第18話 勇者矢間崎、魔法使いの本当の戦いかたを見る!?

 こんばんは、矢間崎ヒビキです。

 いま僕は、目の前で起こった事が信じられずに呆然としています。

 あ、マロニーさんと安多馬くん与志丘さんが戻ってきました。


 僕の目の前にはマロニーさんの所の美人な秘書さん、笛藤さん。

 腰に手を当てて仁王立ちで、こちらに背を向けています。

 その彼女の前には土下座してひれ伏す魔族たち。


 先頭には僕と同い歳の女の子が同じく土下座。

 ちなみに彼女の名前は黒澄くろすみニチカ。

 この光景を見て、当然のように安多馬くんから質問が飛んできました。



「えっと、なんなのこの状況?」



*****



 説明しよう!

 それは安多馬くんと与志丘さんが一旦元の世界、日本へ帰ったしばらく後のこと。


 マロニーさんも「急用が出来た」と、同じく日本へ帰ってしまった。

 すぐに入れ替わるようにやってきたのが、この美人秘書な笛藤さん。

 彼女はブツブツとマロニーさんへの文句を言いながらやって来た。

 が、例の王子様である男の子を見た瞬間に態度は変わった。



「いやー! いやー! 可愛い! 可愛い! 何この子! 可愛い!!」



 僕の目でも追いきれない一瞬の速さで王子様の隣に移動して、ハグして頬ずりしている笛藤さん。

 え? この女性ひと、なんか今すごいスピードで動かなかった!?

 ちなみに洋児くんは単に子供って言っていたけど、王子って呼んであげようね。


 その王子様は、笛藤さんに抱きしめられてすごく困惑した表情をしている。

 今まで感情表現にとぼしく、顔もほとんど変化させなかった王子様。

 彼が僕に見せる初めての表情がそれだった。


 あ、笛藤さんがハグの仕方を、オッパイに王子様の顔を押し付ける形に変えた。

 王子様は困惑しながらも、まんざらでもない表情に変わった。

 男の子だねえ。正直ちょっぴり羨まし……いやいや僕は何も考えなかった、いいね?



「笛藤さんはショタコンだったのか……」



 思わずそう呟いた僕。

 笛藤さんは、さも心外だという顔で僕に反論してきた。

 王子様をしっかり抱きしめたまま。



「失礼な! ショタコンだけじゃなくロリコンもこじらせて、なおかつモフモフも含めて可愛いもの全部がでる対象です! サン◯オ万歳!」


「想像よりも斜め下にダメな返事が来ちゃった!?」



 そんな僕の言葉に反応する事なく、笛藤さんは王子様に頬ずりし続けていた。

 あ、笛藤さんの顔がマンガで見るようなスケベオヤジの笑顔に崩れている。

 あーあ、ヨダレまでたらしてるよ、デエッヘッヘと笑いながら。

 僕の感想はただ一つ、美人さんがそんな笑い声でオッサン顔しちゃダメです!



「あー可愛い! このまま家に連れて帰ろうかしら!」


「いや、さすがに曲がりなりにも王子様ですからね。ちょっと無理ですよ」


「ちゃんと最後まで私が世話をするから!」


「犬や猫を拾ってきた子供みたいな事を言わないでください」



 だけど肝心の王子様はというと、笛藤さんの身体に手を回して自分から抱きついていた。

 やはり男の子、オッパイの魅力には(以下略)

 そんな王子もやがて気持ちを入れ替えて、僕と笛藤さんに質問してきた。



「あの、どうしてボク……私などのような者に、貴方たちはここまで親切にしてくれるのでしょうか……?」


「いやーん、小さな男の子が王子様らしい言葉を必死に背伸びして使ってるのが、か〜わ〜い〜い〜(はぁと)」



 相変わらず最高に最低なデレデレ笑顔で王子様に返す笛藤さん。

 だけどすぐに顔を引き締めてドヤ顔で質問に答えた。

 目がギラリンと光ってて、やっぱりちょっと怖い。



「男女問わず子供はみんな可愛らしく、そして可愛いらしい子供はみんな愛でる対象です! すなわち! 可愛い王子様である貴方を愛でるのは私の義務なのです!! どやあ!!」



 自分でドヤって言っちゃったよ、この人。

 だけど僕の思いとは裏腹に、王子様の目に涙が浮かぶ。

 何かを言おうとして口を動かすけれども、言葉にならずにそのまま泣き出した。



「マロニーからこの王子様の状況を聞いてたけど、よっぽど今まで辛い目にい続けてきたのね」



 泣きじゃくる王子の頭を撫でながら笛藤さんがひとちる。

 さっきの他人ひとに見せられない顔とは打って変わって、とても優しげな聖母のような表情で。

 そうか、そうだよね、こんな小さな子供だもの。

 傷つけられた心と気持ちを、冷静に説明なんてできっこないか。


 それでも僕は、さすがに王子様の泣き声が周囲に響くのが気になったので防音結界を張ることにした。

 今は泣いたり笑ったりを安心して出来る環境が、王子様には必要だと感じたから。

 結界の中でなら、思うさま感情を吐き出せるだろう。

 そう思いながらチート技能を呼び出し、結界を選択しようとしたその時。



 ザシャッ!



 上空から何人もの人影が僕の目の前に降り立った。

 10人から15人ぐらいだろうか?

 全員が背中に羽根を生やしている。


 しまった、笛藤さんの胸に──いや王子様に気を取られて気配を見逃していた!

 この世界の人族には、エルフも含めて羽根を生やした者などいない。

 ──つまり。



「私は二代目魔王、黒澄くろすみニチカ! 理由わけあって勇者を倒しに来た覚悟しろ!!」



 先頭の、同じく羽根を生やしたボンテージ服の女性に抱えられた女の子が、地面に降り立つとそう叫んだ。

 ──この女の子はあまり魔王には見えないが、やはり魔族か。

 ん? 黒澄?



「黒澄……って、もしかして生徒会長!?」


「へ? あれ? そういう貴方は……副会長と書記と会計とその他諸々もろもろの雑用を一手に兼任して引き受けてくれていた矢間崎くん!?」



 そう、黒澄さんは僕の学校で生徒会長をやっていた女の子だ。ちょっと天然入ってるけど。

 何だかんだサポートしてるうちに、色んな事を僕が先生からやらされる羽目になったっけ。



「……え? 勇者の名前はヤマザキって聞いていたけど、もしかして矢間崎くんが勇者なの!?」


「あ、う……うん」



 そうか、彼女なら話が通じるから戦いが回避できるかもしれない。

 などと考えた僕の思いをあっさり裏切って黒澄さんは叫ぶ。



「ごめん矢間崎くん! 新人魔王の私の発言力を上げるためには目に見える成果が必要なの、黙って倒されてお願い! かかれ手下ども!!」


「ええウッソ!?」



 黒澄さんの号令一下いっかひきいられていた魔族が一斉に飛びかかってきた。

 まずい!

 僕一人だけなら何とか出来たけど、この数で来られたら後ろの笛藤さんと王子様を守りきれない!



「笛藤さん王子様を連れて逃げて!!」



 叫んだ後、すぐに「しまった」と自分を殴りたくなった。

 敵に人質にできる存在の位置を教えているのも同然じゃないか!

 そして黒澄さんはその事が分からない訳じゃない!!



「作戦変更! その王子様をさらって帰るわよ! 隣に座ってる嫌味なくらい大きなオッパイの女を始末しちゃって!」



 あ、黒澄さん胸の大きさがコンプレックスだったんだ。

 ……じゃなくて!

 黒澄さんが連れてきた魔族は僕の周囲から散開すると、正面に相対している奴以外は笛藤さんの方へ殺到した。


 僕の脳裏に「戦いは数だよ、兄貴」の有名なセリフが何度もひらめく。

 正面の魔族三、四匹を叩き伏せて振り返っても、コイツらのスピードだと全てを始末するのに間に合わない……!

 そう思いながら、剣を持ってない左手側から襲ってきた魔族を殴り飛ばした時。



 バキャッ!!



 凄い音がして、その場に居た全員が固まる。

 もちろん僕も。

 え? いま僕が殴ったの、無理な体勢からだからそんなに力が入ってないよ?


 だけど魔族の視線は僕じゃなくもっと後ろの方へ集中している。

 恐る恐る僕も振り返ると、そこには炎をまとわせたこぶしを振り上げて少しうつむいた状態の笛藤さん。

 目の前には白目を剥いて気絶している魔族。

 あ、頬にぶん殴られたあとが残ってら。



「仕事の激務とマロニーの無茶振りに疲れた私の、貴重な癒しの時間を……許さないわ!」



 立ち上がって顔を上げると、ギロリと魔族をにらみつける笛藤さん。

 その凄まじい怒りが宿やどった視線に、魔族たちはたじろいだ。

 僕も一瞬たじろいだ。



「私を魔法師と見て組みやすしと思ったんでしょうが、その間違いを思い知らせてあげる。来なさい! 魔法師の戦い方を見せてあげるわ!」



 そう叫んで笛藤さんは魔族に襲いかかった。

 まずは一番手近なやつに腰の入ったボディーブローを入れる。

 魔族の顔が苦しそうに歪んでうずくまった。


 それが開始の合図とばかりに次の魔族へ狙いを変える笛藤さん。

 戦う様子を、ちぎっては投げると表現する事があるけれど、笛藤さんのはまさしくそれ。

 殴って蹴って、掴んで投げて。


 えーっと、魔法師って要は魔法使いって事だよね?

 魔法使いって率先して肉弾戦を挑んでいたっけ……。

 一応、手足の先に炎を纏わせているから、あれが魔法って事なんだろうけど。



 矢間崎ヒビキの魔法使いの概念が崩れる!



 目前の光景に思考停止した僕。その肩にポンと乗せられる手。

 見ると魔族の男が僕の肩に手を乗せたまま首を振っている。

 そして笛藤さんをキッと見つめると、決死の表情で彼女に襲いかかった。


 うん、なんか格好いい仕草をしていたけど、襲ってきたのはそっちだからね!?

 とか考えている間に辺りは静かになる。

 見回すと立っているのは、僕と王子様と腰に手を当てて仁王立ちしている笛藤さんだけになった。


 笛藤さんの前には頬を押さえて蹲る黒澄さん。

 最後に笛藤さんに胸ぐら掴まれて往復ビンタを食らっていたっけ。

 そんな黒澄さんに笛藤さんはたずねる。ドスの効いた声で。



「まだやる?」


「すんません、おみそれしました! 勘弁してください姐御!!」



 一瞬で土下座して頭を地面にこすり付ける黒澄さんと率いられていた魔族。

 そんな時に君は戻ってきたって訳さ、安多馬くん。



 さて、笛籐さんが魔法師ってどういう事なのかってのと、黒澄さんが襲ってきた理由を聞かないとね。

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