第14話 勇者業の裏の現実
「洋児くん、君のそのチートで敵の正確な位置は分かるかい?」
「ウィンドウの位置で良ければ分かりますよ」
俺とマロニーさんのやり取りに、矢間崎くんが感心したように
しばらく森の方へ視線を固定したまま
「なるほど、相手のステータスを調べるチートにこんな使い道があるとは気が付かなかった」
そうして剣を頭の上に振りかぶってマロニーさんに声をかけた。
矢間崎くんの仕草から、彼にも分析チートがあるのだと分かる。
そして、ウィンドウはチートを持つ本人にしか見えないのだとも。
「マロニーさん、こちらの六人は僕が受け持ちます。そちらは右の四人を」
「オーケイ」
この二人の考えに気がついた俺は、慌ててマロニーさんのそばに駆け寄る。
右手に持つ日本刀の刀身を光らせ始めたマロニーさんに指差して伝えた。
「まずはこの方向です、この先に敵が二人並んでます。道沿いに隠れているんでしょうね」
「あいよ」
マロニーさんは日本刀『紅乙女』を勢いよく振り下ろした。
光る気の刃が俺の指差した方向へ飛んでいく。
進行上の木々を切り裂きながら。
そしてそれは、狙い
すぐに俺の目に映るステータスウィンドウが二つ消えた。
*****
森に隠れている暗殺者たちは、木の上に隠れながら獲物が来るのをウズウズと待ち構えていた。
表で大っぴらに公言できない後ろ暗い仕事。
だが彼らはその事に不満は無かった。
王から、秘密を漏らさぬ信頼厚き者と評されているのも心地良かったし、王家の暗い秘密を握っている事実も自尊心を満足させた。
それにターゲットの命を奪う瞬間の相手の表情といったら!
驚愕、絶望、困惑。
相手が
なんでも今回のターゲットは、若き「召喚勇者」らしい。
苦労もせずにそんな輝かしい肩書きを持つ、恵まれた
そんな相手が、恵まれた若いガキが、自分たちに命を奪われる時にはどんな表情をして死んでいくのだろう。
そんな甘美な妄想をしながら気配を消していると、突然側面の遠方が光る。
あっと思う間もなく何かが木々を切り裂きながら通り抜けると、仲間の気配が二つ消えた。
なんだ? 何が起こった!?
それが遠方の森の入り口から射出された勇者の攻撃らしいと気がつく暗殺者。
なぜこちらが隠れているのが分かったのか!?
なぜこんなにも正確に位置が
信じられない思いで攻撃が飛んできた方向を見る。
あまりに予想外の攻撃すぎて、逃げる事すら思い付かない。
驚愕、絶望、困惑。
そんな感情を胸の内に渦巻かせながら、暗殺者は次に飛んできた光る斬撃に巻き込まれて死んだ。
*****
隣の矢間崎くんもマロニーさんと同じように剣から光る斬撃を飛ばしていた。
彼も二人倒して残りは四。
奇襲は相手が気づかないからこそ効果がある。
意図やタイミングを読まれた上に位置までバレてたら、逆に一方的にやられるよな。
俺が教える前から、ある程度相手の位置を把握しているらしいマロニーさん。
おかげでわずかな微調整を加えるだけで、すぐに斬撃飛ばし攻撃に移っている。
隣の矢間崎くんなんかは自前のチートだから、微調整すら必要なく撃ちまくっていた。
「これで全員片付いたか」
森に浮かぶウィンドウが全て消滅すると、マロニーさんが宣言するように呟いた。
少し考えるそぶりをすると、俺に顔を向ける。
「さすがに坊やに死体を見せるのは酷だから、ちょっと片付けるか。洋児くん手伝ってくれ」
さも当然な顔をして俺に話を振ってくるマロニーさん。
いや、なにをエグい事サラッと頼んでくるのさこのデブ専エルフ。
「俺になら死体見せても良いんですか? 俺、いちおう未成年なんですけど」
「これから異世界で勇者業やっていくつもりなら、君は見ておくべきだ。矢間崎くんと与志丘さんはもう経験済みだしな」
「でも……」
「日本は恵まれた国だが、死に触れる機会が少な過ぎる。それは良い面も多いが、君たち勇者をやる者にはマイナス面も大きい」
「……」
いつになく真面目な顔のマロニーさんに、淡々と語られてしまうと反論に困ってしまった。
それは、どこかテレビの時代劇とかゲームの感覚でいた俺が、急に現実の重みを突きつけられて困惑したのもあるかもしれない。
そしてそれを、マロニーさんに見抜かれていたのかも。
「敵を倒すという事、命を奪う重み。『正義』を行う者は必ず知っておかねばならない。俺の持論だ」
「分かりましたよ、行きますよ、もう」
行ってすぐに後悔した。
あたりに漂うむせ返るような血の匂い、粉々に砕けたと表現したくなるバラバラ死体。
最初に散らばった手足を見ただけで、地面にゲエゲエ吐いた。
そして次に襲ってくるのは、間接的にとはいえ生きていた人間を自分の指示で殺してしまった重責。
その次に来たのは、彼らにも家族や友人がいたのだろうという思い。
そんな地面に
「彼ら暗殺者は家族も友人もいない天涯孤独の人間だ。むしろ権力者は、そういう連中を選んでこういう仕事をさせている。そしてこういう連中の唯一の楽しみは人を殺す事だ」
俺は答えない。答えられない。
むせ返るような血の匂いで、まだまともに頭が働かない。
「命を奪った罪悪感をあまり感じる必要のない相手だから、君に見せるならこれが良い機会だと思った。これからやる勇者業の裏の『現実』を」
「
ようやくそれだけ言葉に出す。
マロニーさんは這いつくばったままの俺の頭に優しく手を置いた。
「その通りだが焦る事はないさ。考える時間はあるからな。あとは俺がやっとくから休んどきなよ、洋児くん」
そう言ってマロニーさんは倒れた木々を避けて森の奥へ姿を消した。
後に残されたのは、這いつくばったまま目の前の現実を必死に消化しようと頭を抱える俺だけ。
異世界召喚で浮かれていたけれども、これは最初の世界でもいずれ直面していた問題だ。
俺は本当に勇者として冒険したかったのだろうか?
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