第22話 安多馬洋児、覚悟を決める

「おいテメエ等。ガキの命がしけりゃ、とっととエネルギーを俺によこせ!」



 右手を上げて、大量のくさりを見せびらかすキリヤ。

 こ、こいつ子供を人質に無理矢理……。

 よく見たら周囲の魔族はみんなせこけて、今にも倒れそうな連中ばかりだ。


 キリヤの手につながる鎖が光ると、繋がれた魔族から何かが流れ出して奴の身体に集まる。

 周囲の魔族が苦しそうにバタバタと倒れ出した。

 キリヤは舌打ち。



「チッ、魔力の集まりがわりいな。また命ごと魔力に変えて吸収してやるか」



 痩せこけた魔族の1人が哀れっぽい声で返す。

 見ると倒れて顔を上げるのもやっと、といった雰囲気だ。



「そ、そんな。もう許してください……」


「ああ? なんならまたガキ共を『食って』やってもいいんだぜ?」


「そ、それだけは……」



 『食う』、つまり今のセリフだと子供の命を魔力に変えるって事か!

 キリヤと魔族のそんなやりとりを目撃してまった俺。

 一瞬、頭の中が真っ白になったがすぐにとなりの片目エルフに叫んだ。



「ま、マロニーさん! アイツ子供を人質に親の魔族を……!」


「みたいだなあ」



 俺の話もどこ吹く風で、あごに左手を当てながら呑気のんきな表情でキリヤを見ているマロニーさん。

 一応、右手には日本刀「紅乙女」を握ってはいるけれど。

 黒澄さん……ニチカさんがくやしそうにつぶやく。



「ちくしょう……。人質が居なかったら、あんな程度の強さの奴なんか簡単にボコボコに出来るのに」



 さっきのニチカさんの様子を思い出した。

 今と同じ悔しげな口調で「あんな外道を生かしておけない」と言っていたのを。

 俺は呑気してるマロニーさんに詰め寄った。



「何を悠長ゆうちょうな事を言ってるんですか!? 人質が殺されそうなんですよ! しかも子供たちを盾にされて!!」


「子どもを助けるために親が命を投げ出すのは当たり前だろ?」


「だ、だからって!」



 その時マロニーさんは真剣な目つきになって俺を見た。

 身体ごとこちらへ向けて。

 思わず俺はたじろいでしまった。



「じゃあどうする安多馬あてうま洋児ようじ。この状況を、お前はどういう方法でどう変えたい」


「それは……」


「はっきり言葉にしなきゃ誰も動かねぇぞ」



 俺はキリヤの方へ顔を向ける。

 バタバタと倒れていく、たくさんの魔族が見えた。

 その向こうに、キリヤの御輿みこしかつがされながら、親が死にそうな光景を見せられている子供たちも。

 みんな涙を流して泣いていた。



「俺は……あそこの親子家族みんな全員助けたい!」


「お前がやるのか? 出来るのか?」



 そう言われて、俺は自分のステータスを呼び出した。

 いまだにレベルは10にも届いていない。

 こんなのじゃ、あそこの馬鹿笑いしてるキリヤには何も出来ない。


 ──悔しい。


 思わず手を握り締めた。

 力いっぱいに。



「俺には出来ない……。今の俺にはまだ、それを出来る力が無い……! だから!!」



 マロニーさんに頭を下げた。

 これで駄目なら土下座でもするつもりだった。

 今までの、デブ専だったり与志丘さんや笛藤さんにペコペコしたりする姿から、このエルフを小馬鹿にしていた気持ち。

 それをかなぐり捨てて叫んだ。



「だからマロニーさんお願いです! あの魔族たちを助けてあげてください!」


「あのキリヤって奴を殺してでも、か?」


「……! そ、そうです!」



 咄嗟とっさの事だったけど、言ってしまったらかえって決意が固まった。

 自分の気持ちを貫く責任を、それを背負う覚悟を決めた。

 その覚悟のままに、マロニーさんへ叫んだ。



「あの魔族たちを助けるために! お願いですマロニーさん! あのキリヤって奴を倒してください!!」


「よし今のその気持ち忘れるなよ、要請オーダー了解だ」



 ニヤリと俺に笑って、マロニーさんはキリヤの方へ再び身体を向けた。

 右手の「紅乙女」を、ヒュンと音を鳴らしながら軽く振る。

 そして、ゴン、という音と共にマロニーさんの頭が前にはじかれた。


 ……ってあれ?

 なんかマロニーさんカッコよく決めたのに、後ろから殴られててひでえ。



「痛ってえ……。なにも頭を殴らなくたっていいだろ、フェット」



 マロニーさんが殴られた後頭部をさすりながら後ろへ振り向く。

 そこには例の王子様を左手に抱えた笛藤フェットチーネさんが、殴った姿勢そのままに右手をあげていた。



「マロニーの意図は分かるけど、あそこの小さな魔族の天使ちゃん達がその間に殺されたらどうするの!」


「そんときゃそうなる前に、すぐにヤツを始末してたさ」


「それは百も承知だけど、それでも気持ちはハラハラしてて仕方がなかったの!」


「はいはい済みませんでした。じゃあさっさとフェットさんを安心させてあげましょうかね」



 小さくため息をついて、自分の頭をガシガシくマロニーさん。

 そんな態度を見せながらも、口元には不敵な笑み。

 だけど俺たちのやり取りを見ていたのか、キリヤが怒鳴る。



「テメーらさっきから何をゴチャゴチャ言ってやがる! もういい、このガキ共の命ごと魔力に変えて──」



 急にキリヤのやかましい怒鳴り声が止まった。

 マロニーさんが左腕を奴に向けて振ったからだ。

 その左腕の先から伸びてるのは、例のキリーちゃんのむちのような触手。


 いつの間にか右手の紅乙女が消えていた。

 マロニーさんの口からも笑いが消えてて、今まで何度も見たあの鋭い目つきに変わっている。

 だけどキリヤには全く顔を向けてない。

 ずっと笛藤さんを見ているだけ。


 キリヤへ俺は視線を向ける。

 予想通り、奴の首元へ伸びてるマロニーさんの触手、先に握られてるのは紅乙女。

 そして触手は器用にそのままのたくり、キリヤの頭にからみつく。

 すぐにヤツの首から下だけが倒れた。



「んもう。洋児くんを成長させる為とはいえ、下手くそな悪人演技で意地悪を言わなくったって良いじゃ無い。どうせ子供の泣く顔は見過ごせない性質たちなんだから」



 笛藤さんは王子様をがっしりホールドしたまま、あきれ顔で話す。

 あの一瞬でキリヤの首を切断したマロニーさんは、触手を手元に戻して首を回収。

 そのキリヤの顔は、自分がまだ死んだ事に気付いていない表情だった。



「はい、臨時ボーナス確定。後でポンコツに換金してもらっておくよ、フェット」



 左手の触手でキリヤの首をぐるぐる固めたまま、マロニーさんは紅乙女を右手に持ち替える。

 それを当たり前のような態度で受け止めている笛藤さん。

 「フェット」って言ってて、なんか妙にマロニーさんが馴れ馴れしいな。

 まぁ俺より付き合いが長いんだろうから、当たり前なんだけど。



「んじゃとりあえずは、ひと段落ついた感じね? 仕事が残ってるから、私はそろそろ日本に戻るわよマロニー」



 笛藤さんがマロニーさんへ言ったそばから、後ろで歓声が聞こえる。

 俺が首を向けると、魔族の家族たちが親子で抱き合って喜んでいた。

 それを見て、何とも言えないような優しい笑顔を見せた笛藤さん。


 王子様を地面に下ろすと、自分と向かい合わせになるように立たせた。

 視線を王子様に合わせて地面に片膝を立てる。

 改めて背中に手を回して抱擁ほうようした。



「機会があれば、また会いましょう王子様」



 その言葉を最後に、マロニーさんが作った空間の裂け目に向かう笛藤さん。

 何度も王子様へ振り向いて、小さく手を振っていた。

 笛藤さんが裂け目の向こうに消えてから、与志丘さん矢間崎くんが駆け寄ってくる。



「なんか今回もあっさり終わっちゃいましたね」



 とは与志丘さん。

 矢間崎くんも、呆れたような感心したような微妙な感じで話す。



「あの魔族、結構な強さでしたよ。それを一瞬で倒すなんて、相変わらずデタラメな」



 なんちゃらプラガット伯爵さんは、口をあんぐり開けて固まったまま。

 王子様は笛藤さんを見送った後、久しぶりの親子抱擁をしている魔族をまぶしそうに見ている。


 ちょっと呆気あっけなかった気もするけど、問題の元になってる存在が倒れたんだ。

 敵味方の存在がお互いに目の前にいるのに、少しゆるんだ雰囲気になっていた。

 だから俺だってまさか、あんな事が起こるなんて予想もしなかったさ。


 キリヤの首が、突然最後の絶叫をするなんて。



「くそっ、こうなったら何でもささげてやらぁ! 超越神ロックデーモ!! 俺に力を、コイツらを殺す能力ちからをくれぇぇ!!」

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