第15話 勇者を召喚するのが人間だとは限らない

「洋児くん、大丈夫?」



 野宿のき火を囲みながら与志丘さんが聞いてきた。

 正直あんまり平気じゃないけど、「大丈夫」と返す。

 さっきの死体を見た光景が頭にこびりついて、まだ食欲が出ない。


 俺以外のメンバーは、火をながめながら非常食を飲み水で流し込んでいた。

 主にマロニーさんや与志丘さんが持ち込んでいた、カロリー何とかや大豆がジョイする商品名のやつを。


 例の無愛想な子供は、マロニーさんがチョコレート味の大豆ジョイを食べさせていた。

 袋から取り出すと二つに割って、片方を自分で食べてみせてから、子供の口元へ残りの欠片かけらを持っていく。

 その姿は変にオカンっぽくて、しかも妙にハマっていた。


 子供は少しためらっていたが、欠片を手に取り頬張ほおばる。

 口をモゴモゴ動かして噛み砕いているうちに、表情がわずかに動くとマロニーさんを見る。

 マロニーさんは見たこともないほど優しい表情で笑うと、子供の頭をでた。

 まだ俺、マロニーさんと出会ってそんなに時間たってないけど。



「いつも思いますけど、子供の相手をしてるマロニーさん見てると良い親になりそうですよねえ」



 そう言いながらハンカチを出すと、子供の口元をいてあげる与志丘さん。

 さすがに夫婦のようには見えず、マロニー父と与志丘娘が末弟の世話をしているようだ。



「俺は子供を作る気は無いよ」


「奥さんには、せめて一人は欲しいって言われてるんでしょ?」


「………………ああ」



 サラッと爆弾情報を口にする与志丘さん。

 そりゃ俺はもうさっきの死体の事など綺麗さっぱり吹き飛んで、与志丘情報に食いついた。

 少し撫然ぶぜんとしたデブ専エルフマロニーさんの顔なんて、気にもせずに。



「え、オッサン結婚してたのかよ!?」


「そうよ、奥さんの事を知ったらきっとビックリするわよ〜」


「うへえ、デブ専マロニーさんの奥さんか、あんまり想像したくねえ……」



 そんな俺の返答に、与志丘さんも矢間崎くんも意味ありげな薄笑いを浮かべていた。

 与志丘さんはともかく、矢間崎くんもすでに知ってるって事かよ、感じわりいなオイ!

 だけど俺たちのそんな会話を断ち切るように、マロニーさんは大豆がジョイするスティックを俺に投げてよこした。



「その様子ならそろそろ食い物を腹に入れられそうだな。洋児くん、それを食い終わったら出発するぞ、今夜は強行軍だ」



 そ、そうだった。

 俺がヘロヘロだったから長めの休憩だったけど。

 出来るだけ急いで王国の追手を振り切らないといけないんだった。


 えて大きな河の、橋が無い場所を選んで渡ったおかげで直接の追手はけたはずだけど。

 夜が明けて狼煙のろしで逃げる先の領地に情報を伝達されたら、それだけで先回りされてしまうからだそうだ。

 なんだっけ、狼煙での情報伝達は下手な通信手段よりもよほど早く遠くへ伝えられるんだって矢間崎くんが言ってたんだっけ。


 河を渡ったのも、ショートカット目的も大きかったけど、追手の目を迷わせるのが一番だったみたいだ。

 河を渡るためにクラーケンのキリーちゃんを完全召喚する時、マロニーさん相当無理していたし。

 具体的には、足りない魔力を補うために自分の血で召喚陣を描いた上に、陣の中心で手首を切って流した血をボトボト捧げていた。


 キリーちゃんに乗って河を渡る間ずっと、マロニーさんは青い顔でぶっ倒れていたっけ。

 そう考えたら凄い回復力だな、この人。

 ちなみに全体図のキリーちゃんは、瞳が可愛らしいデカいタコでした。



「ところで俺たちはどこへ向かっているんですか?」



 移動を再開してすぐ、俺はマロニーさんにそう聞く。

 マロニーさんは振り向きもせずに、当たり前のように答えた。



「魔王のいるところだよ。召喚された勇者なら、魔王退治は基本だろ?」


「は? 魔王はそこの矢間崎くんが倒したってさっき……」


「次の魔王がそろそろ選ばれる頃合いらしい」


「はいぃ? 『次の』!?」



*****



 はい、こんにちは皆さん。

 突然ですけど自己紹介しますね。

 私の名前は黒澄くろすみ仁智華にちか、現役バリバリの高校生でーす。


 私、どうやら異世界召喚ってやつに巻き込まれたみたいで。

 しかも、どうも召喚したのはいわゆる魔王の側だったようなのです。

 暗くて陰気な雰囲気の広間に平伏している、色んな姿のキモ……もとい、個性豊かな人々(?)を見たら、どうもそんな感じ。



「こいつ人間だ! 魔族の敵の勇者を召喚してしまった!」



 呼び出されて早々そうそう、いきなり魔族に取り囲まれて武器を突きつけられた。

 こんな可愛い女の子に向かって何をしてくれてるのかしら。

 ……って、魔族の人たちに人間の美醜の基準が通じる訳ないか。



「殺せ! 人間は殺せ!!」



 いや、あんたらが勝手に呼び出しておいてすぐに殺そうとしないでくれる?

 あら、召喚なんてトンデモ体験の後だからか妙に落ち着けているわね、私。

 とか自分でも意外にのほほんと考えていたら、私をかばうように女の人が前に立った。

 あ、背中にコウモリの羽根が生えてる。



「待たれよ諸侯たち。彼女は人間とはいえ異世界の者、しかも我らが呼び出したのだ。まだ我らの敵と決まった訳ではあるまい」



 きゃーお姉さん素敵ー! コウモリの羽根が生えてても惚れちゃうー!

 振り向いて私を見たお姉さんの顔も、予想通りきりっと凛々りりしい女上司って感じ。

 服装は、ムチでビシバシ叩いてくるような女王様っぽいボンテージ衣装だけど。

 あ、腰に本当に鞭が装備されてる。



「まずは我等われら淫魔に預けて様子を見てもらえぬだろうか?」



 淫魔ってたしかエッチなことする種族じゃなかったっけ?

 ううう、怖い事されるよりかはマシか~。

 でも他の魔族の人が「いざとなったら淫魔の技で篭絡ろうらく洗脳したら良いか」とか言ってるのが聞こえて、超おっかないんですけど。

 まあでも他に選択肢が無いからお姉さんに付いて行くしかないわけで。


 そんなこんなでお姉さんに連れられて辿り着いた部屋。

 お姉さんは急に親し気に話しかけてきた。



「お久しぶりね、仁智華ちゃん。大変な目に遭ったわね」


「はい? 私まだこの世界に来たばかりで知り合いなんて居ませんが」



 なにこの人(淫魔だけど)、私の頭の中でものぞいたのかしら?

 たしかまだ名前も名乗ってなかったわよね。

 だけどさらにこの人(しつこいけど正確には淫魔)は驚くようなことを言い出した。



「ああそうか、昔と姿が全然違うものね。私よ仁智華ちゃん、近所の津夜井つよい小梅こうめおばあちゃん」


「えええ!? 5年前に亡くなった小梅ばあちゃん!?」


「あら、向こうではもうそんなに経ってるの? って言っても、私もこの世界に生まれ変わってから相当長いけどね」



 いたずらっ子のような笑顔を浮かべて、小梅ばあちゃんを自称するお姉さんはそう答える。

 うーん、突然なのもあって頭が整理できない。

 私がやっとのことで絞り出した言葉は締まらないものだった。



「ほえ、マジで小梅ばあちゃんなの?」


「なあに? 保育園の抽選に落ちたからって、幼稚園から帰ってお母さんが仕事から戻るまでウチでお手玉したり、あや取りして遊んだ事も忘れちゃった? TVゲームは置いてなくて悪かったわね」



 うわ、ばあちゃんに遊んでもらったのは覚えてるけど、内容まで覚えてないのに。

 この人に言われて初めて思い出したような記憶を語るお姉さんに、私は彼女の言葉を信じざるを得なくなった。



「ま、マジで小梅ばあちゃんだ!?」


「そうよ。もっとも、この世界での名前は違うけどね。いわゆる生まれ変わり、転生ってやつよ」


「ふわあ。本当にラノベみたいな事があるんだ……」



 私もこの世界に召喚されてるわけだから、これも信じるしかなくなってる。

 ため息をつきながら、目の前のスタイル抜群美人を眺める私。

 背がすらっと高くてオッパイも大きくて腰も細い。

 うらやまし……くなんかないぞっ!



「ちなみにこの世界での私の名前はストロング小梅」


「なにその女子プロレスラーみたいな名前」





 小梅ばあちゃんは……いや転生してるし見た目も若いから小梅姉さんでいいかな。

 姉さんは人差し指を立てると自分の口にあてて、しばらく考えていたが、とんでもない事を言い出した。



「まあそれはそうと。……ん~そうだ仁智華ちゃん、貴女あなたちょっと魔王になってみない?」


「はあああああ!?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る