぁ洋児くん。関西で上手くやっていけへんで?」
「ここは関西じゃないですから」
とか言ってる間にズカズカ部屋に入ってきたマロニーさん。
部屋の真ん中に置いてるちゃぶ台サイズの置き机に、ビニール袋に入った小さな箱を置いた。
漂ってくる美味しそうな匂い。
「関西では有名な肉まんや。まだ温かいと思うから、今のうちに食べたらええよ」
「ありがとうございます。遠慮なくいただきます」
そう返事してビニール袋から箱を取り出して開ける。
取り出して頬張ると、もっちりした皮の食感とほんのりと甘みのある味が口の中に広がる。
「すげえ。コンビニの肉まんと全然違う」
「そやろ」
「あ、もう一個はマロニーさん食べてください」
「育ち盛りなんやから、洋児くんが全部食べたらいいよ」
「ありがとうございます」
恥ずかしながら、マロニーさんを忘れて2個とも夢中で食べた俺。
マロニーさんはニコニコ笑いながらそんな俺を見ていた。
「ところで、例の件は上手くいってるんですか?」
食べ終わったあたりでマロニーさんに聞いた。
俺の脳裏に浮かぶのは、当然あの時の矢間崎くんが王様になった後の事。
カチコミに行く事前に交わされていた密約。
「ああ、今のところ順調に進んどる。今は屋根に太陽光パネル貼り付けてるところかな」
「あー、分かりやすい現代技術チートだ」
「すごく高かったんやぞ、あれ……」
床に四つ
いわゆる初期投資とはいえ、大変だよな。
だけど太陽光パネル発電で、こちらの機械の一部が使えるようになるのは、とんでもないアドバンテージだ。
「しかしあの国に冒険者ギルドが無かったなんて意外」
「あの王様が潰しちまったみたいやな。お手軽に呼べる召喚勇者が居るから、冒険者なんて要らんって」
四つ這い落ち込みから復帰したマロニーさんが教えてくれる。
あー、あの太ったオッサン王様なら言ってそうだなぁ。
マロニーさんはニヤリと、少し悪そうな笑みを浮かべた。
「まぁせやからこそ、俺たち企業ブラックの冒険者ギルドが食い込む事が出来たんやけどな。結果オーライや」
「与志丘さんがギルドマスターやるんでしたっけ?」
「うんそう。あの子も元々、この世界にそれほど
彼女も……か。
やっぱり召喚される人間ってのはその手の境遇が選ばれるんだろうな。
「与志丘さんも矢間崎くんと同じ……」
「うーん、どうやろ。彼女、毒親シングルマザーのネグレクト育ちやから、割と積極的にこの世界から離れたいんと違うかなぁ」
「え?」
いきなり
以前、城の部屋で話した時にはそんな事これっぽっちも話してなかったのに。
出会って間もない俺に、そんな深い所まで話す訳ない、と頭では分かっているけれど。
「親が離婚したんは中学に上がった辺りらしいけど」
「全然そんな風に見えなかった……」
「離婚理由は、父親が娘ばかり可愛がって妻の自分にかまってくれなかった事。組織の女性が、周辺の声も含めて聞き取ったから間違いないと思う」
マロニーさんがどこか遠い目をしているのにようやく気がついた。
それは与志丘さんとの出会いを思い出しているのか、自分の過去を思い出しているのか。
今の俺には、まださっぱり見当もつかない。
「んで離婚後は、働かんとパパ活みたいな事ばっかりやっとったみたいやな。すぐに娘が邪魔になり、生活も
「それがなんでマロニーさんの所へ」
組織、組織か。
マロニーさんやタリスさんの口ぶりからすると、ヤクザ的な奴なんだろうけど。
「……俺が借金の取り立て役やったから。誰がやっても嫌な役は、組織の連中だって嫌やからな」
「ああ、マロニーさんもタリスさんの組織に借金してるんでしたっけ」
「まぁそういう事。嫌な役目は、立場の弱い奴に回ってくるんは世の常やし」
渋い顔で
やっぱり自分も相当やりたくない仕事だったんだろうな。
「そんで、ママに……向こうの組織のトップにな、最近取り締まりの厳しい風俗に沈めるより、俺の会社で働かせたらどうだって」
風俗に沈めるって……。
リアルでそんな言葉を聞くとは思わなかった。
異世界であんな活躍した本人が言ってるから、余計にギャップが激しい。
「母親がその後どうなったかは知らん。彼女も……与志丘さんも気にした様子は無いし」
そこまで言って、マロニーさんは、ポンと右の手の平に左手を打ちつけた。
与志丘さんの母親の話はこれ以上触れたくないんだろう。
「で、そうそう。与志丘さんの話で思い出した。今日は君の家庭事情も調べに来たんやった」
「俺の、ですか?」
少し考えれば当然の用事だけど、予想外のマロニーさんのセリフ。
俺はそれに、間抜けな感じの返答しか出来ない。
構わずマロニーさんは、続けて更に意外な目的を告げた。
「そう、特に洋児くんの『お母さん』の事を……な」
「……!!」
この口ぶり……、やっぱりただの家庭訪問で来たんじゃない。
当然マロニーさんはあの事を知ってて言ってるんだ。
なぜなら……。
*****
「こんにちは。先ほどは突然の訪問どうもすみません、お母さん。こちらの洋児くんにお世話になってます、マロニーと呼ばれている者です」
「あらご
俺の部屋を出たマロニーさんが、俺の『母親』に
そしてしばらくじっと顔を見つめた。
マロニーさんの視線にも動じる事なく……いや、全く反応する事なく立ち尽くす俺の『母親』。
「これは人造の式鬼と
「やっぱり分かりますか」
マロニーさんの半分確認めいた疑問に、俺は答えた。
黙って頭を下げる『母親』。
「古来より
「
母親役をやっていた式鬼が、自分の名前を名乗った。
昔は4体居たらしいけど、今は2体しか居ないって親に聞いた事がある。
確か梅と
マロニーさんは
「自律した意思をある程度持ちつつ、それでも洋児くんに
「その通り。さすがです」
「本家当主のあのデブの虐待行為には無反応やった点を
まるで昔からの周知の事実を確認するかのように、
やっぱりこういう所はさすがの一言だ。
そして今までは言いにくくて、俺が誰にも打ち明けた事のない事実も、今はスラスラ口から飛び出る。
もうそんな程度の事なんて、どうでも良くなっていたからだ。
あのキリヤを倒す意思を固めた時の事を思えば。
あのクソデブジジイを倒した時の事を思えば。
「そしてまだ俺の経験値やレベルが……修行が足りてないから、まだ桃鬼の命令を上書き出来ない。逆に言えば彼女を従えられた時が、半人前卒業の目安って事です」
桃鬼を見つめたまま、黙って聞いているマロニーさん。
顔をこちらに向けるとニヤリと笑った。
「どっちが先に彼女たちを従えられるか。本家の良太郎くんと競走やな」
「負けませんよ」
「その意気や」
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