第13話 王家の闇

「それでは、今からを連れてきます。こちらは約定やくじょうを果たしたのですから、マロニー殿もよろしくお願い申し上げますよ」


「分かっていますマダム」



 くるりと背を向けると、地下牢から出て行く王妃様。

 彼女が見えなくなったのを確認してから、マロニーさんは牢屋から出てきた男に声をかけた。



「久しぶりだね矢間崎やまざきくん。早速だけど、ちょっと縛り上げさせてもらうよ」


何故なぜですか。嫌に決まってるでしょう」



 マロニーさん、いったい貴方は何を言い出すんですか。

 しかしその理由は、割と妥当なものだった。



「頼むよ、巡回中の兵士に見つかった時の言い訳のためだ。余計なトラブルは避けたいからな」



 それで牢屋から出てきた……矢間崎くんって言ってたっけ? をマロニーさんが後ろ手に縛り上げていたんだけど。

 彼を縛りながら、マロニーさんはボソボソと矢間崎くんの耳元で何か話をしている。

 あ、なんか少し悪そうな顔。


 矢間崎くんに猿轡さるぐつわをはめたマロニーさんは、縛った部分に繋がるロープを右手に持つ。



「それじゃ今から王様の所へ行ってくるから」


「何でだよ!?」



 与志丘さんが疲れた顔でつぶやく。



「王様から更に金をふんだくるため……ですね?」


「お、さすが与志丘さん分かってるね。こういうのはしぼり取れる時に搾っとかないとな」


「あーはいはいダーティーエルフですもんね、マロニーさんは」



 額に手を当てて上を向く与志丘さん。

 過去にも似たような事をいつもやってたのか、このデブ専エルフは。


「そういうこと。この後に与志丘さんたちが王妃が連れてくる子を保護したら、合流地点で落ち合おう」



 そう言って矢間崎くんを引っ張るマロニーさん。

 さっきのボソボソで話はついていたのか、矢間崎くんも素直に付いていった。



*****



 マロニーさんと矢間崎くんを、呆然としたまま見送る俺たち。

 カビ臭く湿気た地下牢に突っ立った俺たち二人は、どちらが言うともなしに顔を見合わせた。



「おや、マロニー殿は?」



 王妃の声に、そちらへ顔を向ける俺たち。

 そこには王妃の他に二人の人間。

 一人は服装から見て王妃お付きの女性だろう。


 そしてもう一人。

 頬のこけた、痩せた子供。

 身なりこそ良い物を着ているが、そで襟首えりくびがボロボロだ。



「マロニーさんから話はうけたまわっています。その子が例の男の子ですね」


左様さようですわ。この子をどうにかしたいのよ」



 この子供、良い扱いを受けてるようには見えない。

 そして正直、あまり良い顔立ちには見えない。

 はっきり言おう、ムカつく見た目のガキだ。


 俺たちを上目使いの不機嫌顏でにらんでる。

 与志丘さんにまで同じ目を向けてるんだから相当だ。

 まぁ彼女にスケベそうな目を向けてたら、それはそれでムカついたけど。



「とりあえずはお預かりいたします、王妃様……でよろしいですか?」


「この場では口を閉ざしておくわ、ね」


「ちなみに、この子のお名前は?」


「名前なぞ付けておりません、お好きにお呼びになって。どうせ貴方達にのですから」



 与志丘さんは王妃の言葉に絶句してしばらく立ち尽くす。

 けど、思い直したようにようやく頭を下げると、子供の手を引いて歩き出した。

 俺もあわてて後を追いかける。



「……信じられない。家族って、母親って、あんなのじゃないでしょ!」



 そう小さく呟く与志丘さんの声が、地下牢を後にしてから聞こえてきた。



*****



「や、来たね与志丘さん。こちらもとどこおりなく交渉が済んだよ」



 猿轡をはめて縛り上げた矢間崎くんをそばに立たせて、マロニーさんはそう俺たちに声をかけてきた。

 その右手には、お金がぎっしり詰まっているだろう布袋。

 マロニーさんが調べてくれた道順みちじゅん通りに、合流場所の城の裏口に俺たちは来た。



「そんなに金にガメつい事して……。王様に口封じに殺されるかもしれませんよ?」



 相変わらず頭を抱える与志丘さん。

 俺は勝手が分からず口を出せない。

 口を塞がれてる矢間崎くんはジト目でマロニーさんを見つめるだけ。



「しれない、じゃなくまず間違いなく口封じの追っ手は来るよ。も狙いさ」


「え?」


「魔王倒した矢間崎くんを、用済みになったら始末しようとする連中だ。当たり前だろ?」


「それじゃあ何でわざわざトラブルを起こすような真似をするんですか!?」


「何もしなくても抹殺にくるからさ」



 今度こそセリフが出なくなった与志丘さん。

 まぁ俺もだけど。

 そんな俺たちに歩くよううながして、マロニーさんは話を続ける。



「矢間崎くんを幽閉したので予想はしてたが、交渉時の王様の態度で確信できた。連中、召喚勇者を使い捨ての便利なこまとしか見てない」



 裏口にたどり着くと、マロニーさんはそこに居る衛兵に何かを見せた。

 たぶん王様に出させた通行証みたいな物なんだろう。

 城から離れて街中に入ったところで再びマロニーさんが口を開く。



「まぁそういう訳だ。矢間崎くんとこの子をは俺たちに一任されている。王様には始末するニュアンスで伝えたけどな」


「でも実際は生かしたままにする、と」


「当たり前だろ」



 そこまで聞いて、俺はようやく子供の正体に気がついた。

 この子供も始末する事を向こうは望んでいたって事は……。



「ねえマロニーさん、もしかしてこの子って」


「本当なら王様の椅子に座っていた人間さ。今の王様の兄貴、つまり先代王の忘れ形見だ」


「でもこの子、名前も無いみたいで……」


「この子が生まれたばかりの時に、先代王とその周辺人物が軒並のきなみ死んでしまったらしい。扱いに困って放置してたってとこだな」


「軒並みって……」


「洋児くんの予想通りだよ。暗殺して権力を握ったんだ」



 そこまで話すと、マロニーさんは子供の頭をでた。

 びっくりするほど優しい目と声で話しかける。



「そんな訳で坊や、大変だけど俺たちと頑張ろうな」



 膝をついて子供と目線を合わせて、マロニーさんはそう告げる。

 子供は死んだ魚の目で無表情にマロニーさんを見返すだけ。

 頭を撫でられても、されるがままだ。


 マロニーさんはそのまましばらく頭を撫でていたが、やがて立ち上がる。

 子供の視線が縛られた矢間崎くんに向かっているのは、まだ気が付いていないようだ。

 そして矢間崎くんは意外にも、あっけらかんとした目で眉を軽く上げて子供を見返した。



*****



 街の内外を分ける壁を抜ける門も、例の許可証で問題無くクリアした俺たち。

 目の前には黒い夜の森と、そこへ入っていくように作られた道。

 マロニーさんは首と肩を軽く回すと、少し硬い声を出した。



「俺が王様なら、この森で始末をつけようと考える。与志丘さんは坊やを守ってくれ」


「りょ……了解です」



 俺はハッと気がつき解析チートを呼び出した。

 今まで自分に無かった技能チートだから、マメに呼び出す習慣を付けないと忘れちゃうな。

 解析チートを呼び出した俺は、森へと視線を飛ばす。


 真っ黒な森をバックに、輝くステータスウィンドウが次々と現れる。

 ──違う、ウィンドウの数値が重要なんじゃない、重要なのは……。

 俺は現れたウィンドウの数を急いで数えると、マロニーさんへと声をかける。



「ビンゴですマロニーさん、こっから見て右の方に六、左の方に四隠れてます」


「なるほど、解析チートのウィンドウ数で見つけたか。なかなか機転が効くじゃないか、洋児くん」



 そう言うとマロニーさんは矢間崎くんを縛っていたロープから手を離す。

 すぐに矢間崎くんからロープがほどけて地面に落ちた。

 あ、やっぱり縛ったフリだったのね。



「ほら矢間崎くん、捕まって身体がなまってるリハビリだ。これを使えよ」



 猿轡を外している矢間崎くんに、どこで入手したのか鞘に入った長剣を放り投げる。

 それを難なく空中で受け取ると、矢間崎くんは鞘から剣を取り出し刀身を検分した。

 軽く素振りをしながら矢間崎くんはマロニーさんに返事。



「鈍るほど閉じ込められていませんよ」


「そりゃ良かった」



 右手に日本刀『紅乙女』を呼び出したマロニーさんは、そう不敵に笑った。

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