第19話 父娘喧嘩(違

「え、知らなかったの? 私はマロニーと同じ世界から来た元冒険者よ?」



 はいどうも、矢間崎くんからバトンタッチです。安多馬洋児です

 日本からこちらの世界に戻って早々、とんでもない情報が俺を襲いました。

 マロニーさんに続いて笛籐さんまでもが異世界出身だなんて。


 笛籐さんは「知ってて当然でしょ?」といった顔で俺と与志丘さんを見つめる。

 あの無愛想な子供を抱きしめたまま。

 反応に困った俺は与志丘さんへ顔を向けると、彼女も黙って首を振っていた。


 まぁ笛籐さんのプロフィールを暴露ばくろされても、彼女が標準語で話す違和感にまだ本当の事だとは思えない。

 マロニーさんと社長が、凄い組織の出身だというのを聞いた直後なのもあるかもだけど。



「ええと、笛籐さんがマロニーさんと同じ世界の出身なのも聞いた事が無かったですし、魔法師? 魔法使い? なのも初耳です」



 笛籐さんにそう返事した与志丘さんは、戸惑い気味に正座する魔族へ目を向ける。

 俺も向けた。

 明らかにぶん殴られたあとが残りまくる魔族を。


 聞けばこの魔族のほとんどは、笛籐さんがぶちのめしたそうだ。

 物理(主にゲンコツ)で。



 安多馬洋児の魔法使いの概念が崩れる!



 思わず頭を抱える俺。

 笛藤さんは子供のほっぺに自分の頬をスリスリしながら与志丘さんに答える。

 子供はまんざらでもない顔でされるがままだ。



「じゃあ改めて自己紹介しまーす。シ……マロニーの世界で彼と一緒にパーティー組んでた天才美人魔法師フェットチーネ・ペンネリガーテこと笛藤ふえとう智恵ちえとは私の事です、はい皆さん拍手〜!」



 パチパチパチ。


 マロニーさん一人が拍手で応える。

 彼以外の俺たち全員、茫然と笛藤智恵さんことフェットチーネさんを見つめていた。

 そんな俺たちの反応を気にした風もなく、笛藤さんは片手を突き出しブイサイン。

 マロニーさんが「やめなさい、可愛いから」と小声でつぶやいているのが聞こえた。



「あの〜……姐御あねご、そろそろこちらのお話をさせてもらっても良いですか?」



 黒澄さんがみ手をしながらそう言ってきた。

 それを聞いて笛藤さんが反応する。あの無愛想な子供をハグしたまま。

 子供も困惑してるような嬉しいような表情してる気もするけど、俺の見間違いだろう。



「あら貴女あなた、魔王だって自称するなら、そんなへりくだった態度しちゃダメよ? 部下の人がいるんだからもっと堂々としないと」


「いやあ、さっき魔王に任命されたばかりなんで、そう言われても……」


「人間、形から入って後から中身がついてくる人も多いから、シャキッとしなきゃダメ」


「はい了解です」



 もう俺にはどっちが魔王なんだか分かりゃしないぜ。

 そんな訳で魔王フェットチー……美人秘書の笛藤さんはビシッと指を突きつける。



「貴女の名前は……黒澄さんだっけ? そこは『うむ了解した』ぐらい言わなきゃ。で、話って?」


「くうぅ、姐御は厳しいなあ。そこの男の子が王子様だって聞いて思いついたんですけ……思いついたのだが、その王子様を魔族側で擁立ようりつして王国を併合へいごうする正統性を主張しようかなぁって」


「その話、乗った」



 黒澄さんの話に食いついたのは、なんとマロニーさん。

 当然、ツッコミを入れるのは与志丘さんだ。

 意外にも笛藤さんは全く反応せず、表情を変えずに子供に……いや、王子様にうっとりと頬擦ほおずり。



「え? 魔王を倒しに行くって昨日マロニーさん言ってませんでした!?」


「ああ。魔王を倒した後でこの子を新たな魔族の王にするつもりだった。魔族側の戦力を背景に王国を攻め滅ぼすつもりだったからな」


「そんな! 魔族に支配されたら世界の平和が……!!」



 悲鳴をあげるように叫んだ与志丘さん。

 そんな彼女にさとすようにマロニーさんは語りかけた。

 なんかちょっと珍しい構図だな。



「忘れたのか与志丘さん。俺たちが果たすべきは、契約の履行りこうと『救済』だ。世界が結果的に平和になるのなら、魔族が勝とうが人間が勝とうがどっちでもいい」


「でも……だって……」


「王様と俺が契約したのは、この王子様を『扱う』事だけだ。それ以外は契約の範囲外だよ」


「私たちは王様たちに召喚されたんですよ!?」



 ついにそう叫ぶ与志丘さん。

 うん、あの王様たちはいけ好かない感じの人たちばかりだったけど、いきなり裏切るのもどうなんだ。

 だけど案の定マロニーさんはビクともしない。



「正確には召喚魔法に割り込んだ、だ」


「だからって人間側と敵対するなんて!」


「魔王を倒した功労者こうろうしゃの矢間崎くんを処刑しようとする王族なんかにかける慈悲は無い」



 あくまで王国と敵対することに反対する与志丘さん。

 だけどマロニーさんはあの国王たちへの不信感を口にした後、トドメのように彼女に言い放った。



「それに……王様は与志丘さんに王国を守ってくれ、世界を救ってくれと頼んだか?」


「……!」


「加えて、今の王国の統治はそんなに良いもんじゃないと思うぜ。街中を通った時に耳をませていたが、俺たちが通ったところ以外は軒並のきなみスラム化してるようだった。って事は、警察の役目してる組織も腐ってるってことだ」



 そこまで言うとマロニーさんは少し意地の悪そうな顔で笑った。

 うん、正義の味方がやっていい表情じゃねえ。

 と言うか、通り過ぎただけで物音をそこまで拾えるって、さすがは長耳エルフだな。



「それに案外、その王子様を旗印はたじるしに、今の王家を滅ぼした方が一般民衆は喜んでくれるかもしれないぜ」


「その話、私も乗らせてもらおうか」



 不意に、聞き覚えのない男の声がこの場に入り込んできた。

 反射的に俺は声の出どころへ振り向く。

 そこには立派なひげたくわえた、貴族のような豪華な身なりの偉丈夫が立っていた。



「突然のお声かけ、失礼つかまつる。吾輩は王国辺境魔族領方面伯トラディショナル・ヴェータ・プラガット。唯一、粛正しゅくせいから逃れた先王派だ」



 そう言って辺境なんちゃら伯を名乗った髭のオッサンは、笛藤さんが抱き締める子供の前にひざまずいた。

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