第8話 労働条件とっても大事

 折りたたみの長机を二つ横に並べて、その周囲にも折りたたみのパイプ椅子。

 それで簡易の会議場の出来上がりだ。


 ここは周りに筋トレ道具やランニングマシーンのあるトレーニングルーム。

 まだ零細企業だから、専用の会議室が無いんだそうだ。

 机や椅子を運んでいる時に、悲しそうな顔でそう秘書の笛藤さんが教えてくれた。


 机を挟んでマロニーさん笛藤さんと、俺・勇者・魔王の三人とが対面に座る。

 少し遅れて、さっきの社長っぽい外人もやって来た。

 マロニーさんがその社長と何か会話している。

 たぶん英語。


 うわ、なんか関西弁で話してたから、勢いだけの人に感じてたけど(偏見)。

 一気にデキる知的なビジネスマンに見えてきた。

 なんかごめんマロニーさん。

 笛藤さんが眼鏡をかけてこちらを見る。



「さてそれでは会社説明会をしたいと思います。その前に、まずは皆さん我が社を志望した動機をお聞かせ願いますか?」


「あー、全員俺が拾ってきました」


「そうなの?」



 マロニーさんの言葉に、俺たちへ確認の視線を送る笛藤さん。

 俺たち全員、黙ってうなずいた。

 笛藤さんは眼鏡を外すとため息をつく。



「ねえマロニー。捨て犬を考え無しに拾ってきてはいけませんって習わへんかった?」


「君も知ってるやろ? 俺の親は──」


「親とか関係ない! 先輩たちにいっぱい教わったやんか!!」


「あ、は、はい。でも彼らを捨て犬扱いはひどいと思います」


「この子たちの人生を責任持って面倒見る覚悟あるんかって言ってんの!」


「も、もちろんです」



 マロニーさん一方的に言い負かされるの巻。

 さっきのデキるビジネスマンはどこへ行った。

 というか前任者いたのか、先輩たちって事は。


 普通なら、俺たちを捨て犬扱いした事に怒るマロニーさんに喝采かっさいを贈るべきなんだろうけど。

 笛藤さんの言い分の方が、圧倒的に説得力がある気がするのは何故だ。

 とか考えてる間に笛藤さんが面接を再開した。



「マロニーがスカウトしてきたんやったら志望動機も何もないか。じゃあとりあえずウチに就職希望する人は挙手して」



 俺たち三人、全員手を上げた。

 笛藤さんは俺たちをじっと見る。

 美人に見つめられると、なんだかドキドキするな。



「気になってたんやけど、君ら三人とも学生やんな?」


「「「はい」」」



 声を揃えた俺たち三人の返事。

 それを聞いて笛藤さんが頭を抱える。



「あー、中卒やったら雇えたけど学生なら無理やなぁ。アルバイトの形にするしかないかぁ」


「そうなんか?」



 マロニーさんスカウトするのはいいけど、そこら辺ちゃんと知っといてください。

 と思ったら社長からもツッコミが入った。



「何を言っているマロニー。日本の労働基準法を読みたまえ、未成年者の就業には厳しい制限がかかってるんだぞ? 社長業は私がやるが代表は君だろう、しっかりしろ」


「え? マジ!?」



 え? マジ!?

 マロニーさんとまったく同じセリフが頭の中に浮かんだ。

 あ、勇者くんと魔王ちゃんも同じ顔してら。


 しかしマロニーのオッサンが代表って……。

 そんな人(エルフだけど)が最前線で営業活動とか魔王退治とかしてて良いのかよ。



「言い出したのは君だし、昔のよしみとはいえ私をヘッドハンティングしたのも君だ。ここの物件を見つけたのも君だし、実質的にこの会社を成立させたのは君だ」


「……ト、トップに立って組織を切り盛りするんは向いてないて思ったから、アンタを頼ったんやけど?」



 なるほど?

 一応、分からなくもない理由ではあるな。

 この人(しつこいけど正確にはエルフ)が社長の席からあれこれ指示出す姿が想像できないや。



「小さな組織であれこれ兼任して大変なのは理解しているが、押さえるべき部分からは逃げてはいかん」


「うう、はい……。せやけど異世界に拉致同然に召喚される彼らを見過ごす事も出来ひんし……」



 マロニーさん、言ってる事はかっこいいのにイマイチ威厳が無いです。



「その気持ちも分かるが、彼らの学生としての生活も保証してやらねばな」


「あー、ポンコツに何とかそこら辺を上手く調整するように言うとくわ」


『ポンコツ……あの女神様かえ?』


「突然口を挟むな、チイ。まぁそうなんだが」



 どこからともなく聞こえるチイさんの声。

 なんかあの女神様も、ずっとポンコツポンコツ言われてちょっと可哀想だな。



「法律的には原則としてだが、未成年者の午後八時から午前五時の間の労働は我が社では絶対禁止にしていこう。あと就学中の時間の呼び出しもNGだな」


「オーケイ」



 シャッチョーサン素敵!

 企業名がブラックなのに、なんてホワイトな提案!!

 社長さんの言葉に笛藤さんも動いた。



「それじゃ、会社の規則としてその事を明記しとくわな。未成年者の午後八時から午前五時までの間は勇者業を禁止、学校の授業中に呼び出すのも禁止、と」



 笛藤さんが書類ひっくり返してカリカリとボールペンで書き込む。

 この会社の規模は小さいのかもしれない。

 だけど、こうやって柔軟に対応するのは小規模ならでは、なのかもな。



「じゃあ早速さっそくポンコツに掛け合ってくる」


『ならば無事に主殿と契約できた事も報告せねばな』



 立ち上がりながら、そう言うマロニーさんとチイさん。

 すぐに「紅乙女」と呟き右手に日本刀。

 感心したようなチイさんの声が聞こえた。



『おお、呼び出される時はこんな感じなのか。気をつけて行かれよ、紅乙女殿』


「ありがと、カーちゃん」


『カーちゃ……出来ればチイの方で呼んで頂けるとありがたいのだが』



 ああ、カーネイハ・チイだからカーちゃんね。

 マロニーさんはヒュンと日本刀を振るって空間の裂け目を作る。

 そして刀を肩に担いで俺たちに聞いた。



「どうする? 君たちの労働条件の事だから、一緒に来る?」



*****



「えええ〜〜〜!? 与志丘さんだけでも〜大変なのに〜そんなにいっぱい〜キツいじゃ〜ないですかぁ〜」


「やかましいポンコツ! そもそも誰のせいでこの状況になってると思ってる!」



 例の女神空間に俺、勇者のマサルくん、魔王のミコトさん、そして与志丘さんもマロニーさんに同行している。

 さすがに女神のポンコツ呼びが気になったので、マロニーさんへたしなめも兼ねて口を挟んだ。



「あの……気になってたんですけど、仮にも女神様にポンコツを連呼するのはどうかと思うんですが……」


「そ〜ですよ〜。私の〜名前を〜呼び捨てするの〜、や〜め〜て〜く〜だ〜さ〜い〜」


「…………え!?」



 女神様の言葉がちょっと理解出来ない。

 そんな俺の様子に、マロニーさんがため息をひとつついて衝撃の事実を説明してくれた。



「ポンコツはコイツの名前だよ。『ゲレゲレ・トンヌラ・ド・ポンコーツ3.5世DXデラックス』略してポンコツだ」


「もう〜だ〜か〜ら〜、名前の〜呼び捨て〜、や〜め〜て〜く〜だ〜さ〜い〜!」


「「「ええええええ!?」」」




 マロニーさん与志丘さん以外の、三人全員の叫びが響き渡った。

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