第17話 マロニーさんの昔の事情

「な、なんでアンタがここに!?」



 思わずマロニーさんへ叫んだ。

 マロニーさんはそんな俺を見て、ニヤリと少し笑う。

 が、クソジジイへ顔を戻すと表情は消えた。

 そして、俺にだけ聞こえるような声でマロニーさんは答える。



「君の身辺調査をしていたブランから、ポンコツ経由で連絡があった。君が毎日のように受けているこの仕打ちの事もな」



 ポーカーフェイスでジジイを見るマロニーさん。

 だけどその瞳は、今まで時々見せていたあの怖い目つきになっている。

 仁王立ちって言うんだったか、両手を腰に回して胸を張った堂々たる立ち姿で。


 さすがのジジイもあまりに突然の事に、顔色が蒼くなったり赤くなったり混乱している様子だ。

 だがクソジジイは怒りを保つことに成功したらしい。

 真っ赤な顔でマロニーさんへ怒鳴った。



「貴様、他人の家に無断で土足で入り込みおって。警察に突き出すぞ!」


「やってみろよ。日本の政府はおろか、ステイツまで敵に回す勇気があるんやったらな」


「な、なんだと!?」



 マロニーさんの目が少し細まり、眼光に鋭さが増した。

 せっかく怒りを呼び起こして顔を真っ赤にしていたジジイは、そのマロニーさんの目に気圧されて口を閉じる。

 明らかにマロニーさんに飲まれているな。



「アンタの目の前に堂々と姿をさらしてる時点で、なんかおかしいって気付くべきやな。それが出来ないからボンクラ呼ばわりされてるんやろうけど」


「言わせておけば何様なにさまのつもりだ貴様!!」



 マロニーさんはそんなジジイの剣幕にも涼しい顔で答えた。

 っていうか、聞こえたこっちも耳を疑った。



「 連邦政府大統領直轄の秘密組織『ハウス・ウィズ・ノーネイム』に所属しているエージェント。もちろんユナイテッドステイツのな」


「な……」



 絶句するジジイ。

 そこへマロニーさんの会社の例の外人社長も入って来た。

 ジジイに追い打ちをかけるような言葉と一緒に。



「エージェントエスオーエヌ、ステイツのイーシーからの許可は取れた。すぐに日本の政府にも根回しが行き届くだろう」


「了解、エージェントビーエイチ。さてどうする『当主』さん。今のアンタの力の源泉たる金は、もうこちらで凍結させてもらった」


「な、なんだと……」



 完全にマロニーさん達のペースに乗せられてるジジイ。

 っていうか米国政府の秘密組織って、急に話のスケールが広がってこっちも混乱してるよ。

 あ、だから以前この外人社長と英語で会話できてたのか。



「わ、儂は日本の霊的鎮護を任されている奔銘葉ほんめいば家の当主だぞ!? その儂が居なくなったら日本の国がどうなるか……外人のお前たちには分からないだろうがな」



 苦しまぎれにそういうクソデブジジイ。

 だけどマロニーさんと外人社長は、お互いに顔を合わせると軽く肩をすくめただけ。



「お前が実力の無い、口先だけの無能なのも調べがついてるんや。とっくに役目は他の陰陽師に移ってるのもな」


「うぐっ……」


「それに霊的鎮護の役目はお前の二人の弟とその嫁さんがやってた事や。この二人のそれぞれの両親のな。一年ほど前に死んだみたいやけど」


「キサマに儂の苦悩の何が分かる! 儂は……儂はッ!」



 何も反論出来なくなり、急にコンプレックスむき出しに叫びだすジジイ。

 そんな見苦しく往生際の悪いジジイを見つめるマロニーさんの目つきが変化した。

 憐れみの目つきに。

 ただし、見下しと軽蔑がたっぷり混ぜられた。



「分かるさ。子供の時に神童とおだてられて天狗になり努力を嫌ったお前。優秀な才能を持ちながら努力をおこたらず、それゆえに全てを手に入れてきた弟たちへのねたみ。逆恨みもいいとこやな」



 マロニーさんは皮肉げな笑みを浮かべながら、再び肩をすくめる。

 いや皮肉だけじゃない、何とも言えない暗く複雑なものが入り混じった表情だ。

 さっきの目つきと合わせて、俺は人がこんな表情をするのを初めて見た。

 正確にはエルフだけど。



「俺もいたからな、『優秀な』弟が。でも俺は努力は止めんかったぞ。努力をやめたら死んじまう世界に居たせいもあるけどな」



 弟……そういえばマロニーさんが言ってたな。

 あれ?

 でもマロニーさんの右目と左手を潰したのって、その弟さんだったはずじゃ……。



「この二人の親が死んだ後で、その気も無いのに周囲に自分が責任持って面倒見る、と啖呵たんかを切ったのは良いが、二人の学費を払う金は惜しい。そういうあさましいのはな、ただの「餓鬼ガキ」って言うんだ覚えとけ」



*****



 マロニーさんと外人社長は俺たち二人を連れて道場を出た。

 ガックリうな垂れるジジイに「二人の身柄はこちらが貰い受ける」と言い残して。



「しかし米国大統領直轄の秘密組織って、すげえ所に居るんだなマロニーさん」


「ん? そんな組織はもう無いぞ?」


「へ?」



 しれっとそう返すマロニーさん。

 ニヤっと笑うと一瞬べえっと舌を出した。

 


「本当に秘密な組織に所属しとったら、自分から身分なんかバラさん。まぁ昔のコネは使わせてもろたけどな」


「つ、つまりさっきのはハッタリだったって事かよ!?」


「ある意味、過去の経験を活かした形やな」



 いやしかし、それにしては二人とも演技が堂に入ってたなあ。

 そう俺が思った矢先に、良太郎さんが会話に割り込んできた。



「あ、あのぅ。さっき、そんな組織は無いって言ってましたけど……。という事は、昔はあったんですよね?」



 マロニーさんと社長さんの動きが一瞬止まった。

 社長は少し冷たい目でマロニーさんを睨む。

 当のマロニーさんはポーカーフェイスを決め込んでいた。



「マロニー」


「……すまんベイゼル」



 そう答えるマロニーさん。

 ベイゼルってのは社長の名前っぽいな。

 そのベイゼル社長は、冷たいというより厳しい声音でマロニーさんに語る。



お前の弟ヤツを倒してから、気がゆるんでいるところがあるぞ、引き締めろ。そのうち足元をすくわれる」


「ああ、肝に銘じる」


「ん? キモニメイジル?」


「自分に深く言い聞かせる、という意味の日本のスラングらしい」


「そうか」



 そして二人そろってため息をつくと、俺と良太郎さんへ振り向く。

 ワシワシと頭をきながら、マロニーさんは俺たちに答えた。



「大統領の代変わりの際に消滅した組織やったからな。だからエージェントではあっても、今は本当に何でもないただの一個人や」



 ベイゼル社長がマロニーさんにツッコミを入れる。

 ちょっと恨みがましい感じで。



「お前は消滅前に飛び出したがな。弟を倒すために」


「あの時は悪かったよ、ベイゼル」


「まったくだ。最初にいた組織である“騎士団ザ・ナイツ”の再建に、とお前をずっと待っていたんだぞ」


「せやし悪かったって。でも下手に連絡を取る訳にもいかないやろ、俺は公式には殺された事になってたんやから。弟にな」


「“騎士団ザ・ナイツ”再建の目途が立ったあたりで、久しぶりにコンタクトがあったと思ったらヘッドハンティングだからな。向こうの幹部連中は随分と不機嫌だったぞ」



 マロニーさんの目が、遠いところを見るような感じに変わった。

 それはなにか、遥か昔の事を思い出しているような。

 隣のベイゼル社長に、マロニーさんは懐かしむような感じで訊ねた。



「“騎士団ザ・ナイツ”団長の婆さん……元気にしとるか?」


「ああ、団長復帰後のほうが精力的なぐらいだ。お前が彼女に発破はっぱをかけたんだろ?」



 俺たちの目の前で昔話を続ける、マロニーさんとベイゼル社長。

 俺と良太郎さんは話の内容が良く分からないが、二人の昔話なんだろうな。

 下手に質問せずに二人を放っておこうと俺は大人の判断をした。



「大統領直轄の秘密組織といえば聞こえは良いが、大統領のポケットマネーだけで運営してたからな。資金不足にいつも泣いていたな……」


「ああ、スマホの使用料が経費で落とせへんのは辛かった……」



 下手に質問せずに二人を放っておこうと俺は大人の判断をした。



*****



 次の日に学校が終わって無事に与志丘さんと合流したあと、矢間崎くんの元へ帰って来た俺たち。

 目の前には呆気あっけに取られた顔の矢間崎くんと例の子供。

 その視線の先にはスーツ姿で立っている、美人秘書の笛藤さん。


 彼女は腰に手を当てて胸を張り、仁王立ち。

 そして笛藤さんの前には魔族と思われるいかつい姿の連中がうずくまっている。

 正確には土下座して平伏ひれふしている。


 土下座している魔族の先頭には、俺や与志丘さんと同年代っぽい女の子。

 女の子は土下座しながら笛藤さんに謝罪していた。



「すんません、おみそれしました! 勘弁してください姐御!!」



 なにこの状況?



 

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