第31話 素人学芸会

 俺たちが城の中庭に来た時には、もうすでに城の人間がひしめいていた。

 大半が足以外を縛り上げられた状態で座らされている。

 その固められ座らされられた人々の周りを、マロニーさん側の勇者たちが囲んで、変な事しないように目を光らせていた。


 比喩ひゆ表現だぞ?

 本当に目が光っていた訳じゃないからな!?

 本当に目が光りそうなヤツが居そうだから怖いけど!



「ご苦労様、タリス。洋児くん達も無事だったか」



 一段高い所から声をかけてきたマロニーさん。

 大きな木の箱を台にしてそこに胸張って立っている。

 足元では裸のデブいおっさんの頭をみつけていた。

 なんかあのクソデブジジイに雰囲気が似てる。



「さて皆そろったようだし、そろそろ始めよう。この城の諸君、俺は……私はとある女神により、国王に神の御怒りを伝えるために遣わされた者だ」



 ロープでぐるぐる巻きにされてマロニーさんに踏みつけられている、デブいオッサンが王様って事かな?

 マロニーさんに足でグリグリされながら、凄い憎しみを込めた目つきで見上げてる。



「王は私との約定を破った。すなわち、女神との約定を破ったという事だ。ゆえに女神は王に天罰を下すことにしたのだ」



 いやまぁ確かに、女神ポンコツ様の依頼でこの世界に来たけど、物は言いようだなあ。

 そんなマロニーさんの演説をさえぎる叫びがあがる。

 足元の王様からだ。



「皆の者、この狼藉者ろうぜきものを殺せ! 一斉にかかれば神の遣いだろうが何だろうが関係ない!」


「私とだけの約定だけではない!」



 王様の言葉にかぶせるように、ひときわ声を大きくしてマロニーさんは続ける。

 中庭に集められた城の兵士や使用人などの人々を見渡しながら。

 右手を突き出し訴えた。



「ここに集められた諸君も、約定を破られた経験がある者ばかりではないか? 給金を貰えず、人知れず生活が困窮こんきゅうしている人間は少なくないはずだ!」



 人々の目の色が変わった。

 そして自分の周囲が同じ反応することで、一斉いっせいに隣の人と「お前もか!?」と言い合い始める。

 王様は必死にマロニーさんを殺せと連呼しているが、いまのマロニーさんの言葉を聞いて、従おうとする様子を見せる人は居なくなった。

 まあ、一騎当千の勇者の人に囲まれているから、下手な動きはそもそも出来ないだろうけど。



「兵士の者も考えて欲しい。召喚勇者で戦力をまかなえるから、兵士は不要と公言する王に忠誠を尽くす意味があるか!?」



 男の人の大半が表情がこわばり、口が「へ」の字に曲がった。

 中には涙を流し始めた人も多い。

 あー、こうやって従う人間の心を逆撫さかなでしまくってたんだ、この王様。



「男のくせに何を泣いておる貴様ら! 王であるわしを守るのは兵士の使命であろう! 忠義を見せろ!」



 必死にわめく王様の声に、耳を傾ける人がいなくなったのを感じる。

 この中庭に集められた人間の空気が変わった事で、マロニーさんは満足そうにうなずいた。



「そこで諸君に私は宣言する! 本日いまこの時をもって、私が代わりにこの国を統治……」


「ちょっと待った!!」



 少し離れた所から声があがった。

 声の出どころを見るとそこには、ここへカチコミに来る前の打ち合わせ通りに王子様が……あれ? 違う、誰だコイツ。



「王にあだなす不届者ふとどきものめ! さっき日本から召喚されたばかりの勇者である、この俺が成敗してくれる!!」


「おお勇者よ、そなたの名前は忘れたが、コイツ等を今すぐ皆殺しにせよ!」


「あたぼうよ、この城の中で拾った魔剣グランジャスティスシャイニングフレイムエクスカリバーセイントソードで蹴散らしてやるぜ!」


「うん? 城にそんな魔剣あったかのう……?」



 なんかツッコミ所満載な名前の剣を構える新たな召喚勇者|(?)。

 首をひねる王様。

 魔剣なのにセイントソードってなんだよ。


 マロニーさんは無表情の死んだ魚の目な半目はんめで、ネタ満載な新たな乱入者を見ていた。

 たぶん俺も同じ表情なんじゃなかろうか。



うなれ! 暗黒剣グレートジャスティスシャリオンファイヤーセイントエクスカリバーソード! 今こそお前の真価を見せる時だ!!」



 そいつが剣を振り上げて静止すると、剣の刀身が光り輝き始めた。

 さっきと剣の名前が変わってる気もするが、ツッコんだら負けな気がする。



「うおお! 震えるぞソード! 燃え尽きるほどハード! 喰らえ! サンライトイエローで山吹色な、はあああああぁぁぁぁあべしっ!?」



 ノリノリで叫んでいたそいつの声が中断された。

 マロニーさんが左手から伸ばした触手で顔を引っぱたいたからだ。

 いや、あんな長い叫びの前振りしてたら、隙を攻撃してくれって言ってるようなモンだしな……。


 とか考えてる間にマロニーさんは、乱入勇者|(?)に容赦なく触手で往復ビンタを続けていた。



「あぶっ!? てめっ! 必殺技の前にぇぁっ!? おぐっ! 必殺技を撃つ前にっ! 攻撃するなんてっ! 卑怯うぐっ! 者あがっ!?」



 最後に思い切り張り倒してそいつを気絶させたマロニーさん。

 近くのマロニー側勇者がロープ片手に歩いていって、ぐるぐる巻きに縛り上げた。



「いきなり乱入したかと思ったら急に隙を見せて、何をしたかったんだコイツ」



 口をあんぐり開けた王様の頭をグリグリ踏みつけたままのマロニーさん。

 相変わらず無表情のままに、呆れたように呟いた。

 いや本当、何しに出てきたんだコイツ。



「なぁもうこの王様、いま俺が処刑しても良いか?」



 疲れたように、人々に問いかけるマロニーさん。

 顔が青ざめる王様。

 そんな時に立ち上がった一人の女性……あ、例の太った王妃様じゃん。



「ま、マロリー殿。せめて私は御助命くださりませんか?」


「おお麗しのマダム。美の化身である貴女あなた様をお助けしたいのは山々やまやまなのですが、今の私は女神の代理人としての立場を貫かねばなりません。ああ、なんと言う悲劇。そして私の名前はマロニーです」


「そ、そんなこと言わずに。夫も……王も助けて欲しいとは言いませぬ。せめて女子供を……私だけでも見逃してくださいませカロリー殿」


「ああマダム、美しい貴女を手にかけねばならぬ、苦しい私の胸の内を分かって欲しい。そして私の名前はカロリーではなくマロニーです」


「私は貴方様の言葉に、真実の愛を知ったのですパセリー殿。どうかお慈悲を」


「私の名前はパセリーではなくマロニーですマダム。どんどん違っていってますよ」



 なんだこれ。

 相手がモデルみたいな美人が相手だとしても、シラけるような茶番劇なのに。

 見た目がこの『体の大きな』王妃相手だと、ただのコントだ。

 しかもこれ、ただの突発トラブルのアドリブなんだぜ。



「アイツ、こういう所はただのアホね」



 タリスさんが呟く。

 俺やマサルさんミコトさんも激しく首を縦に振った。

 その時、中庭の入り口方面から聞き慣れた大声がした。



「待たれよ女神の遣い殿! ここは前王の一粒種ひとつぶだねにして正統なる王位継承者であるアランチウス王子に免じて処罰は待って欲しい!」



 今度こそ打ち合わせ通りに王子様の声……いやこれは矢間崎くんの声かな?

 振り返ると予想通り、そこには伯爵の軍勢を引き連れた王子様と矢間崎くん。

 王子様を先頭に、山崎君、伯爵と続いて立っている。



「確かに現王はこの王子を差し置いて王位を簒奪さんだつした。しかし王子の命を奪わずに今まで育ててくれていたのも事実だ!」



 うーん打ち合わせで決めていたとはいえ、なんだか複雑な気分になるセリフだ。

 あれだけ何度も追っ手に襲われた身としてはね。

 王子様も、よく見たらやっぱり強張こわばった表情をしている。



「しかし現王と周辺の王族たちは不当な手段で王位を奪った。そしてその後も幾多いくたの約定を反故ほごにし続けてきたのだ。到底許される事ではない!」


「例えそうであったとしても、私は今まで育ててくれた恩は返したい! どうか女神の遣いよ、彼らを助命して頂けぬだろうか」



 今度はマロニーさんと王子様本人とのやり取り。

 裏のつながりを知っている俺たちから見たら、白々しらじらしい茶番劇でしかないが。

 何も知らない人々には、分かり易く寛大な王子という図式を刷り込めるだろう。


 世の中どこでも、案外こんなものかもしれない。

 逆に現実的な事を見せても、普通の人は良く分からず理解でいないのかも。



「なんと素晴らしく寛大な心をお持ちの王子だ。貴方ならば必ずやこの国をより良くお治めになるだろう!」



 わざとらしく感極まったように、手を顔に当てて上を向いたマロニーさん。

 さっきの王妃とのやり取りよりも感情こもってませんよ。



「いいでしょう、私がこの国を統治するつもりだったが、王子にお任せしよう。いや、是非ともお任せしたい!」



 マロニーさんは、芝居がかった仕草でうやうやしく頭を下げる。

 近寄る王子様と矢間崎くんにゆずるように、台から降りた。

 代わりに上に上った二人。

 王子は堂々とした態度で叫んだ。



「確かに現王は、私の父である前王をしいした。しかし私をここまで育ててくれた。だからこそ私は、現王と王妃、それに従う者たちは国外追放だけでゆるしたいと思う!」



 マロニーさんは、台から降りた先で頭を恭しく下げている。

 矢間崎くんは固い表情で王子の後ろに立っていた。

 その矢間崎くんを王子は振り返って見た。



「そして! 私は皆が見ての通り、まだ幼く未熟! 国を治めるにはまだ早いのは理解してもらえるだろう」



 王子様はもう一度人々の方へ顔を向けた。

 深呼吸してから、決意を固めた表情で大声で宣言する。

 こちらへ来る道中で何度も練習した通りに。



「だからこそ! 私は今はこの魔王を討伐した勇者、ヤマザキ殿に国を治めてもらおうと思う!」



 王子様は矢間崎くんの前にひざまずいた。

 そして頭を彼に向けて下げて続ける。



「ヤマザキ殿! どうか国を治めて、私に王のふるまいを勉強させてください! 私が大人になった時に王として必要なものを身に付けさせてください!」



 矢間崎くんは、ぎこちない動きで人々へ身体を向ける。

 そして引きった笑顔で叫んだ。



「王子の心、確かに受け取りました。私で良ければ、その大役を引き受けましょう」



 矢間崎くんがそう宣言したとき、俺は中庭の人々を見た。

 戸惑い気味ではあったけれど、口々に「魔王を倒した武勇で王子を育ててくれるのなら」と呟いていたので大丈夫だろう。

 なんか矢間崎くん、すごい棒読みだったけど。


 ああでも中学のときに、クラス皆で劇をやったのを思い出すな。

 俺、ちょっと今すぐ学校の友達に会いたい気持ちが湧いてきたよ。



 そんな俺がふとマロニーさんへ目を向けると、彼は目立たないように小さくガッツポーズをしていた。

 そうか、これでマロニーさんの目的も達成できるか。

 そう考えたら、素人の大根演技な学芸会もやった甲斐があるってもんだ。


 ん? マロニーさんの目的が何かって?

 それはね──。

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