第23話 神でもデーモンでもありません

「超越神ロックデーモ!! 俺に力を、コイツらを殺す能力ちからをくれぇぇ!!」



 キリヤの叫びに俺は首をかしげた。

 ロックデーモン? 神なのに? やっぱコイツ頭が悪いのかな?

 だけど真っ黒な空から不気味な声が響いてきたので、疑問は吹き飛んでしまった。



「我にとうとう隷属する道を選んだかイ・キリヤ・ロウ……いや、井桐太郎よ。ふふふ」


「うるせえ早く力をよこせ! は、早くしねえと意識が……」


「ふむ、まぁ仕方がないな」



 その時、地面の呪符が燃え上がり、俺が張った結界が破裂音と共に消滅した。

 同時にマロニーさんの左手の触手が粉々こなごなに弾け飛ぶ。

 唸り声をあげ、左手を押さえながら後ろに下がるマロニーさん。

 かろうじて右手の紅乙女は握ったままなのが、さすがと言うべきか。


 キリヤの首は光りながら、倒れた自分の身体に飛んでいく。

 それを見て逃げ出す魔族たち。

 キリヤの首が身体の倒れた場所に辿り着くとすぐに、眩しい光に包まれた。



「ふへ……。ひゃはははははは! スゲエぞちからみなぎってくる!」



 元通りの肉体に戻り、ひと回り身体が大きくなったキリヤが立ち上がる。

 なんかヤバい空気をビリビリと俺たちに叩きつけながら。

 両手を上げると続けて叫んだ。



「これだけのエネルギーがあるなら、ここに居る奴等やつら全員をチートで支配できる! 片目野郎! テメエは命ごと速攻魔力に変えてやるぜ!」



 キリヤが叫び終わる前にマロニーさんが、させるかとばかりに光る斬撃を飛ばす。

 しかし上空の声が「甘いな!」と叫ぶと、キリヤの周りにバリヤが張られた。

 光る障壁の前に砕け散るマロニーさんの斬撃。


 上空を見上げると、白いゆったりとした服を着た大男が空中に浮いていた。

 何だかギリシャ神話の神様みたいな見た目。

 その隙にキリヤが叫んだ。



「喰らえ『支配ザ・カンカー』! 俺様にひれ伏せ愚民ども!」



 しまった!

 思わず奴に振り向き、ムカつく笑い顔を見て反射的に思い切り自分の目をつむった。

 3秒、5秒。

 何かが変化した感じは無い。

 戸惑った大声でキリヤが叫んだ。



「なんだ? チートが発動しねえ? おいロックデーモ、おまえ俺のチートを奪いやがったな!?」


「そんな面倒な事をするか。我の配下として肉体を作り替えて強化した際に、チート使いに適した身体ではなくなったのだろうな。まぁどうしてもと言うなら、チートは我への生贄になったとでも考えろ」


「ふざけんな!」



 偉そうに腕組みをしながらキリヤに話す超越神。

 2人のやり取りを見ていた俺の視界に、その上空に浮かぶ大男のデータが飛び込んできた。

 あ、さっきキリヤのデータを見たチートが残っていたのか。



 超越神ロックデーモ・ナイクーソ(碌手ろくで 喪内男もなお)レベル:閲覧レベルに達していません


 メインロール:閲覧レベルに達していません

 職業タイプ:閲覧レベルに達していません

 特殊スキルチート:閲覧レベルに達していません



 なんだこれ!?

 ただでさえ見れる内容が少なかったのに、名前以外なにも分からないも同然じゃねえか!

 ただし、唯一その名前で重要なことが分かった。



「マロニーさんアイツ! あの超越神ってヤツも転生者です! ついでに日本人の名前に星が付いてません!」


「やはりそうか! 矢間崎くんが牢屋にいた時の気配で薄々は予想してたが」



 答えたマロニーさんは、そのまま矢間崎くんと与志丘さんへ声をかけた。

 少し緊張感をにじませる片目のエルフに、2人も表情が固い。

 近寄る勇者たちにマロニーさんはたずねる。



「2人であのキリヤって奴を抑え込めるか? 俺は空のアイツを抑える」


「正直、厳しいです。せめてあと1人居れば……」



 そう返答した与志丘さん。

 だけど彼女にかぶせるように声が飛んできた。

 そちらを見ると黒澄さん……じゃなかった、ニチカさんが立っている。



「私が居る! 小梅姉さんと2人で変身チートを使えばいけるでしょ!?」


「じゃあニチカさんコンビとプラスあと1人でキリヤに当たってくれ。残りは王子の守りだ」


「「「「了解です」」」」



 4人に指示を出すマロニーさんへ、俺は恐る恐る聞いた。

 全然レベルが上がってないけど、何か出来る事はないだろうか。

 そうわずかな望みをかけての質問だった。



「ま、マロニーさん。俺に何かやる事は無いですか?」



 俺の方へ顔を向けたマロニーさんの表情が、嬉しそうに少しゆるんで口元に笑みが浮かぶ。

 すぐにその笑いを消すと、与志丘さんたちへの時と同じ固い口調で指示してきた。



「勿論だ。洋児くんには重要な役目がある。結界の再構築だ」


「呪符は燃えちゃいましたが」


「新しく作れるか?」


「紙と書くものがあれば。でもここには何も無いですよ、特に紙」



 そんな俺たち2人のやり取りに、与志丘さんが割り込んできた。

 自分の鎧の下から何かをゴソゴソ取り出しながら。



「ありますよ、紙!」



 与志丘さんが取り出したのは、少し厚手のA4ぐらいのサイズの紙。

 よく見るとうっすら水色で、ひと回り小さい四角が印刷されている。

 鎧のすそからは、何か絵が描いている紙が見えていた。

 マロニーさんが少しあきれた感じで彼女へ返事。



「与志丘さん、まだ紙にBL漫画を描いてたのか。いい加減タブレットにしたら良いのに」


「……タブレットを買うお金がありませんので」


「すみません、買えるだけのお給料が払えるよう頑張ります」



 もはや恒例となった、マロニーさんの与志丘さんへのペコペコ謝罪シーン。

 さっきこの片目エルフに頭を下げた、俺の決意を返せ。

 だけど何事も無かったように顔を上げて、俺に指示を続けるマロニーさん。

 この図太さだけは見習うべきかもしれない。



「それじゃ洋児くんは伯爵に筆記具を借りて呪符を作ってくれ! 何分でできる!?」


「5分……いや3分でやります!」


あせらずやれよ、洋児くん。呪符が完成したら、悪いが自力で周囲に貼っていってくれ」


「えっ……。い、いや分かりました、全力でやります!」



 つまり激しい戦いが予想される真っ最中。

 その戦場の中を、突っ切って呪符を貼って行かないと駄目って事だ。

 誰にも守ってもらえずに!


 正直、怖い。

 でもそれ以上に、俺も一人前の戦力としてマロニーさんが考えていた事に心が震えていた。

 この場のみんなと肩を並べて戦える事が嬉しくて仕方がなかった。



「小梅姉さん行くよ!」


「了解、ニチカちゃん!」



 ニチカさんと隣の魔族のお姉さんがうなずき合う。

 すぐにポーズを取り、2人そろってハモりながら叫んだ。



「「月の水晶の力でメイクアップ!」」



 矢間崎くんマロニーさんを含めたこの場にいる全員が、一瞬こわばった顔で光に包まれたニチカさん達を見た。

 キリヤと超越神ロックデーモも同じ表情で見たように感じたのは、気のせいだろうか。

 というかあのセリフの何がヤバいのか、俺にはサッパリ分かんねえ。


 光が消えた後には、スパッツを履いた黒っぽいスポーティな格好のニチカさん。

 そしてその隣には、白いヒラヒラしたワンピースを着た小梅と呼ばれた魔族のお姉さん。



「光の使者! 癒しの黒!!」



 ニチカさんが決めポーズしながら叫ぶ。

 続けて隣の小梅お姉さんも。



「光の使者! 癒しの白!!」



 最後は2人揃ってポーズを取って、ハモりながら叫んだ。

 あ、なんかコレどっかで見たことあるかも。



「「2人は可愛い癒し! 闇の力の下僕のキリヤよ、とっととおうちにお帰りなさい!!」」



 わぁぁなんかヤバい!

 言葉にできないけど、めっちゃヤバい気がする!

 さっきからの皆のおかしな表情は、もしかしてコレが原因なのか!?



「さあ行くわよ、キリヤ! 洋児くんも早く行って!」



 ニチカさんに言われてハッとなった。

 あわてて伯爵と一緒に駆け出す俺。

 途中で与志丘さんと矢間崎くんの会話も耳に入ってきた。



「矢間崎さんは防御結界を張れるから、王子を守ってください! 私はそれが出来ないですから!」


「それは……! いや、仕方が無いか。僕の手持ちの武器も普通の剣だしな。了解した」



 そのやり取りを最後に、ニチカさん達2人へ駆け出す与志丘さん。

 同時に矢間崎くんは王子の周りに小さなバリアを張る。

 そうだ、俺もこの屋敷の周りにでっかい結界バリアを張らないと!


 走る足に力がこもる。

 だけど何故かさっきの超越神のステータスが頭に浮かび、奴の名前の意味が唐突に理解できた。

 ロックデーモ・ナイクーソ……ろくでも無いクソ!



「なんじゃそりゃああああ!!」



 思わず絶叫して、隣で一緒に走っている伯爵をビックリさせてしまった。

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