第25話 決着

 完全に元のスピードで走れるようになった俺。

 だけど念のためにジグザグに走ったりスピードを変化させながら移動するのは続ける。

 さっきみたいに攻撃される危険性はゼロになった訳ではないのだから。


 それでも屋敷の周囲に、ぐるりと呪符を貼り付けて行く。

 やがて想定していた難所が目の前に迫ってきた。

 つまり、みんながキリヤと戦っている現場だ。


 ここからさらに外の場所は、下生えのやぶが密生していて入り込むのに時間がかかる。

 覚悟を決めて突っ切るしかない。

 それにそもそもあそこら辺にも1枚、貼らないといけないし。

 なるべく隠れながら近づいたけど、やはりというかキリヤに勘付かれた。



「コソコソ何やってやがんだテメエ!!」



 そう叫びながら俺に顔を向けたキリヤ。

 ヤツの行為が偶然なのか意図的なのか、その仕草しぐさに最前線で戦っていた3人も反射的にこちらへ視線を向けた。

 そう、ほんの一瞬だけ。



「雑魚が! これでも喰らえ!」



 その一瞬の隙にキリヤは、空中からオーラパンチ攻撃を仕掛けようとしていた小梅お姉さんの頭をつかむ。

 そのまま俺の方へ彼女をぶん投げてきた!


 咄嗟とっさに受け止める姿勢を取った俺。

 変身チートの能力なのか、投げられた勢いを空中で殺す小梅お姉さん。

 それでもスピードを完全に抑えきれず、こちらと激突。


 受け止める姿勢を取っていたとはいえ、それでもぶつかった勢いで一瞬息が止まる。

 小梅お姉さんが「ごめん、キミ大丈夫?」と聞いてきたが、握りこぶしに親指を立てたサムズアップでこたえる。

 すぐにキリヤの居る方向から、与志丘さんの短い悲鳴がこちらへ聞こえた。



「ははは! 支配チートは完全に消えた訳じゃねぇ! 1人だけ支配するなら、まだまだ現役だぜえ!」



 与志丘さんの首を掴んだキリヤが、得意気とくいげに仁王立ち。

 与志丘さんはキリヤの指を掴んで振りほどこうとしているが、ビクともしない。



「喰らえ『支配カンカー』! 俺のエサになりやが……」



 マロニーさんが使うのに似た、光る斬撃が走る。

 キリヤのセリフの後半が尻切れになった。

 与志丘さんを掴んだキリヤの腕が、ボトリと落ちたからだ。

 思わず目を大きくさせるキリヤ。


 斬撃が飛んできた方向を見ると、剣を振り切った体勢の矢間崎くん。

 すぐに返す刃で斬撃をもう一度飛ばして、キリヤの首を狙った。


 残念ながら残った腕で防がれてしまったが、あんな遠くから与志丘さんを傷付けずに腕を斬り落とすとは。

 さすがはマロニーさんが一目置いていた人物という訳か。



「早く行って! ここは私たちが食い止めるから!」



 ニチカさんの叫びに、あわてて俺は立ち上がる。

 近くの薮の中に結界用の呪符を隠してマラソンを再開した。

 この場を離れる時に、周りの魔族が「気を付けてね」と声をかけてくれた。




 あともう少しだ。

 最後に呪符を貼る地点が見えてきて、俺がそう思った時だった。


 背後に再び落雷の音と地鳴り。しかも結構大きい。

 しまった!

 キリヤと戦っている場所をくぐり抜けた事で、超越神ロックデーモの攻撃を忘れていた!


 派手に転倒してしまい、俺は呪符から手を離してしまう。

 空中に舞い踊る短冊たんざく状の紙の群れ。

 反射的に「呪符が!」と叫んでしまった。


 俺が顔を上げるのと、空中から微かに光る何かが高速で呪符の1枚に当たるのが同時だった。

 呪符はそのまま地面にい付けられる。

 そしてその呪符に突き立っているのは小さなナイフ。


 それは、俺が次に貼ろうとしていた地点に正確に貼られていた。

 身体を起こして上空を見ると、ドラゴンの上の人影マロニーさんもこちらをチラリと見た後、ロックデーモとの戦いを再開。

 ……あの感じ、こっちを見ずにナイフを投げたように見えるんだけど!?


 さっきの矢間崎くんも凄かったけど、この人(エルフだけど)のはレベルが桁違いだ。

 数値的な問題じゃなくて、潜ってきた修羅場の数が違うんだと肌で感じる。


 しばらく……といっても2、3秒ぐらいだと思うけど、地面の呪符とナイフを呆然と眺めていた俺。

 ハッとなって慌てて起き上がる。

 今はマロニーさんの変態テクニックに感心してる場合じゃない!


 俺は地面に散らばった他の呪符を拾い集めると、屋敷の方へ向かう。

 あとは中心部に起動の呪符を貼るだけだ。

 ──だけどその時。


 バチッ!


 さっき俺が地面に呪符を叩きつけた中心部一帯に、バリヤみたいなのが現れた。

 もう何度目かも分からないが、また上空を見上げる。

 超越神ロックデーモと目が合った。

 マロニーさんに身体をズタボロに斬り裂かれている、自称「神を超える存在」と。



「ぐははは! 要は最後の1枚を貼らせなければ良いのだ! さっき結界を起動させた時の動作は見ていたぞ!!」



 ロックデーモが叫んだ瞬間に、マロニーさんがヤツの胴体を真っ二つにぶった斬る。

 俺は地面に現れたバリヤへ目もくれずに、再び伯爵の屋敷へ駆け込んだ。

 だけど俺の背中に超越神ロックデーモの勝ち誇った叫びが追いかける。



「うはははははは! もうこれで貴様らは終わりだ! 時間が経てば経つほど我は身体を再生さできる! そこのキリヤも復活させられる! 貴様らはもうんだんだよ!」



 そうかよ!

 俺は何も口に出さずに屋敷のロビーに立つ。

 全力疾走した後で、まだ息が荒い。


 最後に使う予定だった呪符を握りしめた。

 その震える右手の呪符を、思い切り力いっぱい真下の床に叩きつける。

 腹の底から全てを絞り出すような気持ちで、喉が張り裂けるような大声で俺は叫んだ。



「結界術、起動おおぉぉッッッッ!!」



*****



 さっきと同じように、呪符が光ると外周の配置した符へ向かって、高速で光の線が地面を伸びていく。

 やったぜ、上手くいった。

 最初からが中心になるよう配置していったのさ。

 最後まで気付かずご愁傷しゅうしょう様でした!



「馬鹿な! なぜ起動する!? 馬鹿な馬鹿な馬鹿なちくしょおおおぉぉ!!」



 超越神ロックデーモの叫びが聞こえる。

 思わず俺は小さくガッツポーズをしてから、ヨロヨロと屋敷から歩いて外に出た。


 さっきと同じ結界バリヤが周囲を包んでいる。

 ロックデーモも「馬鹿な!」と叫び続けながら落下している。

 身体も、みるみるうちに縮んで普通の人間サイズになっていった。

 マロニーさんにぶった斬られた胴体はそのままに、二つに分かれて。



 大地の、竜脈とか地脈とかいうやつを利用する結界術だから、俺みたいな修行の足りない半人前でもその強力さは変わらない。

 この屋敷は力が強い土地だから、更に効果はテキメン。

 なにしろマロニーさんがドラゴンのチイさんを、限定的とはいえ呼び出せたのだから、その地脈の強さは推して知るべし。



「ああ!? 力が抜けるうぅぅ……!」



 その声がチイさんの声だと気が付いた時には、すでにドラゴンの姿が消えかけていた。

 しまった、この結界は召喚モンスターにも影響あるのか!

 少しあせったが、マロニーさんは問題無く屋敷の屋根に飛び移る。

 あちこちに手足を引っ掛けながら彼は地上へ降り立った。



「すまぬ主殿、わらわ力添ちからぞえはここまでじゃ」


「充分以上に役立ってくれた。気にするな、チイ」



 消える寸前のチイさんへ、マロニーさんがそう声を掛ける。

 すぐに右手に紅乙女を握るとロックデーモへ歩いていった。

 全く油断した様子もなく。



「可愛い癒しの美しき魂が!」


「邪悪なキリヤを打ち砕く!」



 ニチカさんと小梅姉さんの叫びが聞こえて、そちらへ目をやる。

 キリヤが両側から2人に殴りつけられ、爆発して消滅した。

 向こうもどうやら決着がついたみたいだ。

 セリフがやっぱりヤバい気がするけど。



「やめろ、来るな! 来るなああぁぁ!! あがっ!?」



 ロックデーモの悲鳴で俺が視線をマロニーさんへ戻した時には、すでにヤツの首は片目のエルフにねられていた。

 マロニーさんは触手でヤツの首を回収するために左手を前に突き出したが、何も起こらない。

 そうか、さっきキリーちゃんの触手が粉々になっちゃったもんな。


 左手を見てため息をつくと、ロックデーモに近づいていくマロニーさん。

 そして超越神ロックデーモの首が拾われた。


 ただしそれは、突然現れた禍々まがまがしい気配をまき散らす黒い人影によって。



「困るな、あるじよ。これは本来この『原初の混沌』の獲物だ」




 黒いモヤのようなので出来た人影。

 そいつの顔の部分に、横向きに大きな裂け目ができる。


 大きくそれがつり上がると、まるで三日月のような形になりそいつの笑い声が聞こえてきた。

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