第12話 エルフも色々いるけれど

※前話から少し前の時間の話です



*****



「おお勇者様、よくぞ我らの呼びかけに応えてくださりました! お……おお、従者もお連れですか……」



 あの後、女神ポンコツ様が世界間を飛び越える召喚魔法を感知して割り込み、俺、マロニーさん、与志丘さんをその魔法の対象者に変更した。

 ありゃ、なんかポンコツ様って案外実力はあるのね。

 そろそろお馴染みになりつつある召喚の白い光に包まれる俺たち三人。


 ちなみに勇者のマサルくんと魔王のミコトさんは今回は置いてきた。

 異世界で大変な目に遭ったばかりだから、メンタル的にも少し休んでもらおうとなったからだ。



「神より使命を受け、この世界の平和のために馳せ参じさせて頂きました、ユウコ・ヨシオカです。こちらは従者のヨウジ・アテウマ。こちらの隻眼せきがんの彼はマロニーとだけお呼びください」



 与志丘さんを見てエロジジイの顔になっていた王様は、俺とマロニーさんを見て明らかにガッカリ顔。

 ある意味わかり易いな、ジジイ。


 この場には王様や側近の大臣、近衛兵っぽい人たち以外にも数人の女性の姿も。

 王女や王妃とか巫女さんだろうな。


 マロニーさんは周囲を見渡すと、王様に向かって軽く「王よ、少し失礼する」と言ってズカズカと歩き始めた。

 そのまま真っ直ぐ進むと、とある女性の前でひざまずく。



「まさか、このような場所で美の女神に出会うとは思いませんでした、マダム。私はマロニーと申します。以後、お見知りおきを」



 そう言って優しく女の人の手を取り、手の背に触れるか触れないかの口づけ。

 与志丘さんは上を向いて顔に手を当て「またか」と漏らす。

 身なりが豪華な「大人の」女性なので、おそらくは王妃といったところだろうか?


 その女性に視線を固定して、ニコリと眩しく白い歯を見せたマロニーさんの笑顔。

 不意打ちのような行為だったのもあって、その王妃は見る間に恋をする乙女のような表情になった。



 丸々と太った体型で二重アゴの、底意地の悪そうなオバサンが。



 思わず目が点になってフリーズしてしまった俺。

 その俺の横で与志丘さんが小さく呟く。



「洋児くん、マロニーさんの女性の趣味が『特殊』だって意味、分かった?」


「え? あれってマジでやってんの!?」


「うん、残念ながらマジよ」


「ええええええ!?」



 そのマロニーさんは、心底から名残惜しそうに「それではわたくしめには使命がありますので、マダム」と言って戻ってくる。

 呆然とした顔の王様や側近大臣兵士、そして俺と与志丘さんを気にした風もなく。

 右目に眼帯をつけてビジネススーツ着た怪しいエルフの男が、見たこともないようなキリッとしたキメ顔で。



*****



 そしてこの世界に来た初めての夜の事。

 俺たち三人は一つの部屋に案内されていた。

 与志丘さんだけ別の部屋を用意されていたが、呼び出された直後の王様の顔を思い出して、与志丘さんがゴネたのだ。


 まぁ確かに与志丘さんはデブ専マロニーさんの興味の範囲外みたいだし(まだ信じられないけど)

 俺だって、まだ会ったばかりに等しい女の子を見境みさかいなしに襲うレイプ魔じゃない。

 与志丘さんが我慢できるなら、この形の方が安全性は高いのだ。



「昼間でマロニーさんの実力を思い知っただろうし、ここの皆はとりあえず変なリアクションは取ってこないよな?」


「そうね」



 与志丘さんも頷く。



 俺は昼間のあの後、玉座の間で実力試しが開かれたのを思い出す。

 三人の腕に覚えのありそうな兵士に囲まれた状態を、マロニーさんが要求して。


 与志丘さんは腕組みをして仁王立ち。

 俺はマロニーさんと与志丘さんに「とにかく楽しそうに笑ってろ」と言われたので、必死に笑顔を作った。

 マサルくんとミコトさんを助けた光景を見ていなかったら、笑顔を作るのも難しかったかもしれない。


 結果は、呼び出した日本刀『紅乙女』で兵士全員の装備を一瞬で細切れにして素っ裸に変えた、マロニーさんの圧勝。

 そしてそれを見る笑顔の俺と与志丘さんの様子に、俺たち二人もマロニーさんと同等以上の実力を持つと認識した様子の王様。

 かくして俺たちはめられた様子もなくこの部屋にたどり着けたという訳だ。


 そのマロニーさんは、部屋のあちこちを丁寧に点検している。

 念のために罠やおかしな仕掛けがないか調べているらしい。

 そうか、壁に耳あり障子に目ありってことわざもあるしな。



 そんなこんなで夕食を食べた後の時間になった時の事だ。

 あ、ちなみにその料理はちゃんと持ってきた人が毒味してくれた。

 スゲエ、中世ヨーロッパの醍醐味を感じたぜ(異世界だけど)


 正直あまり美味しいとは言えない料理を空にして食器を下げてもらった後、マロニーさんがおもむろに立ち上がった。

 そして部屋の扉の外へしばらく意識を集中していたかと思うと、窓へ向かって歩く。

 そしてその窓を躊躇ためらいもなく開けはなった。



「よし、じゃあさっきの美女に夜這よばいかけてくる」


「はぁあ!?」



 思わず声をあげた俺。

 頭を抱えてため息をつく与志丘さん。

 そんな俺たち二人を尻目に、マロニーさんはスルリと窓の外へ飛び出した。



*****



 そうして仕方なく俺たち二人がたわいも無い話をしながら時間を潰してどれだけ経っただろう。

 まあ互いに自分の事を色々と話せたから、これはこれで良かったかもしれない。

 俺の家の事情とか与志丘さんが学校で園芸部やってるとか。


 気がつくと、出ていった時と同じようにスルリと窓からマロニーさんが戻ってきた。

 何事も無かったように、平然とマロニーさんは俺たちに告げる。



「もうすぐこの部屋を出るから準備してくれ」


「マロニーさん、いい加減にしないと笛藤さんに告げ口しますよ」



 与志丘さんは、またため息をついて頭を振りながらマロニーさんにそう返す。

 一瞬で与志丘さんの前で土下座して、「それだけは勘弁してください」と言いながらヘコヘコ頭を下げるマロニーさん。

 あんなに強いのに、女性陣に弱すぎる……。




 その時、部屋の扉がトントンとノックされる。

 パッと立ち上がると、マロニーさんは俺たち二人に目くばせをする。

 さすがに気持ちを切り替えて表情を引き締め、うなずきを返した。


 マロニーさんがそっと鍵を外して扉を開ける。

 そこには例の太った王妃様が立っていた。

 ……妙に肌がツヤツヤしてるのは気付かないフリをしておこう。



 王妃様の先導で向かった先は地下牢だった。

 だけどそこには、何とも説明しにくい嫌な気配が渦巻いていた。

 マロニーさんもその気配に気がついた瞬間に、王妃様に牢の場所を聞いて走り出す。

 目的地の前に滑り込むと、大声で叫んだ。



「ストーーーップ! はい、その契約待っ……」


「断る!!」


『貴様……後悔するぞ』



 マロニーさんが声をあげるのとほぼ同時に牢屋の中から叫び声があがり、辺りに響く不気味な声の捨て台詞。

 すぐに嫌な気配は消滅。

 それに気付いたマロニーさんは、張り詰めたものを解くと牢屋に向かって話しかけた。



「ありゃ、もう断ってたのか。さすがは矢間崎くん」


「……なんで貴方がここに居るんですか、マロニーさん」



 俺たちもマロニーさんに追いついて牢屋をのぞき込む。

 そこにいるのは、寝起きの不機嫌な顔を隠そうともしない人間。

 俺と同じ年齢っぽい、男子学生風の顔立ちの若い男だった。

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