第16話 紛らわしい表現はジャ◯へチクれ

『は〜い〜みなさ〜ん。そろそろ〜日本へ〜帰れますけど〜、ど〜しますか〜?』



 俺の頭の中に女神ポンコツ様の声が響き渡る。

 マロニーさんと与志丘さんも、顔を少し上を向けて意識を集中していた。

 例の無愛想な子供と矢間崎くんは怪訝けげんな顔で俺たちを見ているので、この二人には声が聞こえてないのが分かる。



「ふむ、そうだな。洋児くんと与志丘さんはそろそろ一旦帰ったほうが良い頃合いかもな」



 あれから更に半日が過ぎて俺たちは魔族の支配する土地にかなり近づいているらしい。

 あくまでもマロニーさんが言うには、だが。

 だけど遭遇そうぐうする魔物の強大さや現在進んでいる森の不穏な空気を考えるに信憑性しんぴょうせいは高そうだ。



「あれ? そういえばずいぶん色々と経ってますけど、向こうに戻っても時間大丈夫かな」



 そう、この世界に来てから一日近く経過しているはずだ。

 帰還できるのを言われてから思い出して、そこら辺が不安になってきた。

 


「何を言ってるのよ洋児くん。女神様が時間調整して、夜八時までには帰れるようにしてくれるって言ってたじゃない」


「あ、そうか。……ん?」



 俺の不安をフォローしてくれた与志丘さん……だったが。

 そこで初めて俺は、この構造のカラクリ(?)に気がついた。

 え? こちらでこんなに長く過ごしても向こうでは日帰り扱いって事は……。



「な、なあ、いま気がついたけど、これってこっちで長い時間過ごしても日本に戻ったら日帰り扱いって事になるの……?」


「当たり前じゃない」


「ええええええ!? ホワイトな労働条件だと思ったけど、めちゃくちゃブラックじゃねえか!!」



 何を今さらといった表情でこちらを見る与志丘さん。

 矢間崎くんは「ははーん」という表情。

 子供は話が良く分からず不安げな顔。

 そして諸悪の根源であるマロニーのオッサンは、本気で俺が何を言ってるのか理解出来てない顔で首をかしげている。

 この常識知らずの腐れデブ専異世界人エルフがああぁぁ!!



「異世界召喚にハイテンションになってたし、さっきの三人の魔王を退治した時も付いてきたし、異世界で過ごすのがめっちゃ好きなんだと思ってたが」


「それと労働条件とは別問題だよ!」


「まぁ言われてみればそうか。この手の世界に来ると昔の冒険者やってた感覚に戻るから、つい忘れるな」



 もうやだこのオッサン。ブラック労働を自慢する老害かよ!

 そんな俺に与志丘さんがフォローを入れる。



「ま……まあまあ洋児くん、これにもメリットはあるわ。やってなかった夏休みの課題を、残り一日のときに一気にやってしまう時なんかには重宝すると思う」


「あ、そうか、そりゃ便利だ。……ってそんなピンポイントな便利さ、有難みが薄いよ!?」



*****



「ただいま」


「おかえり洋児。遅くなるって言ってたけど、補習でも受けてたの?」



 帰宅して母からそんな言葉を投げかけられた。

 異世界に召喚されて冒険してますって言えないし、言っても信じてもらえないだろうなあ。

 それにそもそも……。

 仕方がないので適当に言葉をにごしておいた。



「あ~……。うん、まあそんなとこ」



 だけどそんな俺に母から、気が重くなるセリフがプレゼント。

 疲労で落ちているテンションが更に下がってしまった。



「ふうん。あ、そんな事より『本家』から呼び出しがあったわよ。道場に来いって」


「マジで!? うへえ嫌だなあ」



 露骨に顔をしかめた俺に、いつものセリフをかけてくる母。

 本当、高校生なのになんでこんな重い気分にならないといけないんだろ。



「仕方ないでしょ、本家からウチの生活費が出てるんだから」


「生活費を稼いでいたウチの両親を本家の都合で見殺しにしたんだから当たり前じゃないの?」


「本家はそう考えてないし、立場も権力も本家が上よ。実際がどうだったかじゃなくて、向こうの言葉が真実として動くしかないの」


「今の時代に本家だ分家だ跡取りだって、なんちゅう時代錯誤なんだよ……」


「ある意味、恵まれていると考えたら? 平凡な人生なんか嫌って言う人は多いでしょ?」


「本家にマウント取られてる状態なのは、ある意味いじめ被害者ポジだから違うよ……。いろいろ縛られてて鬱陶うっとうしいんだよ。あーあ、異世界に逃げたい」



 そう、俺が異世界召喚にテンション上がったのは何もラノベで夢を見たからだけじゃない。

 異世界に召喚されてでも逃げ出したかったのは──。





「来たか洋児。すまんな、ウチののワガママのせいで」


「別に気にしてませんよ良太郎。慣れてますから」



 本家の道場へ顔を出した俺に、跡取りの奔銘葉ほんめいば 良太郎りょうたろうさんが正座で声をかけてきた。

 自分を「様」付けで呼ぶ俺に、一瞬顔がピクリと動いたがそれ以上は反応しない。

 俺も彼も、お互い「分かっている」からだ。

 この奔銘葉家の縄張り内においては特に。


 俺が良太郎さんに少しでも馴れ馴れしい口をきこうモンなら、ボッコボコに殴られるだろう。

 奔銘葉家当主と、その取り巻きに。

 そして良太郎さんは俺の居ないところでボッコボコにされるのだ。

 分家の俺に舐めた口を叩かせるとは、気持ちに隙があるからだと。


 この本家の縄張り内では、どこに聞き耳を立てている人間がいるか分かったもんじゃないからな。

 ちなみに家の外で二人きりで会ってる時は、普通にタメ口で喋ってるけど。



 その時、道場入り口の引き戸が大きな音を立てながら、激しい勢いで開けられた。

 俺と良太郎さんは顔を固く引き締めて正面を向き、音のした方向へ反応しないように努める。

 道場へドカドカとわざとらしく足音を立てながら人間が入って来た。


 でっぷりと太ったこの奔銘葉家の主、良太郎さんのクソ養父、奔銘葉ほんめいば 喪奴樹もときが。



 *****



 まずは蹴りが飛んできた。

 別に鋭いわけじゃない。威力も大したものじゃない。

 このブクブク太ったクソジジイはまともな稽古なんざしていないからな。


 俺は良太郎さんの方へ顔を向けたまま少し身を固くしてわずかに首を反らす。

 露骨に威力を殺し過ぎてはいけない。手応えが無いとさすがにバレるから。

 蹴られた俺は道場の床に身を投げ出し転がる事で威力を軽減した。

 程よく(?)当たった感触を相手に与えた上で。


 続いて床の上の俺の背中をサッカーボールのように蹴りつけてくるクソジジイ。

 さっきの要領である程度の威力を殺しながら床をゴロゴロ転がる。

 それ以上の「追撃」が来る様子が無いのでしばらくじっとしておく。

 蹴られたダメージで動けない、と相手に見えるように。



「何をいつまでも寝ている! さっさと座らんか!」



 クソジジイが俺にわめく。お前が転がしておいて何様だ。

 起き上がる前にちらりと良太郎さんを見る。

 鉄面皮の無表情で俺を見ていたが、正座した足の上に置いた手が握りしめられ、小刻みに震えている。


 俺はヨロヨロと立ち上がるのがやっとといった風に見せながら立ち上がると、クソジジイをにらむ。

 俺の両親と良太郎さんの両親が死んだ後に、強引に当主の座に収まった男を。

 金と権力しか興味がなく、当主としての責任を果たすことなどまるでないこの男を。

 俺と良太郎さんの父親二人の兄貴であるクソデブジジイを。


 しかし学費をしょっちゅう滞納してくるとはいえ、現時点では俺と良太郎さんの生活費はこの男に握られている。

 プラス、俺と良太郎さんの両親は近所にも評判が良く、家も「名家」の出だった。

 それもあって周囲の人は未だにこいつの「正体」を知らずにいる。

 この男もそれを熟知しているからこその内弁慶だ。


 俺は目の前の、腕組みをしてこちらを見下ろす、ハゲで腹の突き出たデブで似合わないアゴヒゲ生やしているジジイの前に座った。

 くそ、俺たちの生活費をこいつに握られてなければ。俺と良太郎さんをお互いを人質にされてなければ。

 こんな動きの鈍いデブなんざ簡単に倒せるのに。



「学校の担任から、こちらの家庭環境をさぐって来るような連絡があったぞ。おまえは分家の分際ぶんざいわしの教育方針を疑わせるような真似をしおって!」


 このデブは座った俺に再び蹴りを飛ばす。俺はまた床に転がる。

 このデブは「寝てるな座れ!」とわめく。俺はまた座りなおす。

 俺と良太郎さんの毎日の日課だ。俺たちの両親が死んでからの。



「それにまた学校から学費の未納の通知が来おった! お前が無駄遣いしているからだろうが!」



 またもや蹴り。避けずに当たる俺。その光景を必死に耐える良太郎さん。

 学費の未納はこいつの責任だろうに。高校生の俺にどうしろと言うんだ。

 バイトすら「みっともない」からと禁止させたのは何処のどいつだよ。


 それにそもそも、このクソジジイのやってる事はただのストレス発散だ。

 ダブルスタンダードで俺たちを縛ったうえで、「教育」を口実にした。

 実力も無いのに強引に当主になったから色々周囲に言われているんだろうな、と予想は出来るが。


 きっとコイツはまともな悪霊の調伏なんて出来ないだろうから。

 陰陽師の家系の俺たちの家で、まともに呪符術が使えないなんて致命的だろ。

 俺と良太郎さんの方がよっぽど実力は持ってるぜ。


 まあだからこそジジイは俺たち二人にムカついているんだろうけど。

 そんなこんなで何度目かにコイツに蹴られた時だった。

 舌打ちしながらコイツはとんでもない事を言い出した。



「チッこんな無駄飯食らいに金を払うのもバカバカしい。退学させて適当に使いつぶすか」



 さすがに顔から血の気が引くのを感じた。

 学校の勉強はべつに好きじゃないけど、この家からジジイから解放される貴重な時間なんだ。

 それに高卒ですら将来の仕事に支障をきたすのに、中卒だったら最悪になるのは俺でも理解している。


 俺は歯を食いしばりながらうつむくくことしか出来なくなった。

 そんな俺の姿を見て、このクソデブジジイは愉快そうな声で続ける。



「どうした分家の小倅こせがれ。さっきから儂になにか言いたげに睨んでおったが、言ってみろ」



 だがジジイの言葉に答えたのは俺じゃなかった。

 まったくの不意打ちにその声はやって来た。



「そうやなぁ。実力も責任感も無く、金を使って遊び歩くしか能の無いクズのお前が、そんな事を言う資格なんてある訳ないやろ。とちゃうか?」


「なに!?」



 突然かけられた部外者の声。だけど聞き慣れた声。

 でもこの場で聞こえて良い声じゃない。

 俺は信じられない思いで、その関西弁の声の主を見た。



 濃緑色のビジネススーツを着た、右目に眼帯を付けて両手に黒い皮手袋をはめたエルフを。

 いつの間にか道場の中に立っていたマロニーさんを。

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