第24話 マラソンマン

 マロニーさんが地面を光らせて、何かを召喚しているのが横目に見える。

 といってもクラーケンのキリーちゃんか、ドラゴンのチイさんなんだろうけど。

 案の定、光った後に着物姿の女性が見えた。



「召喚される力の割合を、使う地脈の強さに応じて調整できる特技が有って助かる、チイ」


「ソウの支配から逃れるために、わらわが長年かけて身に付けた技じゃ。主殿あるじどのに倒され霊体になった事で完成したのは、皮肉というか運命的というか」



 言いながら、みるみるうちにドラゴンの姿へ変わっていくチイさん。

 なんか、思ったよりも小さいな。

 翼は妙に大きい気がするけど。



「いま召喚に応じた力だと妾は攻撃すら覚束おぼつかないが、それで大丈夫なのかえ?」


「俺を乗せて空を飛べれたら、それでい」


「了解である主殿。ご期待に沿うてみせようぞ」



 そのチイさんの言葉と同時に背中にまたがるマロニーさん。

 バサリと羽根が動く音がして、ドラゴンになったチイさんとその上の片目エルフは上空に浮かんで行く。

 それに気付いたのか、超越神ロックデーモとキリヤも言い争いを強引に終わらせた。



「……そこまで肉体の強化をされておいて、チートが無いと勝てないような腰抜けなら、今後の扱いを考えねばな、キリヤよ」


「チッ糞野郎が。わーったよ、コイツらを蹴散けちらして俺様の力を見せてやらぁ」



 そのセリフを聞きながら、俺は伯爵の屋敷に飛び込む。

 そのまま伯爵と書斎に向かった。





 伯爵の書斎の机に、短冊たんざく状に切った漫画の原稿用紙を広げる。

 表のほうで戦いが始まり、激しい音が聞こえてきた。

 早く、早く作らないと!


 俺は紙に筆を走らせる。

 1枚目2枚目、完成。

 3枚目、書き損じて失敗。

 4枚目、インクが乾く前に手でこすってしまい失敗。


 駄目だ、落ち着け洋児。

 深呼吸して気持ちを落ち着けるんだ。

 ヒッヒッフー、ヒッヒッフー。



「急に女性が子供を産む時の呼吸を始めてどうしたのかね?」


「なんでも無いです、気にしないでください」



 伯爵のツッコミで気持ちが逆に落ち着いた。

 目を閉じて意識を集中させる。

 そのまま一気に残りを仕上げていった。

 念のためにと与志丘さんが多めに用紙を作ってくれてたから、ストックは充分だ。

 そして完成した呪符を全て握ると伯爵に言った。



「では行ってきます!」


「よろしく頼む」



 伯爵の言葉を背中に受けて、俺は屋敷を飛び出した。

 生まれて初めての『戦場』の中へ。



*****



 屋敷から出ると、まず目に飛び込んできたのはキリヤと与志丘さん達が戦っている光景。

 ニチカさん小梅さんコンビがこぶしを光らせながら殴りかかり、キリヤが両手でそれを止める。

 そうやって手をふさがせて、空いた胴体を与志丘さんが攻撃している。

 矢間崎くんも、ひっきりなしに与志丘さん達へ強化や治癒の魔法をかけ続けていた。


 だけど思ったよりもキリヤの動きが悪い。

 いや、こちらにとっては良い事なんだけど。

 超越神に肉体を強化してもらった割には、かろうじて攻撃を防いでいる感じだ。


 その時、気がついた。

 キリヤの周囲を、支配されていた魔族が取り囲み、手をヤツに向けているのを。

 彼等の手もあわく光っているから、何かの魔法でキリヤの能力をわずかにでも抑え込んでいるんだろう。



 上の方でも金属が何かと激しく衝突する音が響く。

 見上げると巨大化した超越神の攻撃を、ドラゴンの上に立っている人影が日本刀で弾きまくっている姿。

 マロニーさんとチイさんに違いないだろう。


 みんなに負けてはいられない。

 俺は呪符を握りしめて足に力を込め、全力で走りはじめた。




 まずは戦う人がいない場所から貼っていくべきだろうな。

 前回マロニーさんが貼った場所は避けた方が良さそうだ。

 少しでも超越神にこちらの意図を気付きにくくするために。


 さっき地面に呪符を叩きつけた中心の場所と屋敷の方を見る。

 多少の融通ゆうずうは効くとはいえ、中心部との距離は大切だ。

 なるべく綺麗な配置にする事に越したことはない。


 1枚目2枚目3枚目。

 念の為にジグザグに走ったり、スピードを突然変えたりしながら貼っていく。

 さっきと貼る場所を変えているから、配置を間違えないように中心部の方をチラチラ見ながら走る。



「伏せろ!」



 マロニーさんの叫びが聞こえて、俺は反射的に地面に転がる。

 後ろの方から、ドーンという音と地響きが伝わってきた。

 振り返ると木の一本に雷が落ちたのか、縦真っ二つに裂けた樹木と空気にただよう変な匂い。

 超越神の声がした。



「チッ、あのガキへの攻撃をらせたか。勘が良いな、片目」



 超越神の声を聞いて背筋がゾッとなり、一気に全身から変な汗が噴き出した。

 つまり今のは、俺を直接狙ったものだという事だ。

 俺を殺そうという意図を持った攻撃。

 マロニーさんが何かの方法で超越神の攻撃をズラさなければ、あの木のようになっていたのは俺だった……!


 だけど俺は、怖いという感情が頭に浮かんだけど、それを押し殺して立ち上がる。

 そうしないと身体がすくんで動けなくなるから。

 頭の中のどこかで、そう感じていた。


 足を動かし移動する。

 ガクガクと震えていた。

 思うように動かない身体にイラつき、地団駄じたんだを踏むように足を地面にダンダンと叩きつける。

 痛みで少しは震えがマシになった気がした。


 それでもやぶや木の影といった遮蔽物しゃへいぶつに隠れながら移動する。

 まだ震えが残る足を、力一杯に踏み締めるようにしながら、うようなスピードで。


 思うように速度を出せない事にイライラするが、必死に自分に言いきかせる。

 俺は恐怖で立ち止まっている訳じゃない。

 身体を前に進めているという事は、状況も前に進んでいるという事だ!


 俺は自分が涙目になっている事を気にも止めず、次の目標地点へ動く。

 超越神の勝ち誇ったような大声が聞こえた。



「ははは! 我の攻撃から、自分と地上の足手まとい両方を守らないといかんのは大変だな、片目!」



 超越神ロックデーモの言う通りに足を引っ張っている自分が情けなくなる。

 涙目になってた所から、本当に涙が流れ落ちてきた。

 足を止めることはしないが、悔しさで歯を食いしばる。


 走ってる間に、目に飛び込んでくるマロニーさんの姿は防戦一方だった。

 マロニーさんが!

 そんな彼の足を、さらに引っ張ってしまった自分……。


 ザン!


 瞬間、斬撃の音が聞こえた。

 同時にあがる超越神のうめき声。

 見上げると、超越神ロックデーモが左腕を押さえていた。

 そして左手の先が、光の粒子となって消滅していく。



「どうした。よそ見してると怪我するぞ!?」


「くっ……貴様!」


「大変だなぁ超越神とやら。あの子を攻撃したら、その隙に俺がお前に痛い目を遭わせるんだからな」


めるな片目が潰れた男ごときが!」



 そうか!

 マロニーさんと1対1ならわずかに優勢な超越神だけど。

 俺と同時に処理しようとすると一気にパワーバランスがひっくり返るのか!

 震えていた足に、俺は力が戻るのを感じた。



「……ふん、我の身体を傷付けたのが何だと言うのだ。超越神たる我の再生力は無限。少々おかしな力を貴様は込めているようだがな」



 言いながら、失った左手が光りながら再生されていく。

 どうやら以前の無限再生チートリジェネレーション持ち聖騎士よりも、上位の再生力を持っているらしい。

 神を自称するなら当たり前、か。


 そこへ更にマロニーさんが斬撃を飛ばす。

 が、再生中の左手で弾かれた。

 ニヤリとドヤ顔をする超越神ロックデーモ。

 だけどマロニーさんも負けじと(?)得意げにあおる。



「は! どうやら攻撃しながら再生は出来ないようだなロクデナシ! 下手に地上を攻撃したら、その隙に手足をちょん切ってダルマにしちまうぞ!」


「チッ、我は超越神だぞ! 配下を増やすほどに力は無限に増して行き、いずれは神をも超える存在に我はなるのだ! ……がぁっ!?」



 怒りで超越神ロックデーモが叫び返した瞬間を狙って、マロニーさんがヤツの反対側の腕も切断。

 そのまま右手の日本刀「紅乙女」を軽く振って肩にかつぐと左手を腰に当てた。

 ドラゴンの背中の上で仁王立ちするマロニーさん。



「おら! 戦いに集中しねえと、手足が無くなった状態で地上のマラソンを見守る羽目になるぞロクデナシ! それで神を超えられるのかよ!」


「貴様ああぁぁ!!」



 その声を合図に、という訳じゃないが、俺はもう一度走り出した。

 そうだ俺は1人でやってるんじゃない、この場にいる全員で戦っているんだ!

 その想いが走る足に力を与えてくれ、俺はいっそう早く呪符を貼り付けるスピードを早める事が出来た。



 でもマロニーさん、チンピラみたいな煽り文句はちょっと考え直した方が良いですよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る